仮面の女の子
マット「おはよう、アンナちゃん」
村を襲われ、リオンという男に助けられ、その代わりにと預けられたのがこの少女。
仮面をつけた謎のカニス。名前はアンナ。
教えてくれたのは名前だけ。
この女の子がどこの種族の子で、どこで生まれ、どんな経験をし、なぜ仮面をつけているのか、何一つわかっていない。
だけど一つだけわかっているのは
アンナ「ッッ!?お、おはよう…ございます…マットさん…カーネさん」
男の人が苦手ということ。
最初は男だけじゃなく、俺たちカニス全員を怖がっていた。
それが今では少し怯えはあるものの、挨拶くらいは返してくれるくらいまでには回復していった。
なぜアンナがここまで怯えているのかはわからない。
だけどあの人は言っていた。
『かわいそうな子やねん』と
何がどうかわいそうなのか具体的に説明はしてくれなかったが、もしアンナもプリムラの村が襲われたあの夜のような経験をしていたら?そう思うと話したくない理由もわかる。
本当はアンナには気になる部分も多い。特に気になるのは顔につけている仮面…
アンナと今まで数ヶ月同じ洞穴で過ごしたが、一度も仮面を外しているところを見たことがない。仮面の形が目の部分を隠すタイプのデザインだから食事などで外さなくてもいいから無理に外す理由がないのはわかるが、寝る時も外したところは見たことがない。
ただ、もし目の辺りに火傷や大きな傷があり、それを隠すために仮面をつけていたら…?人のコンプレックスはどこにあるのかわからない。そこまでして外したくないのであれば詮索はしないようにしている。
これは俺たち家族だけじゃない。生き残った全員でそうしないと決めている。
いつか自分から、何があったか話す日が来ると、期待して。
アンナ「お、おはよう…シアン」
不思議なことに男が苦手なアンナがなぜか俺には普通に話しかけてくれる。
俺と歳が同じくらいとかもあるかもしれないが、もしかしたらアンナから見たら俺は、男として見られてないのかもしれない。
前の世界では誰からも相手にされてこなかったから俺みたいなやつに心を開いてくれているなら、異性として見られていなくても全然いいかなと思っている。
マット「……」
だが…俺と同じ男であるマットは少し凹んでいる。
耳も尻尾もあんなに垂らしちゃって…うん…気持ちはわかる
俺もマットの立場で無意識とはいえ怖がらせてしまっていたら凹んでると思う。
だけどこれはしょうがない。
アンナは俺たちにすごく感謝しているのは伝わっている。
でも怖いものは怖いんだ。感謝してるならそういう態度見せるなと思う人がいるかもしれないが、理性ではなく本能がそうさせているならアンナが悪いわけじゃない。
いつかアンナもマット相手には普通に接する日が来ると思う。
だってマットは俺なんかより優しくて頼りになる男だから。
カーネ「シアンたちはこのあと何かするの?」
シアン「このままお母さんの手伝いでもしてようかなって」
カーネはそろそろ出産しそうだし近くで何か手伝っていたほうがいいだろう!と思っていたのに。
カーネ「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜?」
すごい嫌そう。思ってることがすごく顔に出るなこの人。
カーネ「まだ子供なんだからさ〜〜お外で遊んできなよ〜〜〜〜〜?」
遊ぶっていっても…村の時と違ってこのあたりが安全が保証されているのか不安だし…
マット「今日の見回りでもこの辺りは魔獣の痕跡とかはなかったから遠くに行かなければ大丈夫だよ」
俺の考えてることを読んだのかマットも外で遊ぶのを勧めてくる。
そこまでいうなら洞穴で燻っているよりも外に出てるほうが気分転換にもなるし、
それに会いたい子達もいる。ならそっちの方がいいか…
