第12話 血まみれのシャンデリア
嘘はよくない。もっともだ。
依頼人の正体が分からないというのは、今回に限った話ではないが、目の前の少女の場合は中身わからないことは自分の命に直結する。
中身はだれか?
サギリアか? それともダージンか、熱狂的なサギリア・ローガンファンかもしれない。それによって、誰から背中を撃たれる確立が高いか変わってくるのだ。
「個人で記憶データのセーブを行っているのか?」
サギリはニヤリとした。
「もちろん。個人でのデータセーブ自体は大した技術ではないのよ」
「君が最初に殺されたときに、すぐにサイボーグに移行できたってことは、元々記憶スキャンされていたってことだな?」
「そうよ」
「父親のアイディアか?」
サギリアはムッとして顔を上げた。
「ちがう。皆そう言うのよね。確かに、健康体の未成年の生体スキャンは珍しいけど、例がないわけではないわ。最初からわたしが始めたことよ。アストルノ記憶管理会社にデータ送信の記録が残っているはず。元々データはそこに転送していたから」
グエンはゾラックに合図をした。視界の片隅で、ゾラックが軽く頷く。
「はじめは自作の通信技術のテストだったの。この先自分がサイボーグになるなんて思ってもみなかったけど、そのときは自分の記憶を残すのが面白いと思ったのでしょう」
グエンはたいして面白いとも思えなかったが、人の趣味に口をはさむ気はなかった。
「今でも覚えている」
サギリは目を閉じた。
「七月の暑い日だった。七月四日から一週間かけて、全データをスキャンをしてから、リアルタイムのデータ保存を始めたの。耳の後ろに小型の機械をつけて一日中いるのはちょっとした冒険だった。ついでに、遺言状を書き換えたりしてね。そして、わたしは銃で撃たれた」
「そのときは?」
「死んだわ」サギリが顔をゆがめた。
「脳死状態だった、四日後に心肺が停止したの。そして、わたしは遺言通りサイボーグ化したってわけ」
「趣味は続いたんだな?」
「そうね。実を言うと、生体スキャンしたのは幸運だと思ったわ。文字通り、生まれ変わったんだから。健康体の十歳以下の記憶データの蓄積は連合法で禁止されているから、わたしがあと一年前に殺されたら、わたしはそれで終わりだった。そして次は車に惹かれた。正確にはひき逃げね」
「車でひくのは確実じゃない。特に高級サイボーグ相手では」
「わたしも最初はそう思ってた。ただの事故だってね。でも、ひき逃げした車は偽造した免許証で借りられていて、借りた人間は一切カメラに映らないようにしていたと知るまではね」
「そして君が三人目ってわけか」
ゾラックの咳払いを、グエンは丁重に無視をした。こんなところで礼儀に構ってられるか。
「そうね。何かがおかしいと思ったの。そりゃあね、わたしはちょっとした有名人だけど、二年間に二回も殺されるなんてどう考えてもおかしいじゃない。わたしはもしかして命が狙われているかも、ってちょっと偏執狂的な気分になって自分の周辺を探り始めたのよ。で、見つけたくないものを見つけたってわけ。パラノイアは正しく、わたしは本当に誰かに命を狙われていた」
「どうして、自分が命を狙われているって気付いたんだ?」
サギリアはにやりと笑った。
「わたしが殺される二ヶ月前に、大学の論文データベースにアクセスがあったよ。少なくともわたしのプレスクールから大学の分まで全てね。そのデータは誰でも閲覧できるんだけど、履歴も残るの。昔はしょっちゅう取材を受けて、データ参照に使われていたけど、今ではわたしの経歴なんてあさる人間なんていないわ。殺し屋がわたしの書いた論文に興味を持つとは思えなかったけど、ハードボイルドでもあるように、ターゲットの調査を徹底的にやるのが殺し屋ってやつじゃない?」
その通り。
グエンは声に出さずに同意した。
「だからわたしは罠を張った。誰かがわたしのデータベースにアクセスしたら、自分が殺されるカウントダウンだろうだと思ってね」
