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グエン、撃鉄を起こせ  作者: 相良徹生


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第10話 けっこうなロマンチスト

「ソルさんはいかがでしたか?」


 グエンが車に滑り込むと、ゾラックが礼儀正しく口を開いた。


「君がそんなに彼女に興味があるとは思わなかったな。今度から彼女と会うのは君に頼むよ」


 ゾラックは眉を顰めた。


「礼儀として聞いてみただけですよ」


「安心したよ。我が友」


 ゾラックの強張った表情を見て、グエンは内心にやりとした。ゾラックは無機物に対する異常な愛情表現にどう対処して良いのかわからず、彼女の前に出ると居心地が悪いのだ。

 グエンは車を出発させると隣に座るゾラックを再点検した。

 今日は栗色に髪を染め、ちゃんとした格好をしている。大きくスリットの入ったドレスと特大の胸に眉一つ動かさない相手にはこれに限る。つまり、首元までしっかりとボタンのあるスーツ姿だ。それに何ヶ月も前にバザーで見つけた度の入っていない眼鏡までしている。

 ゾラックは眼鏡をくいっと持ち上げると澄ました口調で言った。


「次の交差点を右です」


「助手席に座っているからといって、ナビをしなくてもいいんだよ。ローガン邸への道順なら完璧に頭に入っている。この二ヶ月間、サギリア・ローガンの熱狂的ストーカーだったんだから」


 グエンには少女の住むローガン邸までは目を瞑っていてもたどり着ける自信があった。文字通りストーカーだ。


「あの屋敷はコスタンス・ダージンにわたったらしいよ」


「コスタンス・ダージン?」


「ローガン家に代々使える執事だ」


「わお。本当にいるんですね。執事ってやつが」


「最近じゃ人造人間を使うのがステータスだけどな。変人の名をほしいままにするローガン家の人間にはお似合いだよ」


「変人なのは、サギリア・ローガンではなく、彼女の父のグレッグ・ローガンですよ」


「確かに、サギリアの父親が変態なのは歴史的事実だ。だけど、執事に馬鹿でかい屋敷を相続させるサギリア嬢もじゅぶん変人だぜ」


 グエンはダージンの個人情報をゾラックに転送した。


「使用人に家を相続させるのは人間社会では珍しいことですよね?」


 ゾラックの口から飛び出た『人間社会』という言葉にグエンはニヤリとした。


「人間社会にとっては珍しいよ。すごく。今のところ彼が第一容疑者だ。つまり、あの少女の中身だよ」


 グエンはゾラックが口を開くのを遮って続けた。


「ダージンがサギリア嬢の遺言状の中身を知って、少々欲を出して家をいただこうと彼女を殺した可能性はある。なんたって、自分よりサギリアが長生きしそうなのは間違いなかったからな」


