オラクリス家
ルミエルの大きな呼び鳴きが静まると、わたしはふと足音に気づいた。
誰かがこちらに向かって歩いてくる。
足音に意識を向けることで、わたしはようやく周囲の光景を捉えることができた。
ここは……室内?
今まで、ルミエルの存在に圧倒されていたけれど、よく見ると白を基調とした礼拝堂のような場所だった。
荘厳でありながら、どこか温かみのある空間。
大きな窓がいくつも並び、そこから陽光がたっぷりと差し込んでいる。
窓の外には、青々とした木々が揺れていた。
小鳥のさえずりも聞こえてくる。
ここは自然豊かな場所なのだと、すぐにわかった。
そして、ルミエルの後ろ、礼拝堂の中央奥。
そこには、淡い色彩のステンドグラスがそびえ立っていた。
描かれているのは――ルミエル。
(ルーだ……)
神聖な雰囲気をまとうその姿に、わたしは改めて目の前のルミエルの存在の大きさを感じた。
ふと、視線を落とす。
わたしとルミエルは、藁で編まれた大きな巣の上にいた。
ふかふかで、心地よい。
それに、ほのかに甘い香りがする。
(ルーの寝床、なのかな……)
そんな風に周りの様子を確認していると、入り口の扉が静かに開いた。
「聖女様……!」
やさしくも威厳のある声が響いた。
ゆっくりと入ってきたのは、長身で端正な顔立ちをした男性と、柔らかな雰囲気をまとった女性だった。
わたしは一瞬で、二人に目を奪われてしまった。
だって、そこにいる男性は艶やかなダークブロンドの髪がとても輝いていて……あぁ、なんて美しいんだろう。それに、そのやさしそうな目元。ヘーゼルの瞳が、穏やかに細められている。
女性はウェーブのかかったアイスシルバーの髪を、なんとも優雅に結い上げていた。きっと誰もが、艶やかなそれに触れてみたくなるに違いない。こちらを見つめるアクアマリンの瞳には感動の光が宿っていて、見つめ返したら吸い込まれてしまいそうだ。
(……すごい。おとぎ話の王様とお妃様みたい……!)
美しさにキャパオーバーする日が来るなんて……異世界恐るべし。
「……なんて、素晴らしい日なんだ……」
「本当に、伝説が……ついに現実になったのですね……!」
こちらに歩み寄りながらそう口にした彼らの声は、震えていた。
それもそのはず――
「私たちは、この日をずっとお待ちしておりました」
男性が真剣な顔になり、そっと膝をついて恭しく頭を下げた。女性も優雅に膝をつき、そっと胸に手を当てる。
「聖なる卵がルミエル様の元に現れた日から……聖女様がお生まれになるその時を夢見て、ルミエル様とともにお仕えしてまいりました」
「そうだな。卵の向きを変えたり、温度を保つために細心の注意を払ったり……」
「あなたもいっしょに、絵本を読んだり歌を歌ったり……しましたね」
そう言って顔を上げた彼女の瞳には、うっすらと涙が滲んでいる。
わたしは少し戸惑いながらも、二人の温かな想いを感じ取った。
「……あの」
声をかけると、二人はやさしく微笑む。
「えっと……。わたし、"聖女様"って呼ばれるの、なんだかこしょばゆいです……」
正直に伝えると、男性は少し驚いたようだった。
「では……どうお呼びすればよろしいでしょうか?」
「それは、名前で……」
すると、女性が表情を緩めた。
「それでは、聖女様のお名前をお聞かせくださいますか?」
わたしは少しだけ口ごもる。
(あれ……なんだか、舌が回りづらい……)
「……コトリ、でしゅ」
はっ。
(い、今わたし……)
やっぱり舌っ足らず……!
恥ずかしさで顔が熱くなる。
そんなわたしを見て、ルミエルがクスクスと楽しげに笑った。
「大丈夫だよ、コトリ。この二人はね……まるで我が子のように、たくさんの愛情を注いでいたのだから」
すかさずフォローするルミエルの言葉に、二人はゆっくりと頷いた。
「コトリ様……素敵なお名前ですね」
「なんて愛らしい響きなんでしょう……」
二人の言葉の端々から愛情をたっぷり感じとったわたしは、あっという間に気持ちがほぐれていった。
そして、少し考えた後、そっと二人を見上げる。
「あの、あなたたちの、お名前を……」
「ああっ……! 大変失礼いたしました。はじめまして、コトリ様。我々はオラクリス家の者でございます。」
そう言って、彼は名乗る。
「私はカイオス・オラクリス。そしてこちらは、私の妻、エヴァリエルです。」
「コトリ様、初めてお目にかかります。エヴァリエルと申します。私たちは、コトリ様を心からお迎えいたしますわ。」
わたしは、小さく頷いた。
けれど。
(……様?)
違和感が頭をよぎって、小さく首を振った。
「……さま、いらないです。」
その言葉に、二人は一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔を向けてくれた。
「では……コトリ。どのような呼び名であっても、聖女様として大切にお守りいたします。」
そう言ってから、カイオスが少しだけ迷うような表情を見せた気がした。
(あれ? もしかして、何か変なことを言ってしまったのかな……)
心配そうに様子を窺っていると、カイオスが意を決したような面持ちで口を開いた。
「コトリ、ここから先は私たちの我儘です。もしも……お許しいただけるのであれば、家族として、大切な娘として、オラクリス家にお迎えしてもよろしいでしょうか?」
予想外の提案に、わたしは驚いてしまった。
けれども、こみ上げてくるぽかぽかした気持ち。
わたしはこの世界で生きていくためにも、これまでのわたしを育て直すためにも、素直にこの二人を頼っていいのかもしれない……と思えた。
「……難しい言葉もだいじょーぶ。これから、よろしくお願いいたしましゅ。」
わたしがそう言うと、エヴァリエルはそっと涙を零した。
すると、カイオスがエヴァリアルの肩を抱いて、やさしく言葉を続けた。
「それでは……コトリ。もしよければ、私たちのことを父様、母様と呼んでくれませんか?」
エヴァリエルも微笑む。
「もちろん、強制ではありません。コトリちゃんが呼びやすいようにしてくれたら、それが一番よ」
わたしの手をそっと握ったエヴァリエルから、懐かしい温もりを感じた。
家族のように……。
「……とうさま、かあさま……?」
口に出してみると、二人はとても幸せそうに微笑んだ。
「ありがとう、コトリちゃん。」
その時。
「父様! 母様っ!」
勢いよく駆け込んでくる足音。
次の瞬間、わたしの視界に飛び込んできたのは、麗しい少年だった。
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