再会
誓断輪廻 転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
魔熊の痕跡発見から数週間が経った。 あれから色々俺も考えるようにしたが、いい案は思い浮かんでいない。 ソラが大きくなり、冬が明ける頃にこの洞穴を出発するとして、どこを目指すか決まっていないのであれば安易に動けない。 それならばマットの言う通り、魔熊の動きを注視し、その動きに合わせてこちらも対応を変える方がいいのではないのか? いや、でももし魔熊が進む方向がこちらだったらどうする? 冬が明けて魔熊が活発化し、生態系が荒れ始めてから逃げる準備をするのでは行動が遅くないか? いろんなことを考えても考えが固まらないのは、やはり指針が決まっていないからなのだろう。 魔熊が去るのを祈るか、それとも一か八か森を進み始めるか。
どうすればいいのだろうか…考えれば考えるだけわからなくなる。
こういう大事な時に必要なのが、経験値というやつなのだろう。 今まで俺は大事な決断をする時、いつも波風立たない逃げの選択ばかりしてきた。
今も俺の頭の中に思い浮かぶのは、全てマットたちに決断を委ねて、俺はもう考えるのをやめてしまう方がいいのではないか?という逃げの発想だ。 今までだったらそうしたかもしれないが、今はその選択をしたくないと思っている。
なぜなら俺は、恥ずかしい話だが…マットのような男になりたいと思い始めているからだ。
おかしな話だ。俺が前の世界で死んだのが二十歳の時。 こっちに転生してからもうすぐ五年が経とうとしている。つまり二十五年分の経験値があるはずなのに、それに対してマットの年齢は現在十五歳だ。犬の獣人は人間の倍、早く歳を取るから人間で言えば三十歳。 体は三十歳だが、生きてきた時間は俺よりも短い。俺の方が長く生きているはずなのに、自分より生きてる時間が短い男に憧れてしまっている。
世間からしたら恥ずかしいことなのだろう。多分笑われると思う。 だけど…それでも…たとえ笑われたとしても…ああいう男になりたいと思ってしまった。
周りに頼られていて、そのプレッシャーから逃げようとしない毅然とした姿。前の世界で父がいなかった反動もあるかもしれない。 身近に深い関わりがあった男性は前の世界ではじいちゃんだけだった。 だから俺の中の男性像はどんどんマットに固定化されていってる。
もし俺が、今までのネガティブで逃げ腰な俺から脱却できるのであれば、今からマットのことを模範して、冷静に物事を考え…「アウうううううう」 冷静に考「ハムっハムっ!ううううう」
シアン「マコト?そろそろ頭噛むのやめて?」 マコト「うううう!…………ペロペロ」 シアン「耳舐めないで?」
相変わらず人の至る所を齧るのが好きだな、このワンコは… 本当は少し痛いから引き剥がしたいのだが、子犬に甘噛みされても『痛い』などの大きなリアクションをすると、子犬は遊んでもらっていると勘違いし、噛む行為が逆に増えたりすることもあるらしい。 いや、マコトは子犬っぽいだけで子犬ではないからそんなことをしなくていいのだが…まあ、俺はついさっきマットのような冷静で毅然とした男を目指すと決めたんだ。 ちょっと痛いくらいで騒いだりしていたら、冷静も毅然もありはしない。我慢、我慢…
その子犬とのコミュニケーションがあっていたのか、それとも単に飽きただけなのか、マコトは俺の背中から降り、ヒの字のような格好で横になり寝始めた。
なんなんだこの子は本当に…本当に行動が犬っぽい… シュウも犬っぽいところあるけど…マコトは少し度を越して犬みたいな行動が多い。
マコト、ごめんね。今は構ってあげれない理由がもう一つあるんだ。 それが… ソラ「zzz…」 俺の腕の中で眠る妹がいるから。
自分でも体感はしていたが、妹の成長速度を客観視して、犬の獣人の成長速度の早さを実感する。 この間まで俺の指一本分しか握れなかったソラの小さな手は、もう俺の指を二本も握っている。うっすらとしか生えていなかった髪の毛ももうすっかりふさふさに生えそろい、この間まで赤ちゃんだった見た目は小さなカーネみたいでさらに可愛らしくなった。
この悪環境の中でも立派に育っていく妹を見て嬉しく思うが、できることならもっとまともな環境に早く移してあげたい。 魔熊や食料の心配なんてしなくて済むような安住の地に…
ここでまた話が振り出しに戻る。この洞穴から移住したい。だけど目標もないし、危険も多いからそう簡単には決めることができない。 俺に何か特別な力があればみんなを導くこともできるのかもしれないが、今の俺はただの子供。何もできないからもどかしい。
今の俺ができるのはせいぜいソラの子守りくらい?
