第13話 犯人探し
「さっそく犯人探しに取り掛かる。僕の質問に答えてもらうよ」
「あなたは、わたしの殺害依頼を受けたはずよ。依頼人がわかれば、すぐじゃないかしら」
「残念お嬢さん。自分の命は金より重いんだ。俺は確かにその依頼を受けたが、仲介屋からもらった仕事だってこと。そして、その仲介屋は誰かからその仕事をもってきた」
「探れないの?」
グエンは頷いた。通常、殺しの仕事は仲介屋から伝わってくるし、紹介屋は都合のいい人間に仕事を回す。
もしくは匿名で通信してくる。
殺しだったら殺し専門、盗みだったあいつといった具合だ。
そして、グエンは自分に仕事が回ってくるまでに何人の人間が関わっているか知らなかった。
どうやってもさぐれないネットワークを使って通信しているはずだ。
確実なのは、どう探り出しても仲介屋連中は口を割らない上に、かぎ回っているのに気付かれたが最後、今後一切の仕事はまわしいもらえなくなるだろう。
しかも、彼女の殺しの仕事を持ってきたのは男は、やっと電話が繋がった時には、引退して南の島に引っ越すために空港にいた。
「まず容疑者リストを作る。君を恨んでいる人間を聞かせてもらおう」
「わたしについて、あなたがどこまで知っているか聞いていいかしら? そのー……あなたはわたしの事を少しは調査したのでしょう?」
少しどころではなかったが、自分がどこまで彼女の事を知っているか、グエンは彼女に言うつもりはなかった。
「人間関係は詳しくは知らない」
「具体的にどこまで知っているの?」
グエンは居心地が悪くなり、椅子に座りなおした。
十三歳の少女相手に、君の年俸から遺伝的性質、それとまぁ君にまつわる何もかもをだいたい知っている。と、伝えるのはなんとも居心地が悪い。
「俺は君の殺害しようと調査していたのであって、犯人探しをしていたわけじゃないってこと。殺したくなるほど恨んでいる人間に関しては情報はゼロと言ってもいい」
「そうね……」
サギリアは下を向いて唇をかんだ。
「まず、わたしを憎んでいる人間についてお話しするわ。まずわたしの父、グレッグの関係者。ご存知の通り、父は世界一愉快な男って訳じゃなかったの。ほぼ全ての人間に面白くないやつだって思われていたし、父のお葬式はパーティみたいだったってのは有名な話」
グエンは頷いた。
サギリアの父親、人工神経細胞学者のグレッグ・ローガンの変人っぷりは有名な話だ。大体、できたばかりの人工知能を二足歩行型のヒト型機械に乗せる事を考え出したこと自体愉快な奴とは言いがたい。
彼はその発表をした一週間後に、数十の団体から人間に対する冒涜だとかなんだかの罪で起訴された。
彼は二年前にサギリアの母親とともに交通事故で死亡している。
「そして、父の離婚した妻たち。父は私の母の前に五人と結婚していたわ」
グエンが手を上げるとゾラックがモニタにグレッグの結婚相手をリストアップした。
「それは知っている」
「じゃあこれは? 前妻のうち、三人が父の同僚の元奥様よ」
マジで?
