小鳥とコトリ
食堂へ向かう前、ルミエルがふわりと頭を下げて言った。
「少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
ルミエルの透き通った声が、礼拝堂の中によく響く。
「礼拝堂の外へ出るにあたり……小さな姿になりますね」
「ええ、もちろんですわ。ルミエル様」
母様はすぐに跪いて、祈るように胸の前でそっと手を組んだ。しなやかな指がゆっくりと折りたたまれるのを、わたしはじっと見つめていた。
兄様も同様に跪き、手組んでこうべを垂れる。
父様は両膝を床につけて膝の上にわたしを座らせてから、その無骨な手を静かに組んだ。
(あぁ……こちらの世界でも、こんな感じなんだ)
それが宗教的な意味合いのある動作だとわかって、この世界の人が聖鳥ルミエルを尊ぶ気持ちが理解できた。
わたしもそれを真似をしてみる。
「えらいわね、コトリちゃん」
「何も言われなくても祈りの翼を折りたためるなんて、賢い子だ」
すると、すかさず小声で二人が褒めてくれる。
(祈りの……翼)
わたしは手を組みながら、ぼんやりと前世の記憶を辿っていた。
小さい頃、お母さんが影絵で鳩を作ってくれた懐かしい日を振り返る。寝る前のゆったりとした時間の、淡い思い出。
(手は、翼なんだ……)
やさしい記憶とこの世界の美しい価値観が混ざりあって、心が凪ぐ。
ルミエルはゆっくりと礼拝堂の中央へと進み出る。
そこには、ステンドグラスから差し込む七色の光が降り注ぎ、床に淡い光の模様を映し出していた。
「それでは……」
ルミエルの大きな翼がのびやかに広がった。
次の瞬間、羽の先から金色の光が舞い上がり、空気に溶けるように消えていく。
静かな羽音とともに、ルミエルの体がやわらかな光に包まれた。
光の粒が舞い散り、羽が透き通るような輝きを放つ。その黄金色の輝きが一度収縮し、そして――
ぽふっ。
ルミエルは、小さな姿へと変化した。
「……!?」
わたしは驚きのあまり目を瞬かせる。
そこにいたのは、ふわふわとした黄色い羽毛に包まれた、かわいらしいセキセイインコ姿のルミエルだった。
ジャンボセキセイインコより一回り二回りも大きいけれど、小さくなったその姿は神々しさを保っている。
けれども、先ほどの大きな姿よりも、その印象はずいぶん親しみやすいものになっていた。
父様と母様は、目を見開いたまま、しばし声を失っていた。
「これが……言い伝えにある姿……」
母様がそっと胸元に手を当て、驚きと感嘆の入り混じった表情を浮かべる。
「まさか、本当にこの目で拝見できるとは……」
父様も息を詰まらせるように呟く。
父様の表情から、ほんのわずかな動揺と神聖なものへの畏敬の念が感じられた。
「ふふ、驚かせてしまいましたか? オラクリス家の現当主には初めてお見せしましたね」
兄様も、神秘を目の当たりにして言葉を失っているようだ。
小さくなっても、ルミエルの中性的な澄んだ声はそのままだった。
でも、セキセイインコの体にこの落ち着いた声が乗っているのが、なんだか不思議な感じがする。
「ルー……ちいちゃい?」
ぽつりと呟くと、ルミエルはくすりと笑いながらトテトテこちらに歩み寄ってきた。
「これなら、いつでもコトリのそばについていけますね」
「ついてきてくるの?」
「もちろんです。神の言葉を伝えることと、聖女様のおそばにいることが私のお役目ですから」
わたしはやっぱり……どこかでルミエルにぴーちゃんを重ねてしまっているのだろう。
あの時感じた、指先から命が溢れていく感覚。
(もう、失いたくない……)
そんな気持ちで言葉を連ねる。
「ルー、ずっといっしょ?」
「ええ、当たり前です」
それを聞いた瞬間――
むぎゅっ。
わたしは小さくなったルミエルを思わず抱きしめた。
まあるくて、ふわふわで、あったかくて、やわらかい。
ずっとずっと……離したくない温もりが、そこにあった。
「ルー、ぬくぬくする……」
「ふふ、コトリの手も温かいですね」
そのとき――
ぐぅぅ……。
わたしのお腹が鳴った。
「……っ」
わたしの顔がみるみる赤くなり、恥ずかしさでいっぱいになる。
それを隠すように、ルミエルをぎゅっと抱きしめたまま顔を伏せた。
「コトリちゃん、大丈夫よ。すぐにごはんにしましょうね」
母様がにっこりと微笑んで、髪をぽんぽんと撫でてくれる。
「お着替えもさせてあげたいけれど、まずはお腹いっぱいにならなくっちゃね」
そのとき、腕の中のルミエルがふるふると羽を震わせ、小さく鳴いた。
(ん……? 神聖な存在だけど、ルミエルもごはんを食べるのかな?)
セキセイインコは社会性のある生き物だから、周りが食事をしていたら……きっといっしょに食事をとりたくなるはず。
聖鳥であるルミエルがこれに当てはまるかわからないけれど、もしかしたらーー
「ルーもごはん! いっしょにたべる?」
「コトリ、気遣ってくれてありがとう。カイオス、そうさせてもらえるかな?」
「承知しました。それでは、ルミエル様には黄金色のもち種をご用意いたしますね。」
(黄金色のもち種? もしかして、粟穂のことかな……?)
初めて聞く単語だけれど、なんとなく小鳥が好きそうな食べ物だとわかった。だって、モチ麦とか、シード系のおやつとか、ぴーちゃんがよく食べてたから。
それに、ルミエルがうれしそうにお腹の羽を膨らませているのが、何よりの証拠だ。
わたしはふっくらもこもこしたルミエルを抱えたまま、もう一度父様に抱っこされて食堂に向かうことになった。
「父様っ! やっぱり僕にもかわいいコトリを抱っこさせてもらえませんか? 一瞬だけでも……!」
また、兄様が隣で悔しそうにしている。シスコン全開の兄様を、母様がよしよしと宥めているのがなんだか面白いと思えてきた。
そんな微笑ましいやりとりの中、わたしたちは食堂へと向かった。
ここまで読んでくださり
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小説を書くことの難しさを
日々実感しています( ;꒳; )
そんな気持ちだからこそ
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