聖女様でお嬢様?
食堂の前に着くと、扉が静かに開かれた。
中に足を踏み入れると、気の温もりを感じは温かみのある空間が広がっていて、どこか落ち着く雰囲気に包まれる。
けれど、テーブルクロスに施された繊細な刺繍や、丁寧に磨き上げられた銀食器の輝きが、ここがただの家庭の食卓ではないことを教えてくれた。
「お待ちしておりました、聖女様」
食堂の奥、テーブルの脇に立つ壮年の男性が恭しく一礼した。
「改めまして、ご挨拶をさせていただきます。私は、オラクリス家の執事長を務めておりますスティーブン・スチュアートと申します。」
ロマンスグレーの髪をきっちりと整えた、切れ長の瞳が印象的な人物。オラクリス家の執事長——スティーブン・スチュアートだ。
「スティーブン、この子は今日からわが家の子となる。コトリだ。私たちの大切な子として、また、聖女様として、しっかり支えてやってほしい」
「ああ……それはそれは。旦那様、本当に喜ばしいことですね。何とありがたい幸せなことでしょう」
スティーブンはヴァイオレットの瞳をうるうるさせて、ほっと心が暖かくなるような笑顔を見せた。
「それではコトリ様。聖女様として、そしてお嬢様としてお仕えさせていただきますので、どうぞ何なりとお申し付けくださいませ」
「よろしくおねがいします。すちーぶん……さん?」
わたしが名前を呼ぶと、スティーブンはわずかに微笑みを浮かべて首を横に振った。
「『さん』は不要でございます。スティーブン、とお気軽にお呼びください」
「……すちーぶん」
少し照れながら呼び捨てにすると、スティーブンは満足げに頷いた。
「大変よくできました」
まるで孫を見守るようなやさしい眼差しに、思わず頬が緩む。
それにしても、こんな格式ある家の執事さんが、わたしのお世話をしてくれるなんて。
(異世界って……夢みたいなことがいっぱい起きるんだ……!)
昔から、執事やメイドが登場するお話を読むのが好きだった。正直、憧れもあったのだと思う。
だって、前世で裕福な家庭ではなかったわたしにとって、それは自分には関係の無いことで、物語の中にだけ存在するのだと思っていたから。
(それがまさか、わたしがお嬢様扱いされるなんて……!)
心がふわふわと浮き立つような気持ちで、思わず胸が高鳴る。
そんなやり取りの最中、ふわりと香ばしい香りが鼻をくすぐった。
テーブルの上には、すでにいくつかの料理が並べられている。こんがり焼き上げられたパン、色とりどりのフルーツ、甘いジャム——そして、その中には見慣れたアレがあった。
(……やっぱり! これって)
わたしは思わず、目を丸くする。
「ルミエル様のために、黄金色のもち種をご用意いたしました」
スティーブンがそっと手を差し伸べる。
その先にあるのは、太陽の光を受けて輝く、たわわに実った粟穂らしきもの。どこか懐かしさを感じるその姿に、わたしは小さく声を漏らした。
「……もしかして、粟穂?」
「ええ。たしか……そのような別名もあったかと思います。」
驚きとともに、そっと手を伸ばし、粟穂を手に取った。
すると、ルミエルが小さく鳴き、わたしの手元の粟穂をやさしく啄んだ。
その様子に、胸がじんわりと温かくなる。
(こうして見ると、ますますぴーちゃんみたい……)
わたしが小さな感動を抱えながらにこにこしていると、母様がやさしく微笑んで椅子に座らせてくれた。
「さぁて、コトリちゃんは何が食べられるかしら?」
母様の問いかけに、わたしはきょろきょろとテーブルを見渡しながら考える。
「だいたい五歳くらいに見えるけれど……ひとりで食べられるかしら? パンはちぎって渡した方がいいわよね? 牛乳は温かくしたら飲めるかしら?」
そんなことを言いながら、そっとナフキンを首にかけてくれる。
「ええと……あそこの……スコーン? たべたいです」
わたしが指差したのは、こんがりと焼き上げられたスコーン。
そのそばには、宝石のように鮮やかなジャムが並んでいる。
「あかいじゃむ……」
「ふふ、気に入ったのかな?」
すると、隣にいた兄様がすぐにスコーンを手に取り、たっぷりと赤いジャムを塗って——
「はい、あーん」
「……っ!」
突然のことに戸惑いながらも、兄様の差し出したスコーンをぱくりと食べる。
「いちごのじゃむ! おいしい……!」
「よかった! たーんとお食べ、コトリ」
気づけば、兄様が隣にぴったりと座っている。
わたしが一口食べるたびに、まるで自分が味わっているかのように感嘆の息を漏らしていた。
そんな兄様の様子に、父様はくすりと笑いながら口を開いた。
「スティーブン、コトリのそば付きのメイドはどうしようか」
「そうですね。コトリ様には、エマとアンをおそば付きのメイドとしてお仕えさせます。彼女たちならきっと楽しい遊び相手にもなってくれるはずです」
「えっ……?」
わたしが驚いていると、スティーブンが手を叩く。
扉の向こうに軽やかな足音が聞こえてきた。
(かっこいい執事長さんが出てくるだけじゃなくて、そば付きのメイドさんまで……!)
思わぬ展開に胸が高鳴る。
わたしの新しい生活が、今、たしかに始まろうとしていた。
ここまで読んでくださり
本当に……本当にありがとうございます!
いずれルミエルには
豆苗とかミカンとかオーツ麦とか
いろいろなおいしいものをあげたいです ♡
もちろん、コトリちゃんにも!
鳥好きのひよっこ作者が書いていく
もふもふ世界を
これからもよろしくお願いいたします。
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ちょこっと誤字を発見して修正しました( ˊᵕˋ ;)