「サギリアさんをつけまわしていた暗殺者の黒幕がダージンだと?」


「その通り」


「だったら、なぜあなたに黒幕の抹殺を依頼するのですか? 黒幕は自分なのに」


「実行犯を、つまり俺を殺すためだ」


 グエンは簡潔に答えた。

 手を下したものを次に消せ。マフィアの世界では常識だ。


「埋める場所は余るほどあるだろうし」


 グエンはナビシステムに表示された広大なダージン邸の敷地を一瞥した。大半は手入れされた森になっている。ダージンがどんなに不器用でもあと百人は埋められるだろう。


「あなたをおびき出して、自分で手を下すのですか?」


「その可能性もあるって言っているだけだよ」


「ダージン氏が黒幕の場合、サギリア嬢を自分で殺した方が合理的ではないのですか? 一緒に住んでいるのだから」


「同じ屋敷に住んでいる人間を殺してどうする。真っ先に疑われるじゃないか」


「ああ、そうか……」


 ゾラックはじっと空を見つめている。グエンが口を開く前にゾラックが続けた。


「このデータでは、彼女が遺言状の変更したのは一ヶ月前です。だとしたら二年前の殺人未遂では彼に動機がありませんよ?」


「ふーむ。気付かなかったな」


 ゾラックはハッと顔を上げると、眉根をよせた。


「嘘おっしゃい。私を試しましたね? あなたのテクノフォビアを私に向けるのはお門違いですよ」


「まさか」


「レストランに現れた自称サギリアのサイボーグの中身は?」


「ダージン」


「あの忌々しいレストランではサイボーグの遠隔操作はできません。電波は全て遮断されているのですから」


「一時的に乗り移ったんだろう。生身の人間がサイボーグを操作する方法は遠隔操作だけとは限らない」


 ゾラックがうめき声を上げた。


「次から次によくそんな妄想を練り上げられますね。それは人間の精神に対する侮辱ですよ。私がダージン氏を第一容疑者にこじつけるのなら、素晴らしき執事であるダージン氏が自分の可愛い女主人を殺した人間に復讐を企てていると考えますけど」


「君はけっこうなロマンチストだな!」


「最後まで聞いてくださいよ。お互いの首を絞め合わなきゃ会話できないのですか? 私は、あのサイボーグの中身は正真正銘のサギリアだと考えています」


 今度うめき声を上げたのはグエンのほうだった。


「訂正。君は妄想狂だ」


「あなたはサギリアが死んだと思い込もうとしていますが、もうわかってるのでしょう? 密会場所に現ダージン邸を指定したのですから、ダージン氏が計画を知っているのは明白です。そして、彼は少女型のサイボーグの中身には入っていないと仮定すると……。さて、あなたに接点があるダージン家の住人は? 残る登場人物は? じゃーん。殺されたサギリア嬢の他ありますまい」


「だったら、彼女は正気じゃない。自分を殺した相手を雇って、自分を殺そうとした人間を探し出そうとするなんてな」


 ゾラックが座席にもたれて、ジロリとグエンを睨む。


「やっぱりあなただって、サギリアが生きていると思っているじゃないですか」


「その場合、真っ先に殺されるのは俺だな、ということも含めてね」


「ご安心ください。実行犯であるあなたを三十分後に殺すとは思えません。あなたを殺す前に計画者である人間を殺させるはずです。どうせ殺るなら、懸念点は全て排除しなくてはいけません。お楽しみは最後に残すタイプなら特に」


 ゾラックはすばやく両手をあげた。


「なにやってんだ?」


 グエンは眉をひそめてうなった。

 ゾラックは胡散臭い調子で手をひらひらとさせている。手負いの鳥が羽ばたこうとしているようだ。


「ダージン氏もしくはサギリア嬢が、人造人間は倫理野の警告によって人間を殺すことができないと知っている人間である事を祈っています」


 グエンはむっつりと視線を前に戻した。

 きっと人造人間なりの神への祈り方だろう。人造人間は特定の宗教に属する仕草をできないようにプログラムされている。


「あなたも祈ったほうがいいのでは?」


「やつらは人造人間をバラバラにして楽しむ豚野郎かもね」


「最も世話になった親愛なる人間に遺産を残したのですよ。サギリアは間違いなくロマンティストで少女趣味ですね。ロマンティストは人造人間をバラバラになんてしません」


「確かに、人間はバラバラにしても良心は痛まないだろう」グエンは付け加えた。

「そういえば、俺の遺言状に君の名前が登場するって言ったっけ?」


「私が遺産ほしさにあなたをぶっ殺すって? 私の人間に対する忠誠心を見くびらないでいただきたいですね。人造人間の法的権利と、それにI&Y社の素晴らしい人工知能開発力を」


 ゾラックはずれてもいない眼鏡を治すと、顎をつんと上げてから目を閉じた。


「ついたら起してくださいね」


「俺が死んでも君にはびた一文残さないことにするよ」


 グエンはわざと荒っぽくハンドルをきって、ローガン邸に車を入れた。

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