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グエン、撃鉄を起こせ  作者: 相良徹生


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第28話 その愚案には金がかかる

 静まり返ったリビングで、サギリアだけがウロウロと歩き回っている。

 ダージンは心配そうに、サギリアとグエンを交互に見つめていた。


「考えがあるわ」


 サギリは周りを見回して、厳かに口を開いた。


「発言を許可する」


「わたしがサギリア・ローガンの遺産相続人に名乗り出るのよ。つまり、サギリの記憶データを所持しているから、素晴らしい科学の発展に一肌脱ごうとほのめかすの。そして、クレイシーとその仲間たちをいぶり出す」


 全員が同じ表情でサギリを見下ろした。


「なによ、その顔」


「おとりになるってのか?」


 サギリが得意げな顔で頷いた。


「論外だ」グエンがぴしゃりと答えた。


「同感でございます」ダージンが続ける。


「賢明な考えとは言えませんね」ゾラックが控えめに呟く。


「にゃあ」とピート。


「なんでよう。ピートまで一家言あるような顔しちゃって」


 ピートはサギリの文句を気にもしていないように、ダージンの足元で丸くなっていた。


「やつらは、わたしの記憶データが、どこかに残っているか知っているのよ。それを見つけ出すまで、絶対に諦めようとしない。わたしの家を、失礼。ダージンの家を燃やし続けるわ。しかも、連中にわたしのデータが消えたと理解させるのは不可能じゃない。だったら、餌でつるしかないわ」


 サギリはむっつりと膨れて、甘ったるい香りをはなつコーヒー入りのカップをゆらゆらとゆらしていた。

 そうしないと、シロップのかかったスチームミルクがエスプレッソと混じらないのをグエンは知っていた。


「皆さん、あなたの事を心配しているのですよ」


 ゾラックが言う。サギリアは大仰な仕草で、手を振った。


「グエン。やるなら徹底的よ。人間情報がだめなら、情報操作だと思う」


「いぶり出せる算段は?」


「わたしの身近な人間よ。だったらあるわ」


 ゾラックに目配せすると、『ママは感心しませんね』とでも言うように睨み付ける。


「俺は君の命を使うつもりはないからな」


 サギリは皮肉っぽく口をゆがませた。


「わたしだって、そのつもりよ。わたしの命はわたしのもので、絶対にもう死にたくないわ」


 少女の命を銀の皿にのせるつもりは毛頭も無い。その通りだ。人道的にも理論的にも。

 部屋に沈黙が満ちる。最初に沈黙に耐えきれなくなったのはグエンだった。


「特大スクープを大々的に発表できる場所は?」


 サギリアが胸を張って言った。


「パーティよ。スウォンガム大学のチャリティパーティ。ダージン、今年のパーティもやるんでしょ?」


 突然話を振られたダージンはたじろぎながら頷いた。


「三十日に学長宅でございます」


「わかった。俺はパーティに忍び込む手配をする。ゾラック。僕のタキシードを出しといてくれ。発信機と盗聴器、通信機のセットも頼む」


「その愚案には金がかかりますよ」


 ゾラックが厳かに言う。


「クライアントであるサギリアさんのために言っているのです」


「必要経費は払うわ」


 ゾラックが呻いた。


「ちょっと出かけるよ。電撃的に発表するなら、公式にパーティにもぐりこむ手配をしなきゃな。戻る前に準備してくれ」


「わたしは勿論」サギリは澄まして顎を上げた。「パーティのドレスを選ばなくては。ダージン、わたしのクロゼットはどこ?」



*



 グエンはたっぷりと息をはくと、他にいい案はないかと十秒ほど考えこんだ。

 あれだけあっさりと『パーティにもぐりこむ手配』と言ったが、グエンの手札は少なかった。ソルに招待状リストに加えてもらうことも考えたが、招待状は発送済みではもう無理だ。