「グレッグの恨みが君に降りかかっていると言うわけか」
「そう。パパってモテたから」
「君のパパは最高に愉快だと思う」
「わたしもそう思う。子供好きってわけじゃなかったのにわたしを本当に可愛がってくれた。チェスが好きだったの。ばかみたいに強かったけど、わたしに手加減もしないの。それでも、わたしが文句もいわずにボロ負け時は嬉しそうだった。わたしの誕生日に、大理石のチェスセットをくれたの……。もちろん、最高級品のね」
少女の瞳に涙が浮かんだ。
グエンは暖炉の上に置いてあるグレッグの写真を眺めた。金髪の男が不敵に笑っている。
同僚の奥方を何十人でも陥落させることができそうな整った顔立ちをしていた。
世界で初めて人造人間を商業ベースに乗せた男。資産家のローガン家の一人息子。金持ちで頭がよく、ハンサム。つまり、男に嫌われるタイプって訳だ。
早くも、グエンはローガン博士が嫌いになってきた。
「なるほどね。次は君自身の関係者だ。君の別れた恋人とか?」
サギリアは頬を赤らめた。
「恋人はいないわ」
グエンは心なしかホッとした。
彼女の交友関係は調査済みだったが、万が一もありえる。少年が小さな恋人を失って悲しんでいるのを想像するのは自分が豚野郎になった気分になる。じっさいその通りだったとしても。
「仕事の同僚は?」
サギリアは頭を振った。
グエンは、顔を真っ赤にした男を思い出した。
「ダニアン・ホイトは?」
サギリが顔を上げた。
「ホイト? わたしが死んでから、わたしの遺言状を公開しろってうるさいのよね。ダージンが嫌がってるわ」
「遺言状にはなにがあった?」
「死後の遺産分配よ。私の蔵書の一部は大学と研究所に寄付したの。手放したくなかったけどね」
「君の仕事仲間には?」
「なにも」
サギリアは肩をすくめた。
「仕事場だけ付き合いだもの。ついでに言うと、ラングドール社や同僚達がわたしが死んでメリットがあるようには思えない。わたしが生きていたほうがよっぽど金になるもの。グレッグ・ローガンの一人娘の天才少女が働いているってね」
もちろんチームメンバーも調査する。
グエンが手で合図すると、ゾラックは軽く頷いて、リストにチェックを入れた。
「君はこの件をどう考えている?」
「人を殺す動機は金か愛か社会正義しかないわ」
いやはや。愛とは! グエンは仰け反りそうになるのをこらえた。
グエンに言わせれば、人を殺す理由は五万と思いつく。グエンの考えをよそに、サギリは頬を赤らめた。
「わたしに恋人はいないから、愛ってやつで殺される理由はないわね。金は――――」
「慈善団体か、ダージン氏だな」
サギリが口を開くの遮って、グエンは続けた。
「安心してくれ、ダージン氏は容疑者リストから外された。だいたい君が死後もサイボーグ化される可能性があると知っていながら、三度も殺すのはおかしい」
「それを聞いて安心したわ」
「残りは社会正義ってやつか。君はなにかの活動をしているのか?」
サギリアは肩をすくめた。
「べつに銃規制賛成派ってわけじゃないわ。でも、わたしは一時期有名だったら、変人に目を付けられやすいの」
「有名って?」
サギリアはこほんと咳払いをした。
「ほら、天才児ってやつよ」
「博士号はいくつだっけ?」
「二つよ。修士は三つ。学士は五つ。昔、子供に『不自然な』高等教育を施して『不適切な』研究に従事させているって人権団体から訴えられたのよ。わたしは国立の特殊教育学校の出だったからなおさらね」
「特殊教育学校というのは?」
「発達障害の子供を集めた、学校。おもに高度な知能を持ち、通常の学校教育制度に向かない子供たちがいくところ」
グエンは鼻をならした。
なんてったって、グエン自身が『国立』の『特殊教育機関』によって、すばらしい殺人教育を施されたのだ。
まったく、望んでいないのにも関わらず。
「君は記憶能力が優れているって話だな」
サギリアはぞんざいに頷いた。
「超記憶症候群っていう、記憶障害の一つなの。一度見たものは絶対に忘れない」
「便利だ」