シアン「それなら外行ってくるね」
アンナ「………」
アンナはどうしようか迷ってる
外に出るのが怖いのか、それとも他に怖いものがあるのか…
口に出さないからわからない。
だが「行こ!」と誘ったり、手を取って連れて行くなんて強引なまねは俺の性格的にできない。だから一度止まってアンナの方を振り向き、どうするか決めるのはアンナに委ねる。
アンナ「……」
アンナは少し考えたあとぽてぽてと俺の後をついてくる。
俺たちは洞穴から外に出て眩しい日差しに面食らっていると、中から
「あなたはこのあと予定ないのよね?♡」とカーネの嬉しそうにマットに話しかけているのが聞こえた
ああ、そういうやつか…どこにいたってカーネはマットが大好きで、早く二人きりになれる時間が欲しかったんだろう。
お邪魔虫な俺たちはさっさと洞穴から退散する。
洞穴の外にあるのはたくさんの木とでかい岩だけ。あとは離れた場所に川があるらしい。それ以外のものは何もない。
学生時代に行事にあった山登りを思い出す。その時に見た、人が通れないような獣道。それをひたすら進んだらこういう場所に迷い込むんだろうなと想像できる。
村での生活は裕福というわけではなかったが人間に近い生活レベルだったが今の生活レベルはまるで野犬になったようだ。
普通に考えれば不幸のどん底だが俺にはまだ家族がいる。仲間がいる。
幸せなあの日々に比べれば地獄に変わりないが虚無だった前の世界よりはマシだと思っている。
そういえばあの人…
突如森から現れて足止めをしてくれたけどなんでなんだろう?
一度アンナにあの人と何があったのかほんの少しだけ聞いてみたが、答えてくれないどころかより怯えがひどくなってしまったので、この話は絶対にしないようにしている。
マットが毛を逆立てて危険視するほどの男だったが、俺の目には浮世離れしてるがそこそこ優しそうな男に見えた…
でもアンナの目にはどう映っていたのかわからない。
ところでなぜ俺とカーネ以外のカニスはみんな、あの人に敵意を剥き出しにしていたんだろう…?
わからない。わからないが一つだけわかったことがある。それはあの人は俺と同じ転生者ではないということ。
それは年齢差とかそういうものではなく、あの男がした行動。
転生する際に説明されたルールの一つ、殺してはだめ。
他の転生者にもこのルールが適用されるのかはわからないが、説明不足でルールもいい加減なこのゲームでそのルールまで共通にしてなかったら、それこそゲームとしての前提条件が破綻してる。
あの人はなんの躊躇もなく、俺たちの村を襲った奴を射殺していた。
人を殺したら地獄行きと言われている異世界転生のルールがある中で、あんな平然とそのルールを破れる人がいるとは…とても思えない。
だからあの男は転生者じゃないと思「シアアアアアアアアアアンンンン」
シアン「ぐへーーーーーーーーーーーー」
アンナ「あ…おはよう…マコト…」
俺の横っ腹に突き刺さる茶色の毛玉。アンナの挨拶も耳に入らないくらいテンションが上がっているこの森にいる小さい怪獣。
シアン「ちょっ!脇を…!噛まないで!」
マコトと呼ばれるカニス「あうううううううううう」
この俺の体の隅々まで甘噛みしてくる子の名前はマコト。
俺たちと同じプリムラの村で育った、シバ一族のカニス。
茶色に少し黒が混ざっている髪の毛、くるんと巻いた尻尾。
種族やその特徴から考察すると、この子はおそらく柴犬のカニス。
今はまだ子供だから耳も完全には立っておらず、ちょっとだけ垂れており髪の毛にも黒が混ざっているが、成長すると綺麗なオレンジの赤柴になるそうだ。
というか…
シアン「いい加減落ち着いてよ!」
とマコトの首根っこを掴んで引き剥がす。