 グエンは覚悟を決めて、ドアベルを押した。


「あのねグエン」


 リュガンが言い終わらないうちに、無理やり体を部屋に押し込む。


「ちょっとぉ」


 一瞬遅れて、リュガンが振りかえる。髪は普段どおりに軽くまとめているだけだったが、茜色のドレス着ていた。グエンはハッとして瞬きをしたが、すぐにその意味に気付いた。


「それは、パーティで着るドレス?」


「そうだけど」


「似合うよ。すごく」


 グエンは直感的に女性が着飾っているときは機嫌がいいのを知っていた。

 リュガンがゾッとするほどの悪態をつく。

 いや、機嫌はよくないかも。


「頼むのはあつかましいことだと思うけど」


「女が男を殺しても無罪って法律があったような」


「君が性差別主義者だとは知らなかったな」


 リュガンは綺麗に整えられた眉を上げた。


「あたしはパーティに行くの」


「知っている」


「あのパーティは業界の人間が集まって、これからのキャリアに重要なのよ。つまり、あたしのこれからの人生にかかっているってわけ」


「それも知っている」


「あたしは俗物なの」


「それは新発見」


 リュガンは歯を喰いしばって呻いた。これ以上歯を喰いしばらせると、耳から象牙質が出てきそうだ。


「何の用よ。ちくしょう」


「僕にエスコートさせてくれ」


 ぽかんと口を開けたままだったが、リュガンの瞳は怒りに燃えていた。

 グエンはゆっくりと一歩下がった。もしかして、自分は間違った選択肢を選んだのかもしれない。


「入り口だけでいい。扉をくぐったら、別行動。これでどう?」


 重い沈黙。たまらずグエンは口を開いた。


「連れもいないパーティは寂しいぞ」


「グエンドリン。今は原始時代じゃないのよ。それにあたしに連れがするかもしれないでしょう!」


 しまった。考えていなかった。


「君は俗物だから、顔をつなぐのに必死なときに自分の周りをうろちょろする男を連れて行かないのは知っている」


 リュガンは鼻を鳴らして、体重を左足に移した。


「連れをパーティに連れて行きたいんだ。正式な招待客として」


「あたしに恨みでもあるの?」


「あまりない。だから、あつかましいお願いだって言ったじゃないか」


「で、報酬は?」


「最高級チョコレートと、昇進を祈って残りの学資ローン十パーセント肩代わり」


「その髪型でパーティに行く気?」


 グエンは前髪を引っ張った。

 確かにうっとうしいが、そこまでみっともなくはないはずだ。周りの反応が最悪なのは置いといて。


「タキシードは着るから安心していいよ」


「アーモンドチョコレートは抜き」


「もちろんアーモンドチョコレートは抜き」


 グエンは満面の笑みを浮かべた。彼女の残りの借金はいくらかは、考えないようにした。



*



 パーティ当日、グエンが家に舞い戻ると、部屋には青い絹のワンピースを着たお人形がいた。

 正確にはお人形ではない。少女型のサイボーグが、人形も真っ青な調子で着飾っている。


「どう?」


 サギリアが一回りして、一礼する。ふんわりとしたスカートが広がり、胸元についただけのリボンがふわふわと揺れた。お揃いの青のリボンと複雑に編み込まれた黒髪は、耳の上でまとめられていた。


「似合うよ。すごく。五分で着替える。それから、ゾラック。チョコレートをリュガン宛に発送してくれ。何キロでもいい。君が選んでくれ」


 部屋に駆けのぼる前に視界の隅で、二人と一体が顔を見合わせて肩を竦めたのが見えた。


「どうやって、パーティにもぐりこむの?」


 車の助手席で、サギリは言った。


「俺の友達が出席者なんだ」


「それって、わたしの知り合い?」


「いや、知らないはずだ。もうすぐつくよ」


 グエンは慣れないタキシードの裾を引っ張った。ボティチェック用に左の胸の銃用の空がぽっかりと明いている。

 時間ぴったりに、リュガンはアパートの入り口に現れ、サギリアを見て驚いた顔を一瞬で隠したのをグエンは見逃さなかった。

 俺が小児性愛者だと思われませんように。

 女二人はグエンがヒヤヒヤとしながら見守る中、礼儀正しく自己紹介をして、しばし見つめ合った後、かすかに頷いて握手を交わした。


「よし、友情がめばえたところで、パーティに出発ってことでいいかな?」


「ええ」とサギリア。


「さよなら、あたしのキャリア」


 リュガンが諦めをにじませた声で頭を振りながら言った。


「ごめんなさい。わたしのわがままに着き合わせちゃって」


 リュガンが肩をすくめた。ドレスアップした女の仕草としては似つかわしくない。


「あたし、子供の頼み事は断れてないのよね」


「ありがとう。ところで、あなたは医者という話だけど、専門は?」


 グエンは、後ろで女らしからぬ話題で盛り上がる女二人にホッとして、運転に全力を注いだ。


「紳士、私の言葉が聞こえますか?」


 マイクから、はっきりとゾラックの陽気な声が聞こえる。

 グエンはえりに仕込んだ、声帯マイクに舌打ちをした。肯定の意味だ。

 スーツのボタンに取り付けた、カメラによって、家に居るゾラックには映像が映るはずだ。


「リュガンさんに今日のドレスは物凄くお似合いと伝えましたか?」


 舌打ちを二回した。否定の意味だ。


「まったく、男ってやつは」

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