第25話 パーティの準備
「やあ、ソル」
「はぁい。グエンドリン。あなたのキュートなゾラックちゃんは元気?」
グエンはニヤリとして、悲しげな声を上げた。
「俺のキュートなゾラックは元気すぎる。たぶん自我が芽生えたんだ。ロボットの反乱だよ」
「あの子、あたしに譲ってくれる気はない? 珍しい型なのよね。これからサービスするわよ」
グエンは真っ青な顔でブンブンと頭を振っているゾラックを想像して苦笑した。
「悪いな、うちのじぃさんの形見なんだ。ちょっと頼みたいことがある」
「ちぇ、残念。どうぞ」
「今月の三十日にスウォンガム大学の理事長主催のチャリティパーティーがあるんだけど、その招待客リストにある女性の名前を追加して欲しい」
スピーカーの奥で、カタカタとキーボードの音が鳴り響いている間、グエンはリュガンから詳しく聞きだしたパーティの詳細を眺めていた。参加費が二万? 相当いいシャンパンがでるのかもしれない。それとも禁酒主義を反映してアイスティーかも。
グエンがうんざりとし始めてたころ、ソルはやっと口を開いた。
「これはちょっと難しいわね」
なんだって?
「招待客のリストは理事長の奥さんが管理しているようだけど、招待状の手配はすんでいるし、招待客リストはコンサル会社に提出済みね。ケータリング会社にも人数を知らせているから、今から帳尻を合わせるためには、あっちやこっちに小細工しないといけないわ」
グエンはじっとパーティのお知らせを見下ろして、ため息をついた。
「君がどうにかならないことなんて存在しない。そうだろう?」
「残念。あたしは魔法使いじゃない」
「なんとかなるのかならないのかって聞いている」
「ちょっと手間がかかる」
「頼むよ」
「高くつくわよ」
「いいよ」答えてから、グエンはふと口ごもった。
「えー……ちなみにいくら?」
値段を聞いてグエンは呻いた。
「言っておくけど、呻いたからって俺がしみったれってわけじゃないぞ」
「わかってるわよ、ハニー。この値段でぶつくさ言わない男なんて、気取り屋の俗物野郎よね。じゃ任せて。また連絡する。ゾラックちゃんによろしく」
*
部屋に入るなり、サイラスはセスの顔も見ずにはっきりと言った。
「ローガン邸が何者かに放火された」
「爆撃されたといったほうが適切ですね」
サイラスのタイに見とれていたセスがすぐに答えられたのは、長年の訓練の賜物だった。
しぶしぶ視線を顔まで上げるが、ふいに真っ青の虹彩に見つめられ眩暈を感じる。
「ついでにダージンが行方不明になったって?」
セスは顔を伏せたい誘惑と戦った。自尊心がちりちりと痛み始める。
病室に五人の職員を配置して警備したにもかかわらず、ダージンはレントゲン撮影の途中に忽然と姿を消したのだ。
人間情報――スパイの訓練研修をトップの成績で卒業したのに。よく言うぜ。
セスは思い切って、サイラスを見つめ返した。いつも通り赤面していない自信があったが、今は床にぽっかりと穴が開いて飲み込まれたい気分だった。
「誘拐の線は?」
セスはゆっくりと頭を振った。
「はっきりとしません。防犯カメラと中央病院の大通り前のコーヒーショップの店員がダージンと一緒に歩いている男を目撃していますが、彼は自発的に歩いていたようです」
「男とは?」
「背の高い赤毛の男です。病院内の防犯カメラには影しか映っていません。あらかじめ進入ルートを決めていたようです」
「君を蹴り上げた男も赤毛だったな。ローガン邸を尋ねた男も赤毛だ」
セスは軽く頷いた。
「彼はフィゼ・アウリーノという名前で人造人間とホテルに泊まっていましたが、偽名です。あの騒ぎの後、すぐに姿を消しました。部屋で鉢合わせした男二人は窃盗容疑で警察に逮捕されました。こちらで事情聴取したいのでが、地元警察がごねて面会はまだできません。他は調査中です」
