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第23話 銀皿上の心臓

 グエンは身を取り出すと、単刀直入に切り出した。


「あの屋敷には何が隠されているんだ?」


 サギリがぽかんと口を開けたまま、顔だけグエンに向けた。


「ダージンを殺すには火事じゃ心もとないだろ? 実際被害はダージンが少々焦げただけだ。放火魔の狙いはあの屋敷にあるモノじゃないのか?」


「騒ぎに乗じて、火事場泥棒ってわけ?」


 グエンが真面目腐った顔で頷くと、サギリは眉をしかめケーブルの接続に意識を戻したようだった。

 カチリと音がして、なにかチューブが繋がったのが分かる。


「たいしたものはないわ。アンティーク家具」


「そんなもんじゃないとわかっているんだろう? なにかあるはずだ。グレッグの遺産は? 論文とか、研究のたぐい」


「父の遺産は遺言状に基づいて大学に寄付されたわ。研究ノートとか、論文のコピーならあるけど、オリジナルはほとんどが寄付されたから、父の業績を丸ごと灰にしたい連中が先に目をつけるべき場所は大学か研究所よ」


「学術的価値があるものは全くないと?」


「ないわね。まったく。手書きのメモまで全部箱詰めしたもの」


「秘密の研究とかは?」


「ひみつのけんきゅう?」


 サギリがぐるりとこちらを向き、眉をあげて見せた。口元にはうっすらと笑みを浮かべている。


「目を離さないでいただきたい」


 ゾラックが不満げな声を上げた。


「グエン。ここは近代文明国家なのよ? 狂った錬金術師が地下室で怪物をつくれる時代じゃ――」


 サギリの顔から表情が消え、滑らかに動いていた手元が強張った。


「ある」


「なんだって?」


「訂正。ある、と言われているものがある」


 グエンは辛抱強く頷いた。


「なにかな」


「わたしよ」


「わたし?」


「わたしの記憶データベース。が、あると言われている」


「君が個人で作ったやつだな」


「そう、ちょっと都市伝説的だけど、わたしのデータがまだ残っているんじゃないかって一時期ネットで噂になったのよ。ま、実際に存在するんだけどね」


「屋敷にあるのか?」


「ちがう。あの家にはないわ。だってつまり、百年前に作られた家に、データベースを維持できないもの。未だに暖炉で暖を取っているのよ。データベース自体は別のところに借りてるの。でも、あの屋敷で管理しているって検討をつけてもおかしくないかも」


 グエンは腰を下ろしてふぅっと息をついた。


「で、君の脳みその中身はどこにあるんだ?」


 サギリは口元を強張らせ、頭を振った。


「言えない。でも、わたしのオリジナルデータが目的ならちょっと安心した。絶対に安全な場所に設置してあるから」


「絶対なんてない」


「あるのよ。この話題は終わり」


 サギリは会話を打ち切ると、またゾラックの腕に集中した。


「君はわかっているんだろ? 連中の狙いが君のデータなら、君が生きていると知っている人間だ。君を狙ったヤツは、君のデータがまだ保存されていると目星をつけている。そして、そのデータが喉から手が出るほど欲しいか、記憶のデータが削除されない限り、安心して寝れないってやつだ」


「いい気味」


 サギリは上品に鼻をならすと、循環液を注入し始めた。灰色だったゾラックの腕に血色が少しずつ戻っていく。

「わたしは死んでから一歩もあの家を出ていないわ。あなたに会いに行くまでね。わたしが生きていると信じ込んでいる人間がいたとしてもおかしくないけど」

 グエンは手を上げた。


「わかった。この話題は終わりだ。じゃあ、そのデータになにが入っているか教えてくれ」


「ただのデータよ。十三歳女性の記憶データ。たしかに子供のデータは珍しいけど、前例なんて何千もあるわ」


「ただのデータじゃない。君だけが持つ記憶だ。君はハイパーサイメシアだろ? 常人では覚えていないあれやこれやを、全て覚えているんじゃないのか?」


「あれやこれやって?」


「あれやこれやだ」


 サギリは眉をひそめて、身を引いた。


「殺人現場とか、密会の現場とか、論文改ざんの証拠を知らず知らずのうちに記憶しているってこと? わたしの電脳に眠っている、決して消去されることもないビット化した記憶によって、わたしの命が狙われていると?」


