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第17話 反人造人間主義者ども

 グエンはぐったりとして、ホテルに滑り込んだ。

 頭の中に何百人もの反人造人間主義者がひしめいている、軽い物から重症患者までよみどりみどりだ。カメラの中にはもっとある。

 グルグルと回る、似たような顔立ちの人間たち。金はあっても自分以外の人間にびた一文使おうと思わない中流階級の人間だ。

 こういった人間の心理はよくわかる。

 自分の信条を正当化する事にでも、後々利益になることにでも一定以上の金額を支払うことになると心理的制御が働いて一切の金を使わなくなるのだ。

 ゾラックが何か言いたげにこちらを向いたが、グエンは視線でそれを遮った。


「えへん」


 まったく、どこの誰が人造人間に咳払いをさせようと考え付いたのだろう。


「グエン」


「黙ってくれ。散々な一日だったんだ」


「あなたが私の問いかけに返事をしたということは、反人造人間主義に転向していないと判断してもよろしいですか?」


「よろしいですよ。人造人間君」


 グエンはどっさりとソファにもたれかかると、ニュースをチェックした。進展なし。収穫なし。全てなし。

視界の隅で、ゾラックが肩をすくめて部屋を出ていくのが見えた。

 グエンはゾラックが正気に戻って小言を延々としゃべるだけでなく、人類のためにコーヒーを淹れるようなロボットに進化することを願った。

 無駄かもしれない。

 ゾラックの腕がまだ一本しかないのを思い出したのだ。

 腕の修理、と頭の中の『やることリスト』に付け加える。たしか、本邸の冷蔵庫にスペア腕があったはずだが、義手の固定は技師に頼む必要がある。

 これは、サギリアに必要経費として請求できるだろうか。

 グエンはため息をついて、データを見下ろした。

 撮影された車のナンバープレートと、顔写真は自動的に検出され、ファイリングされている。一度連邦局の国際指名手配人物に指定された人間のリストとクロス検索してみたが、サギリアの周辺千キロに指名手配中のテロリストがいないことは確かだった。

 だが、確認していない人間がまだ何十人いる。このデータをすべて確認するのは骨だ。


「えへん」


「発言を許可する」


「今日、面白い人物に遭遇しましたよ。サイボーグです」


「サイボーグなんて、そこら中にいる。僕だってそうだ」


「集会にです」


 グエンは興味を持って、顔を上げた。


「テクノフォビアの集会にサイボーグ」


「そう。し、か、も過激派バイオエシックスの集会です」


 グエンはバイオエシックスの情報を呼び出した。元々三年前にテロ騒ぎを起して、指名手配になった人間が中心の筋金入りの反機械主義者の集団だった。だが、中心人物がいなくなったため今は穏健派になっている。


「サイボーグ」


「サイボーグは彼一人だけでした。で、なんで面白いかっていうと、そのサイボーグ、自分が人間らしく見えるように振舞っていたんです」


 ゾラックは大仰な仕草で片手を上げた。モニタがぼんやりと浮かび上がり、写真が投影される。

 痩せた男だった。

 グレイのシワが目立つジャケットを着ており、サイボーグとは思えないほど姿勢が悪い。

 髪は不ぞろいに切ったものを必死で撫で付けたようにしている。絶対にわざとだ。


「肌を着色して、シワを描いています」


「ふむ」


「ナンバープレートは?」


 ゾラックは待ってましたとばかりにニヤリとした。

 膨大な映像データがモニタに浮かぶ。

 人造人間の倫理野では、意味のある盗撮ができないので、どちらかといえば風景写真のようだ。もちろん、そこから特定の人間を見つけ出すことや、ナンバープレートの数字を読み込むことはできない。


「古びた緑のやつ」


 グエンは年代物の車に狙いをつけた。ナンバーを拡大すると、ピクセル単位に修正がかかり、鮮明になる。すぐに、はっきりとした数字が浮かび上がった。


「全国の登録車両リストで検索」


「私の持っているリストは五年前のですよ?」


「構わんよ」


「ヒット」


 ふぅ。いつの間にか、息を詰めていた。五年前のデータだって、役には立つものだ。


「東ノーザン区域在住のゲイル・クレイシー。二十九歳。車を購入した時期は六年前」


「個人でカスタマイズするほどのサイボーグを持つには、若すぎないか?」


「そうでしょうか? 最近安くなっていますよ」


 グエンはゾラックの呟きを無視して、目の前の名前に全神経を向けた。

 聞き覚えのある名前だ。

 俺は一度見たものをそうそう忘れる人間ではない。

 頭の中でサギリアの関係者と容疑者リストが猛烈な勢いで駆け巡る。

 そして、一点を差した。


「ゾラック。我が相棒。ラングドール社の研究開発チームの名簿を検索してくれないかな?」


「そのエゴにまみれた笑みは……おっと、ヒットしました」


ゲイル・クレイシー

ラングドール電子工学研究所勤務

生物工学博士


 浮き上がった文字列を一瞥し、グエンはゾラックにニヤリとしてみせた。

 ゾラックはぽかんと口を開けている。


「サギリアさんの同僚では?」


「ふむ」


「工学者が、テクノフォビア? ありえない。集会に行くほどの熱狂的な反人造人間支持者が、仕事でサイボーグを作っているなんて信じられませんよ」


 グエンが眉を上げる。


「仕事とプライベートは別だろ?」


「夢が壊れてしまいますよ。これって……」


 ゾラックの動きが止まる。


「おい、ゾラック?」


「グエン! チャンネル5」


 ゾラックが怒鳴りながらテレビの操作パネルを叩き割った――かのように見えた。が、実際にはボタンを押しただけだった。


「状況報告――つまり、怒鳴るだけじゃなにもわからない」


「私の視覚プログラムが正常動作しているのであれば、あのテレビの中で燃えている屋敷は現ダージン邸、旧ローガン邸です」


 グエンはソファから飛び上がった。

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