モブと主役
誓断輪廻 転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
玩狗 転生者、転移者たちの総称
十の牙 デケンティス
この世界でカニスに与えられている10の種族名
ゆっくりと迫ってくる飛龍の口。
鋭利な歯が肉食獣であることを証明している。
口の大きさは俺の顔よりも大きく、噛みつかれたら一瞬で上半身を噛みちぎられる確信がする。
このまま何もしなければ、俺かマコトどちらかが死ぬ。
ならば何かアクションを起こさなければならないのに、頭の中はぐちゃぐちゃで整理がつかず、何も思いつかない。
今までは自分が狙いの的だったからなんとかできた。
だが今はそうもいかない。
ここで自分も転生者であることを告白して、背を向ければいつものように追ってくるだろうか?
……いや、奴の目的はどうやらアンナの眼の力。
なんの能力もない俺が逃げたところで、後で村ごと追い詰められるだけだろう。
転生者の居場所の情報を教えるだけで、最優先事項にはなり得ない。
ならどうすればいい?
どうしたら、今の状況を打破できる?
アンナやあの影のように、俺にも何か隠された力が目覚め、この場を収めることができるのか?
だがそれは藁にも縋るような…バカみたいな希望的観測でしかならない。
プリムス村の時も、魔熊やネズミに追われた時も、そんな能力は発動しなかったし、自分のことを助けてくれなかった。
今、アンナやマコトが危険な状況でそんなわけのわからないものに縋って解決できるわけがない。
そういえば先ほど、あの影に言われた「ただのモブ」というセリフ。
俺はやっぱり前世からそういう宿命なのかもしれない。
物語を大きく動かすような、主役級のキャラではなく。
ただ物語の途中で痛がっているだけのただのモブ。
マットに期待されて、カーネに心配されて…俺はもしかしたら勘違いしていたのかもしれない。
自分も何か役に立てるって。
村の人たちは俺のことを棟梁なんて呼んでくれたけど。
棟梁なんていくらでも代わりを務めるものはいる。
前世で必要のないモブだったから、この世界では必要とされていると、勝手に勘違いし舞い上がっていたんだ。
俺には何もない。何ももらった記憶なんてない。
だが、マコトにはおそらく何かの能力がある。
マコトが転生者かどうかはまだわからないことが多い。
アンナの素性を知っても、特に大きなリアクションはしていなかった。
マコトのことはよく知っているが、ここで知らんぷりするような演技ができるような子ではないのだけはわかる。
だから断定はまだできない。
なぜならリオンの残した呪いを砕いたという事実がある。
ただ少なくとも、今この状況で何もない俺よりも、今後事件が起きた時、解決できる『何か』を持っているのはマコトの方だと思う。
なら今の俺にあるのは…。
……自分に選択肢がないことを悟る。
ここで何も考えずに、ただその運命に身を任せることは、ただの思考放棄だと理解している…。
理解しているが、ここで生き残るためにみっともなく足掻き、マコトに矛先が向くのも…もっと嫌だ。
だからこれはしょうがないこと。
「待って…」
自然と声が出る。
だがその声はまるで自分の声ではないくらい上擦り、震えている。
「殺すなら、俺を殺してくれ」
こんなこと言って、何か解決するわけないとわかりきっている。
でもこうすることしか思いつかない。
今までは、何か解決の糸口があったから、身を投げ出すことができた。
だけど今この状況で解決の一糸たりとも見当たらなくて、どうすればいいのかわからない。
だからこうするしかないんだ。
俺は最初から最後まで…ただのモブのような男として終わるのが…お似合いなんだ。
(本当は見えているんじゃないの?)
…何が?
(見えているのに、見ようとしないだけでしょ?)
何を言っている?
アンナ「シアン!やめて!ねえ!お願い!大人しく言うこと聞くから!無関係なあの二人には手を出さないで!」
マコト「シアン!ダメ!」
「ん〜?どうしよっかな〜?こういう時って〜、『じゃあ、もう逆らうなよ?』って言うのがいいのか。それともちゃ〜んと心へし折った方が言うことを聞くのか。どっちなんだろう〜?」
影は変わらず、ヘラヘラしながら胸糞悪い選択肢を天秤にかけている。
「でもやっぱり定番は抑えておきたいしな〜?だ・か・ら。手間取らせた罰だよ。やっちゃえ〜!バンちゃん!」
飛龍の口が大きく開く。
口の中の熱気、そして龍の口臭を初めて嗅いだ時、何か強烈な違和感を感じる。
シアン(なんだこの匂い…?)