「警察は放火犯を捕まえてもらおう。我々はダージンを追う。彼はサギリアの記憶データを握る唯一の人物だ」
「分かりました」
サイラスはちらりと手元のネイルウォッチに目を走らせた。
「三十日はにチャリティパーティに参加する。彼女の生前の同僚が山ほど出席する。五時までに支度するように」
サイラスは有無を言わせぬ口調で言うと、セスに書類を押し付け部屋を出て行った。
セスは息を吐くと、報告書に目を落とした。
消防と行った、消火後の現場捜査中に捜査班がローガン邸を捜索したのだ。
だが、目新しいものは何もなかった。設計図どおりの家、調査通りの家具配置。警察ともめながら母屋をあさったが、彼女達が一番見つけたいものはいっさい発見されなかった。
サギリア・ローガンの記憶データ。
今まで彼女は記憶データは自宅内にあると思われていた。
火事の最中にローガン邸に何者かが侵入した形跡もあった。彼らの目的はセス達と同じだろう。
弁護士はサギリアの死亡と同時に停止処分にしたという証言したが、彼女達はこれっぽっちも信じていなかった。
自分の記憶データの価値を知りながら、彼女が処分するはずではない。
そして、今。セス以外の何者かが彼女のデータを探している。
腐肉に群がる狗のように――――。
「――――わたしも似たようなものか」
セスは報告書を投げ捨てたくなる衝動を抑え、ソファに身を沈めた。
あの赤毛との偶然の対決は、セスにとって初めての大失態だったのだ。
あの時彼が帰ってくるのが少しだけ遅かったのならば、あの泥棒どもを捕まえられたし、セスも赤毛と大立ち回りをせずにすんだのだ。まさか泥棒と鉢合わせて、探るべき相手に殺されそうに――――そして調査対象を殺しそうになるとは情けないにも程がある。
セスが生真面目にまとめ上げた報告書はサイラスは読んだはずだが、彼はなにも言わない。
もういい。考えても遅い。
セスはサイドテーブルに山のようなに詰まれた雑誌を一冊引っ張り出した。
雑誌には着飾った上流階級の女や女優が微笑みを返している写真が、びっしりと掲載されている。
そろそろ気のめいる作業を始めなければならない。
セスは服を選ぶのが苦手だった。
同年代の女の子が、友達同士でパジャマパーティをしたり、親の化粧品でこっそり化粧した時期をすごさずに人を殺す訓練をしていた報いだ。
サイラスと一緒にパーティに出席するのは今回が初めてではないが、毎回同じドレスを着ていくわけにも行かない。
と、いうことは、パーティごとに新調しなければならない。絶対に彼に恥をかけられないし、自分が絶世の美女ではないと知っている。
セスはページをめくりながら、自分に似合う色リストを取り出して、写真のドレスと見比べた。
人間というものは髪や肌や瞳の色で似合う色が決まっていると、雑誌から抜け出したようなセンスのいいカラーコーディネーターの女性は言った。セスはこんなことが職になる時代を不思議に思っていたが、最後は感謝していた。このカードを同じ色のドレスなら、少なくとも自分に似合うことを知ったのだ。
色あわせなら、セスの得意分野だった。何十人ものきらびやかな女たちが並ぶ紙面を四等分して、瞬時に色を確認する。
諜報活動では何百人もの重要人物の顔を群集の中から見つけ出さなければならないのだ。
あった。若草色のドレスだ。びっくりするほど完璧な体形のブロンドが着ている。
自分はくすんだ金髪だが、そこまでおかしくなることはないだろう。
セスはお目当てのドレスの長々とした説明文を無視してブランド名をメモした。午後にはこの店に行って、同じドレスを買えばいい。支払いはありがたいことに、局もちだった。




