第27話 天才のコピー
我が家で、少女型サイボーグと女に見える人造人間が、お茶をしているというのは不思議な気分だ。
「よう、博士。うちの人造人間の様子は?」
「私に聞いてくれればいいのに」
ゾラックはぶつぶつ言いながら、グエンのために席を空けた。
「あと一時間の調整で、元通りの動きができるはずだけど、半日は表層組織の癒着がゆるいから、無理させちゃだめよ」
「君をこき使うのは、今日は無しにしよう」
グエンはにっこりと微笑んで両手を挙げた。
「ありがたくって、涙がでますね」
「ゾラックの腕をまっぷたつにしたゴリラ女の遺伝子結果で出たぜ」
「ゴリラ女? 女の強盗に襲われたの?」
サギリは優雅にティーポットから紅茶をそそいでいでいる。部屋中にバラの香りが漂っているが、今ではなんでも許せそうだ。
「そう。あいつは強化人間だ」
「強化人間?」
「戦時中に軍で開発された強化人間。たぶん第三期の型」
「なんでそんなことが分かるのよ」
それは俺も同類だからさ。グエンはニヤリと笑ってみせた。
「昔々、あるところの研究所が軍人の子供達を集めて、遺伝子操作の実験を行ったんだ。戦闘に有利な身体的、精神的各能力を特化したその子供たちが作られた。で、専門の幼稚園で将来有望な軍人になるべくお勉強をしていたってわけ」
「まさか」
「そのまさか」
グエンはサギリアが差し出したバラ色の液体を飲み干した。花畑を転がり回ったみたいな匂いがするのは無視することにする。
「ありえない。未成年の遺伝子操作を、医療用以外の目的で行うことは違法だわ。もちろん子供で試験することは絶対にない」
「君は戦中どれだけの科学者がやりたい放題やっていたか知らないらしいな」
「それ本当? 危険性はないの?」
サギリアはダージンに問い詰めるような視線を送った。
ダージンは相変わらず、ぴくりとも表情を変えない。
たとえ、あのジィさんが何か知っていたとしても、彼から聞き出すことは不可能だろう。
「なによ、子供扱いしないで」
グエンはニヤリとして肩を竦めた。
動物を使って行われた、遺伝子治療に副作用は見つかっていないし、元々人間にも医療利用されている。
五年前に開示された、あの計画の研究報告書は関係者のみに開示されたが、将来遺伝的疾患の可能性のあるものは発見されていなかったのだ。
実際に参加したグエン自身も、金がない以外は正常に生活ができている。
「あのシリーズが関わっているとしたら、厄介だ。実験体になった『子供たち』は政府が必死で追跡調査を行っているが、大半は姿を消している」
「どういうこと?」
グエンは笑って首を振った。
「元々戦闘用に訓練されていた子供たちだったんだ。君も特殊部隊の試験を一度受けてみればいい、病的な神経質になり、人にあれこれ調べられるのが嫌いになる。そして、痕跡もなく姿を消すのはお手の物だよ」
グエンはゾラックに頷いた。
「ちょっと、ゾラックを借りるぞ」
*
「なんでしょうか、グエンドリン」
グエンはベッドに座り込むと、ブーツを脱いだ。
女のご機嫌を伺ったり、泥棒の真似事をしたりクタクタだ。
「クレイシーの書類から何かわかったか?」
「一枚だけ日記、というかメモがありましたね。全てのサイボーグは死ぬべきだ。とかなんとか」
部屋の中央にモニタが浮かび上がり、乱雑に書かれた狂気じみた文章が浮かび上がる。
グエンは吐き気を感じて、目を背けた。
「イカレてる」
「同感です。昼間は冷静な顔で、自分が最も嫌悪しているモノに携わっているのでしょうか」
「こりゃあ、狂信者どもがラングドール社に何か仕掛けようとしているかもしれないぞ」
「テロとか?」
「知るか。ほっとけばいい。思想は自由だ」
ゾラックが、男と女の写真三枚写す。
「あなたのホテルにもぐりこんだ、こそ泥です」
「ふむ」
男二人は、テイザー銃と閃光弾によって床で伸びてるものだ。横顔しか見えない。
「男二人は前科あり。あの後、ホテルで伸びている所を警察に逮捕されたようですよ」
「いい気味だ」
「女の方は前科なし」
あの時の女の顔が表示される。
あどけなさが残る顔に似つかわしくない、強い殺気を帯びた瞳でカメラを見つめている。
グエンはぽかんと女の顔を見上げた。あの時はじっくりと見ることができなかったのだ。
「若いな」
「リュガンさんから、彼女の遺伝子鑑定結果が届きましたよ」
「少なくとも、二人の人間が関わっているな」
「え? ええ、クレイシー氏率いる狂信者組と、殺し屋女を仕掛けてきたグループですね」
「違うよ。狂信者の中に、思想が違うものがいる」
「なぜです」
「ローガンの屋敷を燃やさなかったからだ。やつらの中に、データを破壊したくない連中がいるんだよ」
「彼女のデータが残っていると信じていない人間ですか?」
グエンはベッドに横になると、空中の女の顔を眺めた。
あそこまでこなれた女が使える人間が、サギリアの命、たまは記憶を狙っているならば、さっさと型をつけているはずだ。俺のホテルの部屋に入り込むのではなく、ローガン邸に忍び込めばいい。
グエンは目を閉じた。
サギリアの記憶が欲しいのか?