マコトが仕掛けてくるこれは犬がよくやるプロレス、俗にいうワンプロというやつだ。マコトは俺を見つけるとすぐにこれを始める。しかも中々落ち着かない。
マコト「あ、アンナだ!」
かと思えば飽きたのか他のものにすぐ意識が移ったりする。
本当にわんこみたいな子である。
ようやくアンナに気づいたマコトはアンナの首元をクンクン嗅いで挨拶している。
マコトもアンナが気を許してる数少ない仲間だ。
なんで俺とマコトには気を許しているのかはアンナ自信よくわかっていないらしい。
そして…
少し離れたところでこっちを見ている大柄な男の子。
オレンジ色の髪の毛にくるんと巻いた尻尾。
マコトと同じような外見的特徴を持つこの男の子と初めて会った時は、マコトのお兄ちゃんかと思ったが種族を聞いて納得した。
彼の名前はシュウ、アキ一族の子供。
おそらくこの世界での秋田犬に該当するんだろう。
だからマコト特徴が似てる部分がある。
ただ…マコトとシュウの大きさはずいぶん違う…
普通に考えればマコトの柴犬は小型犬、シュウの秋田犬は大型犬。
俺たちはまだ小学生低学年くらいの体型(マコトはもう少し小さい)がシュウはもう小学校高学年くらいはある。体の大きさも種族によって違いが出るんだろうか?
シュウはマコトとは真逆でおとなしいを超えて無口。普段から困り眉で無口だから困ってそうな顔しているのだが、今は本気で困ってる様子。
その理由はおそらくアンナがいるからだろう。
まだ十歳位の男の子が女の子を怖がらせないために一生懸命気を使っている。
なんて優しい子なんだろうとシュウの優しさに感動する。
だけどシュウ。そんな無理して気を使わなくていいんだよ。
俺はシュウに「シュウもこっちおいで?」と呼んであげる。
これはアンナが無意識に怖がってしまうのを荒治療しようというわけではない。
ただアンナは男の人が怖いだけ、トラウマさえなければアンナ本人もシュウとは仲良くなりたいと思ってると少し前に言っていた。
この洞穴にたどり着いた生き残りの子供は俺たち4人だけ。
そんな少ない仲間なのに「アンナが怖がるからあっちに行っててね」なんて酷いことは言えないし、アンナもそんな気遣い望んでいない。
俺が前の世界で一人だった時、こういうことがあった。
一人だと寂しいだろうからと大人たちがよく知らない子と仲良くさせようと近づけたり、やっぱりこの子は一人の方がいいからと距離を取らされたり…
それがとても嫌だった。
人には人それぞれ、適した距離感と距離を詰めるタイミングがあると思う。
俺はアンナとシュウの仲を取り持つ気でシュウを呼んだのではない。
アンナとシュウがどういうふうに仲良くなるかはアンナとシュウが決めればいいと思っているしそれにシュウは本当に大人しくていい子だから俺は大好きだ。
だからアンナと無理に仲良くさせたいのではなく、俺がシュウと遊びたいのだ。
こうやって頭を撫でると目を細めて気持ちようにするところなんてまさしく犬っぽくて可愛い。俺なんかよりも大きいのに心は同じくらいの男の子だ。
今、また俺の首や耳を「がるるる!がるるる!」と言いながら噛み始めた小型の怪獣とは段違いだ。やめろぉ!この柴犬め!
それにしても…なぜアキ一族、シバ一族?
この世界の犬の獣人《カニス》に血統があるのはわかるが
なんで地名が名前の由来になっている秋田犬がこっちの世界にもいるのだろう?
しかも俺が見てきたのは秋田や柴だけじゃない。
プリムラの村には他にもシベリアンハスキーやアラスカンマラミュートもいた。
こっちの世界にも秋田やシベリア、アラスカといった地域があるのだろうか?
一体なぜ…?
俺がこの血統の名前の由来を知るのはこれよりもずっと先のこと…
今年最後の更新になります
来年の更新は1月5日 お昼の12時を予定しております
みなさま良いお年を