それは今まで嗅いだ記憶がない匂い。
龍の口から感じる腐敗臭まみれの悪臭とは違う。
明らかに場違いな、何か爽やかで…そして甘いような…女性的な匂いがする。
そしてその匂いから遅れて、藪の中から
「そのカニスから、離れなさい!」
と、今まで聞いたこともない声と共に、銀髪の美しい髪をした女性が姿を現した。
誰だかわからない。
今まで一度だってこんな美しい人を見たこともない。
この森にはあまりにも不釣り合いで、まるで輝いているのかと錯覚するくらい高貴な雰囲気を纏っている。
美女は飛龍に向かい剣を振り下ろしたが、飛龍は紙一重で攻撃を交わす。
「あ、あれ…?」
何かおかしなことでもあったのか、その美女は一瞬、面を食らったような顔をしていた。
だがすぐに体勢を整え、飛龍に向かい剣を構える。
俺も、マコトも、アンナも唖然としてしまう。
だが、俺たちの反応とは裏腹に、影の方は…
「は?いやいやいや?ありえないでしょ?は?は?なんでこんな森の奥底にあんたがいるのよ?お姫様…なんでここがピンポイントでわかって来れたの?こんな僻地にお姫様が来れるわけない…それに戦場はどうしたよ?あの皇帝を放置してこっちきたの…?見つける確信でもないとそんな真似できないでしょ?」
動揺を隠せない様子だった。
「カガチだってここを見つけれたのは【あいつ】の力のおかげで……【あいつ】が手を貸さない限り…?【あいつ】まさか裏切りやがったのか?あの状況で?どうなるかわかってやったのか?けど、そうだ。この状況はそれ以外ありえない…!」
【あいつ】というのが誰を表しているのかわからない。
だが、その人物にも何かしらの力があるような口ぶりだったことから、その人物も俺と同様の転生者、もしくは転移者かもしれない。
それにしても、目の前の美女はお姫様と呼ばれていた。
確かにお姫様の風格はある。
美しい銀色の髪。
白磁のような透き通った肌。
長いまつ毛の下にある、サファイアのように輝く青い瞳。
アンナも美女だが、この人物も別格の美女。
だが、どうしてこの美女がこんな森の奥にまでやってきたのか、それがわからない。
お姫様と呼ばれる女性「ようやく見つけたわ。この戦いを終わらせることができる力を持つ、カニス。それをあなたに渡すわけにはいかない。離しなさい。私のことを知っているのなら、あなたたちに勝ち目はないのもわかっているわよね?」
勝ち目がない?
美女がたった一人加勢に加わっただけで、好転するとは思えない状況なのに、なぜそんな確信がある口ぶりで言えるのか?
「ああ!もう!クソクソクソクソ!ふざけんなふざけんな!あたしがやったほうが確実にあの男を蹴落とせるのに!なんでカガチの邪魔するの!?お前らの人道主義じゃ、遠回りなんだよ!!俺にやらせればすぐなのに!」
相当動揺しているのか、影の一人称はバラバラになり、それに鼓動するように影の周りに走るノイズもより一層強くなる。
正直、俺自身展開についていけずに取り残されている気分。
このお姫様が言った「カニスから離れなさい」が指しているのは俺なのか、それともアンナなのかもわからない。
だが、彼女が口で語るよりも、目線で誰を指しているのかがわかった。
お姫様の目線はアンナを向いている。
つまり、この影同様に、この人もアンナの力を求めてこの深い森の中まで訪ねてきたことになる。
お姫様「抵抗は無駄です。あなたがそのカニスを連れて逃げる手立てもすでに潰してあります。抵抗はやめて、その娘を話しなさい」
お嬢様のその降伏勧告に合わせたかのように、木の隙間からゾロゾロと人が集まってくる。
人数からして、人とカニスを合わせて三十人程度。
しかも人だけじゃない。
今まで見たことがない、大きな垂れた耳を持つカニスがちゃんとした装備を整え連れ添っている。
この銀髪のお姫様と呼ばれる人物は一体何者なんだ…?
お姫様はゆっくりと剣の先を影に向け、宣言した。
お姫様「私のことを知っているなら、私の能力も知っているわよね?」
能力…。それはつまり、彼女もまた…。
お姫様「勝利の女神の加護を受けた私からは逃げられない」
転生者ということか…。