だが、彼女はなにも見ていない。
と、すると。
グエンはベッドから起き上がり、女に向って目を瞑ってみせた。
「ゾラック。サギリアお嬢さんに質問しに行こう」
*
「わたしの記憶データ?」
サギリアはギョッとした顔で、グエンを見つめた。膝の上でピートがにゃあにゃあとじゃれている。
「君の」
サギリアは子供らしからぬ仕草で腕を組んだ。
「私の記憶は関係ない言ったじゃない」
「その通り、君の記憶ではない。問題は君のハイパーサイメシアの記憶データだ。連中はそれを喉から手が出るほど欲しがっている」
グエンはサギリアの膝からピートを取り上げた。
「もしくは、破壊したがっている」
グエンは部屋のモニタにクレイシーの顔写真を投影した。
サギリアは眉根を寄せた。
「ゲイルね。私の元同僚じゃない。彼が犯人なの?」
「やつは反人造人間主義者だよ」
「まさか」
「そのまさかだ、博士」
ゾラックに向って合図をすると、モニタに彼の部屋が映し出された。
画面が鮮明になるにつれ、サギリアの顔が強張ってくる。
グエンはゾラックに向って頭を振った。これ以上、イカレたものは見せたくない。
「テクノフォビアがサイボーグの研究に携わるかしら?」
「彼は反人造人間主義者集会の立派な活動家だ。思想のために、研究所に飛び込んでいるのさ」
「そんなことが可能なのかしら?」
「君ならどうする? 君の脳みそを科学の発展のために、銀の皿に乗せる気はあるか?」
サギリアは息を飲むと、訝しげにグエンをにらみつけた。
「わたしは科学者よ。グレッグ・ローガンの娘よ。それとね、あなたは敵の狙いはわたしの記憶データにあると言っているけど、わたしの記憶データ自体に大した価値はないのよ。大脳内の記憶はビッドデータに収まるけど、スキャンした本人の脳幹がないと機能しないのよ」
ゾラックが手を上げる。もう片方の手は、ピートをなでていた。
「失礼ですが、人造人間にもわかるように喋ってくれませんか? 科学者語ではなく」
「わたしの記憶データが、他の人間の脳幹がつまったサイボーグに移動されても、機能しないってこと。わたしに関する記憶はわたしだけのもので、他人には必要ないものだもの。生身の脳の一部なしでの人間のサイボーグ化は、まだ可能になってないし」
「だから、わたしのデータはわたしの残り少ない神経細胞がないと、タダの電子のゴミなのよ」
「君の神経細胞なく、できたら?」
「無理よ」
「無理じゃなかったら?」
「まったく、もう。わたしが無理というのは、不可能って意味なの。これは技術的限界というより、生物学的限界よ。記憶野の移植は脳幹というコアがあってこそ、個人の自我同一性を保てるの。人造人間の人工知能は個体差の記憶データと感情値をコピーすれば、何百という同一の存在を生み出すことができるけど、あなたの記憶データをスキャンしても、あなた自身の脳幹がないと、記憶は正常に想起されないの」
「第二の天才児を生み出すってのも考えられる」
「だめ、わたしのコピーなんて安っぽすぎるわ。わたしは確かに知的には上位階層だけど、わたしと同程度の知能指数の人間なんていくらでもいるわ。やるなら——」
サギリアがふいに口を閉じた。
「続けろお譲ちゃん」
「わかった」
サギリアはグエンを睨んだ。
「あなたが考えている事がわかった。わたしの記憶データが狙いだけど、わたしの記憶が狙いじゃないって事の意味」
小さな肩が振るえ始める。
「わたしの記憶データが目的だったって事ね。わたしのハイパーサイメシア の症例は、記憶を電子データ化しても、衰えなかった。わたしの能力が生物学的性質の違いではなく、脳の記憶構造の違いってこと」
「君の記憶をデータ化したときに、ハイパーサイメシアのデータごととれたってことだ」
サギリアが頷いた。
「あいつら、わたしのデータ構造が知りたいんだ。健常者の記憶をスキャンして、わたしと同じ配列に手を加えれば可能だわ。特定の記憶配列を移動するのは技術的に可能だし、それを一歩踏み出せば」
サギリアは顔を歪めた。
「ちくしょう。わたしのコピーを作るより、たちが悪い。人為的なハイパーサイメシアのサイボーグを作ろうとしている」