サギリアは口元をゆがめた。
「皆そう言うのよね。実際はあなたが言う程、便利じゃないのよ。わたしは学校でこの病気の付き合いの仕方を教わったの」
「天才児の園ってやつか」
「わたしの出身校よ」
やめておけ、グエンドリン。自分が恵まれた教育を受けられなかったからって、こんな子供に当たるのはお門違いもいいとこだ。彼女は立派に役に立っているだろ? 戦争が終わっても。
「失礼」
グエンはもごもごと謝罪の言葉を口にして、軽く手を上げた。
「ラングドール研究所では何をやっていたんだ?」
サギリは眉を上げた。
「守秘義務があるんだけど、もうわたしは死んだし、くたばれ高研科学研究局ね。わたしが開発していたのは、電脳生体工学よ。サイボーグの脳みそね。人工脳に、人の記憶データをいかに効率的に配置するか研究していたの」
「薄ら寒い話だな」
「人脳の記憶を一度電子データ化すると、恐ろしくコンパクトに収まるようになるのよ。人間の心理屋に影響を与えない範囲で効率的に人工脳へ記憶のセーブができたら、サイボーグの能力は飛躍的に上がるはずよ」
サギリは一気に研究内容を話すと紅茶を飲み干した。
リストは出来上がった。あとは、調査だ。
八歳にして、特殊学級を卒業後大学に編入。十三歳の今では持っている博士号は二つ、修士号は三つ。ハイパーサイメシアという病気もち。
グレッグと母親の死後、ラングドール研究所に就職し、今では上級研究員だ。
グエンは自分の記憶力に満足して、椅子に深く体をうずめた。
彼女は目立つ。
そして、目立つやつは頭のおかしい奴に命を狙われる。だが、イカレた奴は殺し屋に仕事を回したりしない。たいがいが自分の拳で決着をつけたがるはずだ。ということは、彼女に死んでもらいたい理性的な人間が一人、または複数いるはずだ。
グエンに仕事を頼むくらいのそこそこの金持ち。
グエンが席を立つと、サギリも飛び上がるように立ち上がり、グエンに駆け寄った。
「ねえ、あなたのお名前は? それとも名前を聞いたらわたしは殺されるの?」
グエンはかすかに微笑んだ。
この少女は少々空想癖があるし、ハードボイルド小説が大好きだ。賭けてもいい。
「俺の名前はグエンドリン・アイザー。好きなように呼んでくれ。ついでに俺の名前を外で口走ったくらいでは、命の危険について考えなくてもいいよ」
「グ……グエンドリン?」
「はっきり言っちまえよ、お嬢さん。なんで名前が女性名なのかってね」
サギリは困ったように下を向いたが、すぐにグエンに向って眉を上げた。好奇心が抑え切れなかったようだ。
「その名前は自分でつけたの?」
「いや、祖父が付けた。何で女性名かってのは、教えることはできない。君の命に関わるから」
「わかった。その話題はやってはいけないリストに加えるわ。たとえ好奇心に身を焼かれそうになってもね」
サギリはにっこりと微笑むと、今度はゾラックに向き直った。
「ところで、あなたあのレストランで会ったでしょう? 人造人間だったのね。全然気が付かなかった!」
ゾラックがニヤリとして、得意げにグエンに合図をした。彼は無視した。
「ありがとうございます。お嬢さん。私の変装は芸術的領域までたどり着いてしまったようですね。でもまた、どうして今日は気付いたのです?」
サギリはクスクスと笑った。
「わたしは人造人間の専門家なのよ。あなた名前は?」
グエンの視界のすみでゾラックが満面の笑みを浮かべた。
人造人間は、人間に個人的につけられた名前を聞かれるのを、自分に対する最高の名誉だと考えているのだ。
人造人間のお気に入りになりたかったら、自分から名を名乗り自己紹介せよ。あまり知られていない法則の一つだ。
ゾラックは誇らしげに胸を張り、にっこりと笑った。
「ありがとうございます。私はゾラックと呼ばれています。よろしければゾラック呼んでください」
「よろしく、ゾラック」
少女はいたずらっぽい笑みをうかべた。
「サギリと呼んでね。あなたがよければ」
この瞬間、ゾラックは少女に恋をした。




