第15話 反撃
何を思ったのかゾラックも着いてくる。
「一人で悪人に立ち向かうのはいい案とは思えませんね。あなたの助けになろうと思って」
グエンの睨みに答えるようにぼそりとゾラックが言う。
グエンはゾラックを無視して部屋にもぐりこむと、サッとあたりを見回した。
部屋中に破裂した火薬の匂いが漂い、ベッドのそばに黒ずくめの二人の男がへたり込んでいた。
「バスルーム異常なし」
ゾラックが真面目腐った声が後から聞こえる。ドラマの見すぎだ。
グエンは倒れている男に近づいた。
古臭い上着の男だった。どう見てもプロの殺し屋を殺しに来た人間には見えない。ただのこそ泥だ。
男は呆然と虚空を見上げ、足はブルブルと震えていた。
人は閃光と爆音によって一時的に中枢神経の処理が追いつかなくなり、呆然と座り込むことしかできなくなるのだ。
グエンは立ち上がろうともがく二人の男に向けてテーザー銃を撃ちこんだ。直径四センチの金属製ダーツは男の左太ももに直撃し、同時に死なない程度の電流が流れる。
男が体を震わせながら、うめき声を上げる。
グエンはゆっくりと部屋を見回した。
そこら中にトランクから引っ張り出したであろう、服や雑誌が散乱していた。グエンはトランクに入れていたものリストを思い起こした。
床に散らばった薬莢を一瞥する。
「伏せて!」
ゾラックの叫び声で、グエンは一瞬で頭を下げた。まさに本能的な動きだった。
頭上を陰が掠める。
全身の毛がぞわりとあわ立つが、考えるよりも先に振り返ると、重心が崩れるのももろともせずに影にむかって五発打ち込んだ。
転がりながら体勢を立て直し、マガジンを交換しようとする。だが、後から伸びた腕に阻まれてグエンは銃を振り落とした。
そのまま腕が脇に当てられ持ち上がる。非力だが、確実に重心のぶれる力のかけ方だった。
「――――なっ?」
次の瞬間、グエンの体は床に向って落ちていた。
たまらず地面についた手で体勢を立て直そうとした矢先、わき腹に猛烈な衝撃を感じた。
くそっ蹴り上げやがった。
熱い塊が喉元待までこみ上げる。
「ちくしょうっ」
遠くからうめき声が聞こえる。それは自分の声だった。
グエンはギシギシと音を立てる肋骨に鞭打って左手で床を蹴り、立ち上がると同時に相手の腕を掴み引き寄せた。
「ふっ」
そのまま腕を強く引きながら、反動をつけて人影を蹴り上げる。
人特有のぐにゃりとした感覚と共に、女のくもぐった声が聞こえた。
そこで初めてグエンは相手の顔を見た。
女だった。苦痛にその歪む顔は、崩れ落ちながらもしっかりと黒い瞳をグエンに向けている。
薄いブロンドの髪は肩の辺りでぞんざいに着られているし、着ている服は垢抜けない女子大生でも着ないような代物だ。
どうみても、こそ泥。だが、彼女の目つきは長年慣れ親しんだ強い感情を高ぶらせる何かがあった。
――――闘争。
迅速に、的確に、容赦なく。
グエンの世界。
何手先も想像し、どんな時にどんなふうに動いていいか知っている『人を殺す仕事』を持った瞳だった。
ちくしょう。
グエンは悪態をついて身を引いた。
彼女はいやな感じがする。床で伸びている男共の仲間とは思えない。しかも、閃光弾を投げ入れたときにこの女も部屋の中にいたはずだ。
少女ともいってもいい女はころがって起き上がると、後ろ手でゾラックを撃ち抜いた。
「え?」
ぽっかりと開けた口から声にならない叫びを上げ、ゾラックの体が壁にうちつけられる。
同時に引きちぎられたゾラックの片腕がどさりと転がった。
「しまった」
腕がもぎ取られたにしては暢気な口調で呟きそのまま崩れ落ちる。
女の銃口がそのままグエンに向かい――――いいぞ! ゾラック。崩れ落ちたゾラックの手はしっかりと女の足首を握り締めていた。
「!」
女の動きが一瞬強張った。グエンは自分に銃が突きつけられる前に、一気に間合いをつめると、女の胸を蹴り上げて引き寄せた。
