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第11話 鉄壁の執事

 サギリアの身辺調査のため、彼女の周辺をかぎまわっていたのでこれだけはいえる。

 サギリア・ローガンの家は豪邸だった。

 戦前に立てられた三階建ての屋敷は、年代もののレンガで覆われた豪勢で時代錯誤な代物だ。

 ローガン家唯一の跡継ぎであるサギリアが死んだ後、屋敷は喪に服すようじっと佇んでいた。

 意外な事に、ドアノッカーをおろす直前に怒鳴り散らす声と共に扉がすんなりと開いた。


「お待ちしておりました」


 玄関から顔を出したのはコンスタンス・ダージン執事だった。

 ソルの調査報告書で確認した写真は、二十年前に撮影された免許証のものだろう。その頃からまっくた変わっていない。

 指が切れそうなほどプレスされたタキシードを着込み、白髪まじりの金髪は、特製の接着剤で固定したかのように一部の隙もない。

 金持ちは自宅にいるのにタキシードを着るのだろうか?

 グエンはすばやく老人を一瞥してから、彼の背後から沸き起こる怒声に注意を向けた。


「どういうことだ! ダージン! 我々に説明する義務もないと?」


 中年の男が、巨大な鞄を引きずりながら顔を真っ赤にして駆け寄ってくる。

 ダージンを追いかけて部屋を飛び出したらしいが、何百メートルも駆け上ったように息が切れていた。

 その後を、背の高い男が追いかけている。

 グエンは頭の中で屋敷の見取り図を引っ張り出しした。

 目の前の男が飛び出してきた部屋は応接間だ。少なくとも客らしい。


「お引取り下さい」


 ダージンがぴくりとも体を動かさずに静かに言った。

 呟くように言ったにも関わらず、その口調には人を従わせる確固たる意思が感じられる。長年人に命令を下していた軍人の口調だった。

 男は赤い顔をさらに赤くしてダージン詰め寄った。


「こんなことは許されない! 我々に協力するように、サギリアの遺言にもあったはずだ」


 男が腕を上げて、執事の襟を掴もうとする。グエンが割ってはいる前に、ダージンはすっと身を引いた。

 男の手が空をかき、鞄を大きく振りまわす。


「あったはずだ!」


「その事はなんども確認ずみのはずです。ありませんでした。まったく、一文もサギリアお嬢様の遺言には、あなた宛のものはありませんでした。今後は弁護士を通していただきたいですね。私にはどうしようもありません」


「ホイト、もういいだろう」


 男の連れが、なだめるように言う。


「ゾラック。扉を開けて差し上げろ」


 グエンの一言で男がグエンに向き直り、きっと目をむく。ブロンドの髪は僅かに乱れ、紅潮した額にかかっている。

 グエンは頭の中でサギリア関係者リストを猛烈な勢いで検索した。

 あった。

 ラングドール研究所の研究員ダニアン・ホイトだ。サギリアと一緒のチームで、人造脳神経の研究をしていたはずだ。

 もう一人の背が高い方は、ハーラン・イーノック。同じく、サギリアと同じチームの研究員だ。

 ホイトはダージンが礼儀正しく差し出した上着を引っつかむと、乱暴に音を立て扉をくぐった。


「科学への侮辱だ! どういう意味を持つか考えるんだな!」


 見事な捨て台詞。


 後から微かに鼻をならす音が聞こえた。

 グエンがちらりと伺うと、ダージンは先ほどと変わらず澄ました姿で完璧に礼儀正しく立っていた。

 ふむ、上品に鼻を鳴らすもんだな。


「失礼しました。外套をお預かりいたします」


「いや、いい。あの男は何の用だったのかな?」


 ダージンの目が細くなる。


「お客様でございます」


 執事は簡潔に答えた。


「ふむ」


「にゃあ」


 ふいに間の抜けた可愛らしい鳴き声が響く。同時に完璧な執事の顔が一瞬にして崩れ、きょろきょろとあたりを見回した。応接間の開けっ放しの扉から、灰色の塊がちょろちょろとうごめいている。


「今度は猫か?」


「失礼しました」


 ダージンはあたふたと扉に駆け寄って注意深く扉を閉めると、こほんと咳払いしてグエンに向き直った。


「お嬢様に面会のお約束をしている赤毛さまでごさいますね? ご案内いたします」


 赤毛さま! よりにもよって赤毛とは! 


 部屋に足を踏み入れてその光景が理解できると、グエンはうめき声をもらした。

 少女型サイボーグ。

 あの時と同じような人形のようなドレスを、あっさりと着こなした少女がぶらぶらと部屋の中をうろついている。

 グエンはゾラックの上着を丁重に受け取っていてるダージンを見返した。

 このポーカーフェイスの世界王者であるダージン氏が、あの少女の中に入っている変態だった可能性は?

