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任け犬の遠吠え  作者: ノライヌ
第三章 嘘
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怒り狂う心、乱れ狂う予測

誓断輪廻せいだんりんね 転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』


カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称


玩狗がんぐ 転生者、転移者たちの総称 


全速力で駆ける一つの黒い影。

周辺の地形を熟知しているその影は、小さな白い影たちを置き去りにしている。


天秤にかけられた二つの選択肢。

愛息子の安全の為にそばにいるべきか。

それとも愛する妻と娘がいる村に戻るべきか。

マットはずっと考えていた。


息子であるシアンはもう大人になろうとしている。

だが、まだまだ子供であり、何度も無茶をし怪我する姿を見てきた。

だから村を仲間に任せ、後ろから息子の行動を見守っていた。


だが状況が変わった。

子供達を兵として扱うような奴らに、自分たちの持つ通常の倫理観ではきっと太刀打ちできない。

このまま見過ごせば、恐らくきっと村の仲間たちは同族の子供たちの姿に狼狽し、覚悟もできぬまま最悪の結末を迎えるとマットは危惧した。


息子のシアンがまた無茶をしないかという不安は拭えていない。

だが、シアンが賢く立ち回るという信頼もある。


だからマットは優先順位を変えた。


自分の息子なら、きっと困難を打開できる。

あの時《魔熊》も、あのネズミも乗り越えてきた。

父はそう信じ、息子から離れ、村の入り口、大穴へと辿り着いた。


少年兵たちを追い越したはず。

だが、奴らの伝言はマットの足よりも早かった。


入り口の螺旋道にはすでに侵入者たちの進んだ大量の足跡。

これだけの足跡があっても人間の匂いを察知することができないせいで、マットの焦りはさらに加速する。


穴から下を見れば村へ続く坑道の入り口で、人間どもが侵入するのに苦戦しているのがわかった。

だが、それも時間の問題。

最速で降り、侵入を防ぐには……。

「回っている場合じゃない。シアンがやったというように、俺も飛び降りなければ……」


そう覚悟し、マットは一段一段、できるだけ音を殺しながら下に降り、人間どもの背後に回る。


変わらず鼻は効かないが、人間の会話は、穴の構造上反響し耳に入ってくる。


「早くしろ! 白いカニスもいるって噂だ!」「前に捕まえたやつは壊れちまったからな!」

「また新しい白いカニスに子供産ませて一儲けだ。それにしても世の中バカが多いな。白いカニスが神の使いなんて迷信信じてる金持ちがまだまだいろんな国にいるんだから」

「それもこれも全部、カガチの姐さんの口の上手さよ。あの人の話術は、どんな相手の懐にも入っちまうからな」


マットはその言葉を聞いた瞬間、背中が燃えるように熱くなったのを感じた。


それは利益を生むために流したデマ。

今まで白いカニスが狙われていたのも、全て富裕層から金を取るために流した、嘘偽りに塗れたブランド商法。

そしてマットはそのデマのせいで、生まれた故郷と父、そして仲間を多く失った。


許されていいはずがない。

カニスのことを人間と獣の間の子なんて言う者もいたが、こいつらは人間のふりをした獣。

いや、命をいただき、自身の血肉に変える獣の方がよほど上等だ。


下で蠢いているのは、ただの下劣な糞袋。

そしてその糞袋が、再び自分の愛する家族に危害をかけようとしている。

その事実が、マットの中にいつもある冷静さを、怒りという熱で蒸発させてしまう。


髪の毛を逆立たせ、犬歯を剥き出しにしながらもゆっくり音を殺し、背後に回る。

先ほど遭遇した醜悪な男と同様に、一切の容赦なく首を目掛け振り下ろす。


一つ、また一つと首が飛び、底が見えぬ大穴に飲み込まれていく。


不意を突かれた人間たちも抵抗しようとするが、冷静な判断ができないのと、目の前にある大穴のせいで距離感をうまく掴めない。

そうしている間にマットはまた一つ首を飛ばす。


「おい! 魔法使えるやつ! こいつなんとかしろ!」

「こんなとこで撃ったら仲間も吹っ飛ばしちまうよ! 戦える奴がどうにかしろ!」


だが誰一人として、マットを止めることができない。

長年家族の生計を支えるために狩りに出て、魔獣を仕留めていた男からしてみれば、今ここにいるのは不愉快な虫が群生しているようなもの。


多少脅威になりそうな攻撃もあるが、地形すら味方にできずに慌てふためく者共に、狩人が遅れをとるわけがない。


大穴の中に響く悲鳴は、まるで地獄に堕ちた者の叫び声のようにこだましている。

