エマとアン
足音が扉の前で止まると、スティーブンが静かに口を開く。
「お入りなさい」
扉が開き、二人の少女が優雅に入室する。
揃ってスカートの裾をつまみ、丁寧に一礼した。
「「お初にお目にかかります、聖女様」」
スティーブンが穏やかに告げた。
「エマ、アン。お前たちにはこれより、聖女様にお仕えしてもらいます。聖女様はオラクリス家の大切なご家族です。お嬢様としても、コトリ様に尽くすように」
スティーブンがそう言うやいなや、二人は向かい合って手を取り合う。
「やったわ、アン!」
「ええ……エマ。私たちが聖女様のお給仕を……!」
喜びを隠しきれないエマと、静かに目を輝かせるアン。
しかし、スティーブンが控えめに咳払いをすると、二人ははっとして姿勢を正した。
ベージュの髪をシニョンにまとめたエマが、一歩前へと進み出た。活発な雰囲気を持つ彼女の表情は明るく、鈴のような愛らしい声で自己紹介をする。
「私はエマと申します! そして、こちらが双子の妹、アン。今日からコトリ様のおそばでお仕えさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします!」
「初めまして……コトリ様。……アンと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
アンが笛のように透き通った声で自己紹介をする。
彼女はエマと同じベージュの髪をギブソンタックにまとめ、落ち着いた気品を漂わせていた。
背丈や顔立ちが瓜二つだから、おそらく一卵性双生児なのだろう。にもかかわらず、表情のつくり方や話し方がまるで違う。
エマは快活で明るく、アンは物静かで控えめ。しかしどちらも気品を感じさせる所作を持っていた。
「はい……よろしく、おねがいします」
初めてのメイドさんに、わたしは変にドキドキしまった。
おずおずとそう答えると、エマがぱっと顔を輝かせる。なんて……眩しい笑顔なんだろう。
「わあ、コトリ様っ! お声がとっても愛らしいですね!」
「ん……エマ……お静かに」
アンが小さく注意するが、その口調はどこか優しげだった。
そこへ、スティーブンが穏やかに口を開く。
「コトリ様、二人のことは『エマ』『アン』とお呼びください」
「エマさん、アンさん……? よろしくおねがいします」
わたしが小さく呟くと、エマは感激したように目を輝かせる。
「えへへ。コトリ様にお名前を呼んでいただけるなんて、なんて光栄なんでしょう! あぁっ、でも……コトリ様っ! ぜひ、エマとお呼びくださいな。そしてアンのことは、アンと呼んであげてくださいませ!」
「エマ……落ち着いて」
アンがやんわりと促すが、その顔には微笑が浮かんでいた。短いやり取りからも、本当に仲の良い姉妹なのだと伺える。
スティーブンがそんな二人の背中にぽんと手を当てて、早速そばに行くよう促した。
「さあ、エマ、アン。コトリ様が快適に過ごせるように、尽力するのですよ」
「はい、執事長!」
エマとアンはすぐに反応し、わたしのそばに来てダイニングテーブルを見渡す。
「コトリ様、その愛らしい小さな手に普通のシルバーは持ちにくいのではありませんか? お子様用のものをご用意した方がよろしいでしょうか?」
「ん……それから……小さくなられたルミエル様には、止まり木があった方がいいと、思います……。 いかがでしょうか……?」
わたしは二人の提案を素直に受け入れ、こくこくと頷いた。
エマとアンがぱっと振り返り、すぐにスティーブンに視線を送る。
「それでは、後ほど手配いたしましょう」
スティーブンが頷くと、エマはすぐにナフキンを手に取り、コトリの口元をそっと拭った。
「コトリ様、口元にジャムがついております」
その手つきは優雅でありながらも、どこか親しみを感じさせた。
「あっ……ありがとう、エマ」
「えへへ、当然のことをしたまでですよ!」
恥ずかしそうにわたしがお礼を言うと、エマはとびっきりの笑顔を向けてくれた。
アンが静かに歩み寄り、温めたミルクが入った小さなカップを差し出す。
「コトリ様……ミルクをお持ちしました」
「アン、ありがとです……」
コトリが両手でカップを持ちそっと口をつけると、ミルクはほんのり温かくて、やさしい甘さが広がった。
「あったかい、おいしい……」
ぽつりと呟くと、エマとアンが顔を見合わせてはにかんだ。
「お気に召して何よりですよ!」
「お口に合いましたようで……何よりでございます」
エマは快活に、アンは静かに。
そんな二人の声が響く中、兄様がふくれっ面をしていた。
「ずるいぞ、お前たちばかり……! コトリにあーんしていたのは僕だったのに!?」
「ルシアン様、そんなことおっしゃらずに。私たちもコトリ様が可愛くて仕方ないんですよ!」
エマがくすくす笑いながら、屈託なく言う。
「ルシアン様は……きっと誰よりもコトリ様を大切に思っていらっしゃいますでしょう?」
アンの静かな問いかけに、ルシアンは目を逸らしながら咳払いをした。
それから、「まあ、当然だ」とぼそりと呟きながら椅子に腰かけ、美しい所作で銀食器を手に取った。
そんなやりとりに、わたしは思わず笑った。
エマとアンの対照的なやりとりも、兄様の少し不器用な優しさも、なんだかあったかくてくすぐったい。
——ここは、とてもやさしい場所だ。
「コトリ様が食べ終わったら、髪も結って差し上げましょうよ!」
「ええ……それに、お嬢様らしいお召し物も……」
二人が目を輝かせる。
エマとアンの快活さと落ち着きが、部屋の雰囲気を一層和ませて、賑やかであたたかい朝食の時間はゆっくりと流れていった。
(誰かと一緒にごはんを食べるのは、久しぶりで、とてもうれしくて……しあわせ)
わたしはふわりと心が温かくなるのを感じながら、あたたかいミルクを飲み干した。