 今では天文学的な速さでその可能性は下がっていた。人間は自らの体と遠隔操作用アンドロイドを同時に操作できないのだ。これは、機械的性能限界というより、人間の神経処理の限界だった。 

 この部屋でぶらついている少女が、あの酒場で出会ったサイボーグと同一ではないという可能性は?

 酒場ではダージンが動かして、目の前にいる少女はアンドロイドなのかもしれない。愛玩用人造人間を人間らしく着飾る変態がいるのは、周知の事実だ。

 ダージンがサギリアに前時代的執事らしい忠誠心を示すために、そして自分の狂った脳細胞の導きに従ってお嬢様を自作自演している可能性は?

 無きにしも非ず。


「ようこそ赤毛さん」


 グエンは妄想を振り払ってから、軽く挨拶を返した。


「来てくれないかと思ったわ」


 残念、目の前のロボットは人造人間ではなかった。

 優雅な仕草をするが、それはプログラミングされた動作ではなく、彼女の天性の優雅さだろう。

 発音が少し訛っており緩急がついている。人造人間の緩急のない発音とは明らかに違った。

 沈黙の中、ダージンは紅茶のったカートを机の横にセットすると、サギリアに向って一礼すると、グエンとゾラックを一瞥し部屋を出て行った。

 サギリアは完璧な動作で紅茶を注ぎ、グエンにカップを差し出した。

 卵のように薄いカップは、歯があたっただけでかけてしまいそうだ。


「ありがとう。ダージン」


 サギリアがギョッして顔を上げる。


「――それがあなたの挨拶なの?」


「違うよ」


「ふうん」


 サギリアが片眉を上げて皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「あなたはわたしがサギリアではないと疑っているでしょうけど。わたしはサギリアよ」


 サギリアは優雅な手つきでゾラックにスコーンを進めた。


「そもそも、あなたが最初にわたしがサギリアだって指摘したのよ。だとしたら、あなたには何らかの確信があったってことよね? わたしがサギリアだという、なにか——クセとか」


 そのとおりだ。

 最近の十三歳の女の子は、こんな話し方をする教室に通っているのだろうか?


「でも、たまには自分の直感を疑ってみようかと思ってね。俺は疑り屋だから。さっそく、君がサギリアだという証拠を見せてもらおう」


「そんなものはないわ」


 グエンは危うく飲みかけの紅茶を噴出しそうになった。すぐに開いたままの口をしっかりと閉じる。


「あの部屋で聞いた話と違うようだね」


 少女は手を上げて、降参したように肩をすくめた。


「白状するとね、殺し屋さん。わたしの手持ちのカードはもうないの。わたしがサギリア自身だと証明するためにはなにが必要になると思う?」


「サイボーグ化固体識別番号」


 全身をサイボーグ化するには、記憶のスキャニングと記憶のデータ管理が必要になる。そして、全身サイボーグ化した人間は専門病院と公的機関が発行した証明書が必要だ。

 これは『中に入ってるのが、誰か』を知るためには絶対に必要だった。


「詳しいわね」


 俺もサイボーグになりかけたのでね。グエンは何も言わずに肩をすくめた。

 少女は優雅に混ぜていたティースプーンを無作法にグエンに突きつけた。


「わたしの識別番号と記憶管理会社の記録データはサギリア・ローガンの死亡届けによって削除されたの。わたしは公的には完全に死亡しているからね」


「だったら……」


 サギリアが遮って続けた。


「わたしはどうやって、サイボーグ化したか、よね? わたしはアストルノ社に提供した記憶のデータとは別に、個人で記憶のデータベースを持っていたの。だからわたし自身がサギリアであるという証拠は、この頭蓋骨内にある脳みその断片と個人的に作った記憶データとわたしの自意識しかないってわけ。記憶データ自体は持ち主の生体脳組織がないと機能しないってのはご存知よね? でも、わたしは真実の証明のため自分の脳みそのかけらを差し出す気はない。つまり、今のわたしは、自分がサギリアであると証明させることはできないわ。べらべらわたしの事をしゃべり散らしても、あなたが信用しないことは分かっているし。あなたは正真正銘のうたぐり屋だものね」


「嘘が好きじゃない疑り屋だ」


「そうね。まず嘘をついて悪かったわ。ごめんなさい」


「謝罪を受け入れるよ」


「では、あなたはわたしを信じるしかないって気付いた?」


 グエンは、少女の瞳をじっと見つめた。ガラスと金属で作られたカメラが、暗い瞳孔の奥できらりと光っている。

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