マットの頭の中には一刻も早く村に辿り着き、家族の安全を確認することで埋まっている。

糞虫どもの鳴き声など、普段耳にする虫以下にしか聞こえない。


ようやく坑道への入り口も開けそうな時、目の前に現れたものを見て、マットは全身の力が抜け、止まってしまう。

「あ……くっ……うぁ……」

殺意で塗り潰していた感情に、紛れ込む焦りの色。

そして……。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


坑道にまで鳴り響く、断末魔。

村の入り口手前で待ち受けるロドルフォとドルゴは、その叫びに耳を傾けながらも手を休めず、備えを整えることに尽力する。


「おい、加減するんじゃねえぞ。どんな奴が来ようとも確実に仕留める。じゃなきゃ奪われる。わかってんな?」

「わかっとるわい」


この村に戦火が広がるのは想定していた。

だから村に繋がる坑道には、いくつも仕掛けが備えてあった。


人間だけじゃない。人間よりも耐久力のあるオークが仮に攻めてきても対応できる仕掛け。

特に、シアンがネズミ退治の時に体を張って証明した【紫電雷拘(しでんらいこう)】があれば、どんな種族相手でも足を止めることができる。


(やはり、憎き人間相手に容赦する気はないか……)

ドルゴはその思いを口に出そうになったがグッと堪え、手を動かす。

口に出さないのは、ロドルフォの過去を聞き、知っているからだ。


人間に村を奪われただけじゃない。仲間を連れ去られた。

その仲間がどういう扱いを受けたのかを想像するだけで、ロドルフォは奥歯を砕いてしまいそうなくらい歯軋りしてしまう。


そして、逃避行の道中に一人、また一人と仲間を失った。

残されたのは、ロドルフォの甥であるルカと姪のララだけ。

地獄のような跋渉の果てにようやく辿り着いたこの村を、人間どもはまた蹂躙しようとしている。


許さない。

絶対に許さない。

どんな相手、どんな理由があろうと、絶対にこの地を蹂躙させない。

だから加減なんてしない。

ここに幾つもの死体の山を築き、大地の肥に変えてやる。


ロドルフォはそう固く決心していた。


「来るぞ」


まずは紫電雷拘で動きを止める。

動きが止まった後、遠距離からバリスタで穴だらけにする。


それでほぼ決まる。

この地に足を踏み入れるということは、ひき肉になるということを思い知らせる。

そうすれば尻尾を巻いて逃げ、この地には二度と訪れないだろう。


そう思っていた。


なぜだか匂いは感じない。だが、足音が近づいてくる。

撃ち漏らした奴はここで斬り刻んでやる。


そう思った時、一番最初に目に入ったのは子供。

しかも、同族、カニスの子供だった。


復讐が果たせるとアドレナリンが脳内を駆け巡っていたのに、まるで冷や水をかけられたように思考停止する。


なぜ、ここにカニスの子供がいる?

なぜ、人間に従っている?


シアンたちと違い、ロドルフォたちは村の防衛のために下に降りていた。そのため、カニスの子供たちが人間に従順しているという事態を確認できていなかった。

シアンとマットが報告を優先しなかったことによる、致命的なミス。


そしてその一瞬の隙が、命取りになる。


「ドルゴ待て! 撃つな!」


ロドルフォの中にある、とても大きな呪いの言葉が脳内に響く。


『子供たちには優しくするんだよ。お前が優しくしてもらったように、お前が大人になったら同じように、ね?』


ロドルフォはそうやって育てられた。

だから子供たちには厳しくも、決して危険な真似はさせず、自立して生きる力を与えてきた。

それがロドルフォの生涯を支えてきた言葉。

それが今、ロドルフォの判断を鈍らせる。


【紫電雷拘】はいわば範囲魔法。

目の前全ての敵に電撃を喰らわせ、動きを止める。

だが、シアンがネズミの動きを止める時に使ったものとは出力が違う。


ここを攻めてくる人間には一切の容赦をしない。

そう決めていた覚悟のせいで、動きを止めるどころか、感電死すら起こす威力を用意していた。


だが、カニスの子供がいる。

巻き込むわけにはいかない。

その判断が、ドルゴの手元を狂わせる。


「くっ……!?」


用意していたヴォルタリン鉱を落とす。

相手の侵入を止めるための手段を変えようとするが、用意していたのは全て範囲的な攻撃。

子供だけを巻き込まず、相手を止める術など用意していなかった。


それが致命傷。

もたつくドルゴとの距離を、敵は一気に詰める。

なす術もなく、ドルゴの顎に生えた逞しい髭を、敵の持つ白刃が突き抜ける。


またロドルフォはあと一歩届かない。

あの日のように…。

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