ちょっと待て…なんだこの音は?洞穴とは逆の方向から ベキベキと木が折れるような音…?それにドシドシという足音も聞こえる…歩調からしておそらく四足…?ここら辺に生息している魔獣とはちょっとちがう… まさか魔熊がもうすぐそこに来てるなんてことはないよな…? まずい…とにかくマコトを起こして洞穴に帰らなき 「ここ、どこやねーーーーん!!!」
シアン「……え?」
木々の間から現れたのは魔熊ではなく。 あの夜に見た巨大な馬、そしてその巨馬の背中にはあの男がいた。
なぜこの人は森から現れるのだろうか?森の住人?なんてことはないだろうけど、とにかく登場に驚かされる。
リオン「お〜!君は!名前なんやったけ?僕と名前似てんねん確か…シオンくん?」 シアン「シ、シアンです…」 リオン「ああ!そうやったね!すまんすまん」
人の名前をニアピンで間違えたのがおかしかったのか、あははと笑っている。 楽しそうに笑うその笑顔は、一見爽やかに見えるのだが、その隙間から見える瞳のせいでとても違和感を感じる。
この人、こんな赤い《・》瞳をしていたっけ…?
あの夜、この人の顔をしっかり凝視したわけではない。もしかしたら月明かりの逆光のせいで、見過ごしたのかもしれない。だけどこんな真紅の瞳を忘れるとは思えない。浮世離れしてるとは思った、だけど今目の前にいるこの人はちょっと神秘じみている。本当にあの夜出会った人なのだろうか…
リオン「てか、おっきくなるのはやない?こないだなんて白髪のお母さんと仲良くお手手繋いどったのに、今は逆に白髪の小さい子供抱っこしとるやん。それ自分の子?その歳でもうパパなん?キミ」
ちょ、ちょっと待ってくれ!話すのが早すぎて…返事する暇がない…
リオン「うわぁ怖いわ〜犬の獣人ってそんな早くから子供こさえるんやな。僕もエッチは大好きやけどその歳でパパは嫌やわ。相手いくつくらい?もしかしてお手手繋いでた人が恋人とかちゃうやろ?」
シアン「そ、そんなわけないです!あの人は俺のお母さんで、この娘は妹!」 あんまり好き勝手言わせてたら、俺のイメージがどんどんおかしくなっていく…!
リオン「冗談や冗談〜そういう時はなんでやねん!!って返さなあかんで?そないなことよりも!キミとは一度話しときたかたんや〜」
さ、さっきのが冗談?冗談であんな卑猥なこと言うのか?だ、だめだこの人。 この人と話してたら多分ずっとペースを乱される気がする。 それになんで俺のことを覚えてるんだ?俺なんてあの日の夜の生き残りの一人に過ぎないのに…
シアン「な、なんですか…?」 リオン「子供にしては僕のことじーっと観察するような目で見てくるから、何やねんこの子?いくらイケメンだからって僕はそっちの気はないで〜あ、僕がカッコ良過ぎて憧れてもうてるのかな?それならしゃ〜ないわって一瞬思てたんやけど…シアンくんって、もしかしなくても転生者やろ?」
血の気が引いた。 ペースを乱すなんてもんじゃない。この人いきなりそんな爆弾投げてくるのか? もしかしたらこの男も転生者なんじゃないか?とも疑った時もあった。 だけどあの夜、この男は平然と人を殺していたから違うと確信していた。 女神が説明したルールの一つ、『人を殺してはいけない』というのがあったからだ。 そんな掟破りなことをする人がいるなんて予測していなかった。
この世界がどれだけ広いのかわからない。 この大森林の中にいるし、他の問題が多いことから、転生者のことなんて完全に頭の中から消えていたのに、今こんな森の中で転生者と会うなんて… いや、この人とはすでに会っていたのか… どうするべきなんだ?戦う?それとも逃げる?俺の腕の中にはソラが、そして近くにはマコトが寝ている…なんて間の悪い…最悪だ…
リオン「プフ…フフ…あ〜はっは〜!キミもしかして駆け引きとか苦手なタイプやな?」 シアン「…え?」 駆け引き?今そんな余裕ことをしている余裕なんてない。この二人だけでも無事に洞穴に帰れるように考えなきゃいけないのに、男は俺の焦りとは裏腹におもろ〜と言いながら腹を抱えて大笑いしている。
リオン「いや、だってな?キミだってキミの担当女神から異世界人生き残りゲームとかいうクソおもんないゲームのルール説明聞いとるやろ?それが頭の中に入っとったら『君、転生者やろ?』なんて聞いてくるやつ頭おかしいやん?