そして、俺が引っかかったってわけか。
「そして時はきた。九月にわたしのデータベースが一年ぶりに参照されたの。わたしは遺言を書き換えた。そして、今度は徹底的に自分が死んだことにして復讐に乗り出しのよ」
「二つ質問いいかな?」
サギリアは頷いた。
「どうして生き残ったんだ。君は対サイボーグ用のライフル弾で撃ちぬかれたけど」
「わたしの頭蓋骨が対ライフル用のチタン製だったのよ」
サギリアはにやりとした。
「最高級品よね」
おいおい。資料にはなかったぞ。
グエンは自分の調査能力を呪った。
「あと一つ、計画犯を見つけ出すのに俺を選んだ理由は?」
サギリはゆっくりと顔を上げると、鉄色の瞳でグエンをじっと見つめた。
「あなたを選ん理由は二つ。わたしは今まで殺し屋なる職業に無縁だったから、誰に頼んで良いのかわからなかった。だったら、自分を殺したやつに頼んでみようとしたの。少なくともその人物は実在するわけだし。わたしの外観は変わったから、身元もばれないはずだしね。だから、わたしの正体に気付いた時はびっくりしたわ」
「なるほど、もう一つは?」
「もう一つは、あなたなら金で全てを解決してくれそうだから」
グエンはぴくりと眉を上げた。
「つまり、あなたが社会的正義だとか政治信条だとか、自分の個人的趣味のために子供を殺している人間じゃなさそうだと言うこと」
「俺が、あんたが生きていると知って今度は徹底的に君を殺すと思わなかったのか? サイボーグと言っても、脳幹神経細胞が死んだら終わりだ」
サギリは手元の紅茶を見下ろした。
「その恐れはいつだってあるのよ。いつだってね。わたしが誰かに裏切られるかもって考えないと思う?」
「俺が自分のお楽しみのために子供を殺してまわるサイコ野郎に見えなかったって?」
はん、軍人が世を憂い始めるとロクなことが起こらないって歴史が証明ずみだろ?
「ええ、あなたはお金のために仕事をしたのでしょう? だと信じたいけど。サイコ野郎だったら今のうちに言って欲しいわ。これ以上がけっぷちに立つ前に」
サギリははっきりと言った後、手を上げた。
「どうも喋りすぎちゃったみたいだけど、まだ答えを聞いていなかったわね。わたしの依頼を受けるの?」
サギリは強張った顔で身を乗り出した。
手元では、白く小さな指を絡めている。何度も覗き見た彼女のクセだった。
「あなたの腕なら、わたしを殺そうとしているクソ野郎を探し出して殺せるはずよ。そして、わたしはハッピー、あなたもハッピー」
グエンはぼんやりと顔を上げた。
どうしてこんなことになったのだろう。軍にいたときはもっと単純だった。しかるべき有機物無機物を正しい火力で爆発させれば全てが収まるべき場所に収まっていた。
自分が殺した女の子に、殺人の依頼を受けるなんていうことは想像もできなかったはずだ。
だが、殺したはずの少女がよみがえって、口をきいて、今度は復讐の手伝いをしちゃいけないって憲法には書いてはいない。
依頼を受けるか? まったく、この少女に正面から向き合えるほど、自分が厚顔無恥だとは思わなかった。
グエンはふっと息を吐くと、口元を弛めた。
それは彼女だって同じことだ。自分を殺した相手を前にして、自分がハッピーになれる可能性を語るのは、正気とはいえない。
「乗ったよ、お譲ちゃん」
少女は顔をぱっと輝かせて、息を吐いた。
「サギリア・ローガンよ。サギリって呼ばれているわ」
サギリアが手を差し出したが、グエンは両手を挙げた。
「握手するつもりはない」
「分かったわ。うまくやりましょう」
「ただし、ダージンには、あなたがわたしを殺したことは言わないほうがいいわ。あなたを切り刻んで、各パーツを玄関のシャンデリアにつるしてその下でダンスを踊るだろうから」
グエンは肩を竦めた。もちろん、絶対に言うつもりはない。
自分の大事なお嬢さんが目の前に男の殺されたと知ったら、張り切ってあの忠誠心見せ付けるだろう。