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グエン、撃鉄を起こせ  作者: 相良徹生


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第16話 あなたの仕事が四時で終わるとでも?

 グエンは大抵のことは一人でできた。

 例えば、ホテルの自室で見知らぬ人間が倒れこみ、火災報知器が鳴り響き、体中がぴりぴりと痺れ、部屋中が荒らされている時など。

 なすべきことは一つ。逃げる、だ。

 グエンはぶつくさと愚痴るゾラックを引っ張り出し、別のホテルに逃げ込んだ。

 六ブロック離れただけだったが、いまこの街から出るわけにはいかない。

 そして、ゾラックは今もぶつくさとなにやら呟き、グエンの頭痛を悪化させ続けている。


「冗談じゃないですよ」


 ゾラックは自分の左手を顎で指し示すと、不愉快そうに肩を竦めた。


「黙ってろ」


「そうはいきません」


 グエンは新しいホテルの部屋を見回して逃げ込める場所を探した。

 バスルームはまだだめだ。

 あのゴリラ女の放った、対サイボーグ用電磁波で左足がまだぴりぴりするのだ。

 くそっ、ヒール部分に仕込んであったのだろう。ブーツの中を確認した時に脱がせればよかった。

 何より頭にくるのは。あの女がサイボーグ用の電磁波の影響を受けなかったということだ。と、いうことは、あの女は生身の女ということなる。生身のゴリラ女だ。


「あの泥棒どもは、私の腕を撃ちぬいたのですよ? 私の!」


「あの女はこそ泥の仲間じゃないよ」


「私の腕を切り取ったこととは全く関係がありません」


「わかってる。ちゃんと、君の腕は元通りにしてやるから」


 ゾラックがじろりと睨む。


「金はどうにかするよ」ぼそりと付け加える。


「ええ。もちろんです。私の腕がなくなったと聞いたら、お祖父様が墓石の下でのた打ち回るでしょうね」


 グエンは痛むこめかみをもんだ。

 ゾラックの小言に耳まで漬かって、今にも膝から崩れ落ちそうだ。

 あの泥棒どもは、サギリの件が関係しているのだろうか。

 サギリアの仕事を請けてすぐに、自分の部屋にこそ泥どもが入り込んだのは、偶然か?

 まさか。

 俺は偶然を信じない。

 そして、あの女。グエンはビニールに包んだ女の髪の毛を見上げてため息を着いた。

 あのゴリラ女が言っていたではないか。「あの男共と同列に扱わないでいただく?」とかなんとか。最高だ。つまり、俺はろくでもない二人の人間かにかぎまわられているというわけだ。

 グエンはちらりと爪に埋め込んだ時計を一瞥し、ソファから腰を上げた。


「どこ行くのですか?あなたの仕事が四時で終わるとでも?」


「小言の途中で悪いんだけど、ちょっと集会に行かなきゃいけないのでね」


「聞いていませんよ」


 グエンはにっこり微笑んだ。


「今こそ、反人造人間主義に転向する頃合だと思ってね」



*



 一時間後、グエンとウィルは車の奥で息を詰めていた。

 目の前の集会所には、『正しい人間社会の会』の会員が続々と集まってきている。


「同志よ、そろそろだぜ」


「や、め、ろ。何が同志だ」


「どうしてまた、反人造人間主義に転向しようとしたんだ? めでたいことだが、よく考えればやつらは病的だぜ」


「自己分析できているなら、よかったよ」


「ぞくぞくと集まってきやがる。『正しい人間社会の会』の信者どもだ」


 グエンはウィルが反人造人間主義の集会についていきたいと言い始めたおかげで、面倒なことにならないのを願った。

 グエン自身はまったくその気がないが、ウィルは反人造人間主義に片足を突っ込んでいるのだ。ウィルが完璧な反人造人間主義に陥った場合、ゾラックを使っている自分に二度と仕事を回してくれないかもしれない。

 最近では、『反人造人間主義』といいながらも、高度な遺伝子治療やサイボーグ化を反対する人間がおおい。


「反人造人間集会か。まったく、批判の矛先はロボットだけにしてくれよ」


 ウィルが煙草をくわえて、グエンにパックを差し出した。グエンは一本取り出して火をつけて、深々と吐き出した。

『あなたが秘密結社に洗脳されたらどうしましょう』ゾラックの嘆きが聞こえたような気がした。


「俺の人造人間が心配しているだろうな」


「お前が反人造人間主義になるって? あのゾラックを捨てる日も近い? 馬鹿らしい。絶対にありえないね。どうしてこんな場所に?」


「あんたがついてくって言ったんじゃないか」


「うん。昔、興味本位で行った事がある。当時はカルトめいて愉快だったから、今ではもっと愉快になっていると期待している」


「俺が全ての人造人間をぶち殺せとか言い出したら、頭を撃ってくれよ」


「なんだよ。あんたそうなりたいのかと思っていたよ」


 グエンがジロリと睨むと、ウィルはにやりと笑って煙草を押しつぶした。

 グエンは集会場の周りに集まる会員をざっと眺めてカメラに収めた。

 ホールには二、三十人の男女がたむろっているが、全員がそろいもそろって同じような保守的な格好だ。この辺りに住んでいる、中流階級の人間どもだ。男はラフなスラックス姿、女は地味なワンピース姿が多い。

 グエンは通りをゆっくりと移動し、駐車された車のナンバーを撮影した。


「よし、いこうぜ」


 ウィルがギョッとした顔で振り向いた。


「なんだよ、行かないのか?」


「なにに?」


「集会だよ。話聞かないのか?」


「何に言ってんだ? 転向するなら、一人でしやがれ。俺はもう帰るぜ」



*



 それから一週間グエンは町中の集会所を回り、車ナンバーと集まった人間の写真を取りまくった。

 この街では、四つのグループが活動している。三つは穏健派、ひとつは過激派だ。


「グエン、私はいつまで盗撮をしなくてはいけないのですか?」


 ゾラックの不満が聞こえる。

 ゾラックは集会が行われる場所の前にあるカフェに陣取り、人間のふりをして新聞を眺めつつ、左の眼球に仕込んだカメラで通行人を撮影しまくっているのだ。


「面白いものが取れるまでだよ」


「具体的な言ってくれないと、自分の機能が無駄に使われている気がしてなりませんね。それとも面白いってのは、人造人間基準で?」


「人間基準で興味深いものだ」


「ふむ、哲学的です」

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