そんなん聞かれても『テンセイシャ?なんやそれ?』ってまずはシラ切っとけばええし、特にキミはまだ子供やん。いくらでも誤魔化し効くのに、それをシラ切るどころか抱っこしてる赤ん坊とそこで寝転んどる子をどうにかせな!ってキョロキョロしちゃって…ふふ、馬鹿正直やな?シアンくん」
シアン「っっっ!?」 なんて考えのない行動をしてしまったんだ… この男の言う通り、そんな安直な質問を投げかけられて動揺している姿を見せれば「自分は転生者です」と自己紹介しているようなもの。 馬鹿正直にも程がある。
リオン「あ〜今度は頭抱えとる。あはは!この子おもろいわ〜!あ、ちなみに僕は異世界人同士の生き残りゲームなんて全く、これっぽちも気ほども興味ないから警戒せんでええよ?」 興味がない?なぜ?というかそんな簡単に出てくる言葉に信用なんてできると思うか?
シアン「………その言葉を信じろと?」 リオン「別に信じんくてもええで?信じる信じひんはそっちの自由やし」
一旦冷静になろう。 この男は自分が転生者だと告白をしてきた。そのメリットはなんだ? いや、本当になんで告白してきた?全くわからないぞ?全く意図はわからないが一つだけわかることがある。それは今俺たちを殺そうと思えば、この人は俺たちのことを簡単に殺せるほどの腕を持っている。それはあの夜に確認している。 腕の中ではまだおとなしくソラが眠っていて…それにマコトだってそこにいる。
何をしたってこの人から逃れる状況ではないのだから、今はこの人の話を信じるしかない。
シアン「…わかりました。あなたが言ったこと、信じます」 リオン「………ふ〜ん…ならよかったわ!」
ここでこの人が嘘を言っているかどうかは大切ではない。 今大切なのはこの人を変に刺激しないこと。
嘘だ嘘だと喚き、この人の機嫌が悪くなればソラとマコトが危ない。 それなら素直に話を聞き、相手に聞き分けのいいただのバカと思われた方がいい。 何かこの男も目的があってこの森に入っているはず… ここは穏便に済ませ、早くここから立ち去ってもらうのを待つのが一番。
だけどどうしても聞きたいことがある。 それだけは聞かなければ気持ちが落ち着かないからだ。
シアン「信じるかわりに一つだけ、聞いてもいいですか?」 リオン「なんや?」 シアン「なんであの夜、俺たち犬の獣人を助けてくれたんですか?」 リオン「気分」
……気分…か…すごく嘘くさい… そんなもので手を貸してくれたんですか?とか、そんなもので追ってきたやつを弓で殺したんですか?とか、もっと崇高な理由があるんじゃないですか?とか色々言葉は出てきたが、今はその質問はやめておこう。 多分、俺ではこの人の本心は聞くことができない。そんなことができるのはこの人と同じくらいマイペースな人物じゃないと…
マコト「誰だお前?臭いな」 リオン「臭ないわ!!」
いつの間にか目覚めていたマコトが、巨馬のすぐそばに立ちリオンの足を嗅いで嫌そうな顔をしていた。