 グエンは思わずニヤリとした。


「君はハードボイルドの読みすぎだな」


「まあね。でも残念。その可能性はないわ」


「その論拠は?」


 サギリは眉目を寄せて吐き出すように言った。


「わたしはハードボイルド好きなの。だからわたしが殺されそうになってから、必死で命が狙われる理由を探したのよ。わたしだって、自分の特徴を物覚えがいい事を忘れたりしないわ」


 物覚えがいい、とはね。彼女の能力はそんなもんじゃない。

 グエンが調べた彼女の症例では、彼女は三歳からの記憶が全て鮮明に思い出せる。

 見たものは絶対に忘れないのだ


「真っ先に飛びついたのは、見てはいけないものを見たってこと。でも、そんなものはなかった。少なくとも、殺されるほどではない」


「君がそう思っていても、相手がどう思っているかは分からない」


 相手が見られてまずいものを彼女に見られたと思い込む場合もある。並外れた記憶能力を持っている人間。しかも、サイボーグ化しても消えない能力を持っている相手に対して行うことは? 

存在の抹消だ。

 サギリアは悲しげに首を振った。


「ないわ。なにもなかったの」


「そうは言い切れない」グエンは食い下がった。


「違うのよ。本当にわたしにはなにもないの。徹底的な記憶ってやつが。わたしがなにをしていたと思う? わたしは記憶をデータ化してからの五年間を再生していたのよ」


「なんだって?」


「一日ずつ、全ての記憶を見返したの。全てよ。全て。一日に四日ずつ。三ヶ月かかったわ。

でも、なにもなかった。わたしは仕事場へ行き、実験を手伝って、研究ノートを書き、食事をして寝る。それだけだった。この五年間、家と研究所の往復だけだったの。昼食にランチへ行くのが関の山ってわけ。パーティには七回。そのうち、全てが会社関係だった」


 サギリは息を吐いて、自分の心臓を銀の皿に乗せて差し出すように、歪んだ口元から続けた。


「なにもなかった。わたしには、なにもなかったの」


 グエンはじっとサギリの横顔を眺めて頭を振った。

 どうかしている。

 目の前の少女が、今まさに必死の思いで告白したというのに、瞬きすらする気がない。

 そうそう感情的にならないように処理されているのだ。


「えへん」


 ゾラックが能天気な咳払いをした。


「紳士淑女のみなさん。手元が疎かになっていませんか?」


「どんな気分?」


「腕がついた気分です」


 ゾラックが厳かに呟く。


「もう一つ頼みがある」


「なに?」


「ゾラックの視線映像アーカイブのジャックはできるか?」


 サギリが作業をとめてグエンを見上げた。


「知っていると思うけど、人造人間の視覚情報の取り出しは違法行為よ」


「知っていると思うけど、自宅での人造人間の改造も違法行為だ。できるか?」


「できるわ」


 サギリがサラリと言い切る。


「言っておくけど、我々ほど、人造人間を非人道的に切り刻んでいる人間はいないからね。一度や二度は違法行為をやっているものよ。方法は絶対に秘密だけど。でもちょっと時間がかかる。どの日の画像がほしいの?」


「十四日十時頃。ゾラックが撃たれた時間だと言えばわかるよ」


「グエンドリン、私は盗撮用のカメラではありませんよ」


「了解。これ終わったら始めるわ」


「皆さん。私の人工知能をいじくりまわす前に、私の意見に耳を傾けるべきでは?」


「わかった。俺はちょっと出かけてくる。よろしくな」


 グエンはゾラックの不満げな抗議を無視したが、部屋を出る前に振り向いた。


「ところで、ゾラック。僕のチョコレートコレクションはまだ残っているよな?」

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