生まれる瞬間
静寂と闇の中で—―
まるで深い眠りから覚めるように、ふわりと意識が浮かび上がり、やがてわたしは自分の存在を認識した。
身体は小さく丸まっていて、どこか安心感に包まれている。
だが、すぐに違和感が胸の中に広がった。
(ここは……どこ?)
――コツン。
周囲を探ろうとしても、動ける範囲が限られているみたい。
手足を伸ばそうとするけれど、何かに阻まれる。硬く、それでいて自分を守るような……。
わたしはそれに触れ、そっとなでてみることにした。
その瞬間、鮮明に蘇る記憶。
――落ちる。
バランスを崩し、体が宙に投げ出される感覚が一気に押し寄せてきた。
視界がぐるりと回転し、重力が容赦なくわたしを引きずり込んでいく。
心臓が跳ね上がり、冷たい恐怖が背筋を駆け上がった。
そして――衝撃。
……のはずだった。よね?
あれ? でも、なぜかどこも痛くない。
あるのは、ぬくもりに包まれているような奇妙な心地よさ。
(でも、どうして……?)
ぼんやりとした疑問が浮かんできた。
ここは一体どこなのだろうか。もしかして、わたしはまだ生きているってこと?
いや……違う。
わたしは、もう――
わたしは死んでいてもおかしくない状況だった、はず。
だとすれば、ここは死後の世界かもしれない……。
もしくは脳死してしまったとか?
それか、単純に意識がない、状態なの……かな?
そんな風に思考を巡らせていく中で、だんだんと意識がはっきりしてくる。
すると、周囲を覆う何かの存在を強く感じるようになった。
指先に硬く、なめらかな感触がはっきりと伝わる。
まるで……卵の、殻?
(え……?)
なぜわたしは卵の中にいるの? そんなことが本当にあり得るの?
そもそも、わたしは死んでいるのではなくて?
考えれば考えるほど、頭がぐるぐると混乱していく。
わたしは何かを確かめるように、硬いそれに少しだけ力を込める。
すると、押し返すような弾力を感じた。わずかにしなるが、すぐに元の形に戻る。
さらに指先を滑らせると、つるりとした表面の感触――けれど、どこか薄く、もろいような感覚もあった。
(でも……たしかに、これは卵の殻だ)
そう思った瞬間、それは確信に変わる。
簡単には信じられないけれど、わたしは……何かの卵の中にいるようだ。
徐々にそれを理解し始める。
だけど、この状況が何を意味するのかは全然わからない。
驚きがゆっくりと広がっていく。
まさか自分が、卵の中にいるという現実。
だけど、それ以上に心を揺さぶるのは、この場所がどこか懐かしく、温かく感じることだった。
安堵と共に、このままここにいてもいいのではないかという考えがよぎる。
卵の外がどうなっているのか全くわからない今、外に出るのはとても怖い。
ここならば、安全で、誰かに傷つけられることもなさそうだ。
でも——―
(……ダメだ)
これだけはわかる。
わたしは、このままではいけないんだ。
この殻を破らなければ、何も変わらない。
これまでのわたしはずっと、自分一人で抱え込んできた。
誰にも頼らず、弱さを見せず、ただ耐えることを選んだ。
でも、その結果はどうだった?
わたしは、本当に自由だったの?
(もう一度、生きるチャンスがあるのなら—―)
わたしはゆっくりと手を伸ばし、前へと押し出す。
――バキッ。
殻がわずかにひび割れる。
わたしを縛っていたもの。過去のしがらみ。自分を閉じ込めていた考え。
全部、打ち破る。
そして、もう一度、力を込める。
――パリッ。
暗闇に光が差し込む。
ぐっと指先に力を込めた。
だが、殻は頑丈で、びくともしない。
(助けを求めてもいい……そう思えていたら、きっと—―)
「誰かっ!」
助けを口にしたその瞬間—―パキリ、と微かな音が響いた。
小さなひび割れが広がり、やわらかな風が吹き込んでくる。
心が震えた。何かが変わる、そんな予感。
(わたしは、生まれるんだ、もう一度)
最後の力を振り絞り、殻を突き破る。
――パリンッ。
砕け散った殻は宙に舞い、まるで光の粒となって弾け飛ぶ。
その瞬間、一瞬だけわたしの背に白い翼が広がったように見えた。
まばゆい輝きの中、わたしは――殻を破り、新たな世界へ――。
――生まれた。
淡い金色の光がふわりと舞い、羽毛の感触が頬をくすぐる。
遠くで誰かが優しく歌っているような錯覚。
風が祝福するかのように吹き抜け、わたしは、新しい世界の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「……?」
目の前に、何かがいる。
眩しくてぼんやりとした視界の中で、わたしはゆっくりと視線を巡らせた。
大きな、あまりにも大きな影。
柔らかな羽毛に覆われた、神秘的な存在。
光を背に受け、輝きを纏うその姿は――
それは、とても巨大な黄色いセキセイインコ?
「えっ……?」
ぽかんと見上げるわたしを、その鳥はまるで見守るように、静かに見つめていた――。
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