女が目を見開き、ハッと息を飲むと体を強張らせた。グエンは左足を引っ掛けると、全体重をかけて女を押し倒した。
「うあぅっ」
左手を後に回し、膝で女を押しつぶすと女の口からくもぐった悲鳴が聞こえた。
女は身を引きつらせているが、胃の後ろにグエンの全体重が乗っている状態では身動きができないのだ。
グエンは肋骨を折らないように、脾臓の後まで足を下ろした。そのまま体に手を走らせ武器を持っていないのを確認する。
ふむ。この女は痩せすぎだ。もしかして未成年なのかもしれない。
だが、女の体から取り出した武器の数々を見てグエンの疑問は吹き飛んだ。
腰のホルスターに実弾入りのマガジン二つ。柄のしっかりとした、小型の戦闘用ナイフが一つ。
どう考えても、未成年が持つ代物ではない。
「大丈夫か? 相棒」
グエンは女から目を離さずに呟いた。
「なんとか……」
ゾラックがふらふらとした足取りで立ち上がると、床に落ちた腕を見下ろして舌打ちをする。
「わたしの腕が取れています」
「いい子だ。よくやった」
「お褒めの言葉はありがたいのですが、私の腕が取れたことに関しての慰めも欲しいところですね」
ゾラックはおぼつかない足取りで部屋を横切ると、投げ飛ばされたグエンの銃をしんどうそうに拾い上げて彼に渡した。
腕からは朱色の循環液がぼたぼたと垂れている。それも、じきに止まるだろう。
「結合は無理そうですね」ゾラックが引きちぎられた腕をぶんぶんと振り回す。
グエンは苛立ちをこめて、女を見下ろした。
ホテルで大立ち回りをしただけでなく、ゾラックの修理代まで背負い込むことになってしまった。
女はじっとゾラックを見つめていたが、視線をグエンに戻した。
「人造人間か……」
女が息を吐きながら呟く。
「そうだ。人造人間だよ。お前はこの男たちの友達かな」
「まさか」
女は他人事のようにはっきりした口調で言うと押し黙った。
さて、どうしたもんか。
例えマフィア並の武装をしていたとしても、少女を尋問するのは好みではない。
グエンは彼女の左手にできた銃ダコに気付いた。小銃で何千発も撃つと人差し指と親指の間に硬いたこが出来上がる。グエンの両手にあるものだ。右手で撃っていたから、彼女は右利きのはずだ。銃ダコができるほど利き手とは逆の手で銃を扱う人間は?
軍人。
だが、彼女はどう見てもまだ少女だ。ファッションセンスは五十代だが、見た目は十代後半、せいぜい学校を卒業したてといった外見だ。
押さえつけられているにも関わらず、じっと考え込むよう壁の一点を睨みつけ、浅い息をしている。
できるだけエネルギーを使わないようにしているのだろう。グエンは腕にかける手に力を込めた。
「何の用だ?」
「……」
返事代わりに女が体を捻る。
グエンはさらに体重をかけて、女を押さえ込んだ。肺中の空気が漏れたのか、女が小声で悪態を付くのが聞こえる。
「相棒、縛るものを持ってこい」
「その言葉を待っていました」
その瞬間、女の足が綺麗に伸びた。真っ直ぐとグエンの腰に向っている軍用ブーツの一撃をグエンは軽々とよけ、左手で女の頭を押さえつけたが遅かった。
……キン――
金属音が部屋に満ちる。めまいと共に全身に強い痺れが走った。
派手な音を立て電球に火花が飛び、消え焦げ臭い臭気が部屋に立ち込める。
同時に耳の奥が痺れるような、ぴりぴりとした感触が全身を襲い、しだいに左足にたまっていった。
「え? うえっ? なっ……?」
ゾラックが崩れ落ちるように転がり、グエンはやっとそれが対サイボーグ用電磁波射出の音だと気付いた。左手と左足が急激に強張り、バランスを崩す。
「ああ、くそっ」
唯一うごく声帯から弱弱しく声が漏れる。女の体がぐにゃりと曲がり、支えを失ったグエンは床に崩れ落ちた。頭を押さえつけた手からブツブツと髪の毛が抜け落ちる。
女はしんどそうに立ち上がると、乱れた髪をかきあげた。
「まったく、その通りよ。くそっ」




