出会い
誓断輪廻 転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
マット『ッッッ誰だ!?』 普段は冷静で大声を上げるような人ではないが、森から現れた得体の知れない男に警戒心をむき出しにしている。 無理もない。 見たことのないような巨馬。 その背には着物を着崩し、どこか浮世離れした男が座っているのだから。
『お〜こっわ〜ごっつ警戒されてますやん。まあこの状況やししゃあないか〜。あ、初めまして、僕はリオンと申します〜以後よろしゅうたのんます〜』
動揺しているこっちとは裏腹に、リオンと名乗る男は余裕そうな態度を見せている。 何だったら少しニヤついていて軽薄そうな第一印象を持つ。
カーネ『あなた誰よ!?』 リオンと名乗る男『いや、今名乗りましたやん…』
しかもなぜか関西弁。 この世界にも方言は存在するのだろうか?わからない。今まで会った人で関西弁を使うものはいなかった。
ならば転生者…という考えも浮かんだが、人間の倍の速度で成長するカニスである俺よりも年上。年齢は…二十代半ばくらい?俺が死なずに生きていたら同い年くらいだったと思う。
女神は俺が最後の転生者だと言っていた。 もしこの人が転生者だとしたら、二十年以上も前からこの世界に転生していることになる。 この世界は転生者同士が生き残りをかけた蹴落とし合いのゲーム。
人も殺せない、死ぬことも許されない世界でそんな長いこと待たされていたとは思えない**ため、**この人は転生者ではないと確信する。
ただ…何者なんだこの男は? なぜこのタイミングで現れた?
『なんなのあなたは!』『どこから来やがった!』『お前もあいつらの仲間か!』
いや、この人が転生者かどうかよりも気になることがある。
なんでみんなこの男を凝視しているのだ?
今、最も警戒しなければならない相手は村を襲ってきた奴らの方だ。
それなのになぜみんなこの男に気を取られている…?
確かに不思議な雰囲気がある男だ。 サラサラの黒髪に切長の目、色白で体に無駄な脂肪がない。 浮世離れしたその佇まいは、女性からモテるタイプの男がいきなり森の中から巨馬に乗っていたら驚くのはわかる。 わかるけど本来の敵のことを忘れ、凝視するほどではないはずだ。
カーネ『なんであなた森の中から現れたの?』 リオン『なんでって森の奥から歩いてきたからですよ?いや、歩いたのは僕じゃなくてこのお馬さんですけどね!』と一人でツッコんでいる。
カーネ『うそよ…だって森の中には魔獣がいるし、私たちカニスしか歩くのは困難なはずなのに…?』 リオン『嘘ちゃいますって』
皆が男を遠巻きに睨みつけ、牙さえのぞかせている中。 ただ一人、カーネだけは彼の正面に立ち、普段と変わらない調子で話しかけていた。
マット『カーネ…下がって…この男、ヤバい』 だがマットはカーネとは違い全く警戒を怠らない。
マットはカーネと男の間に入り、髪の毛と尻尾は、見たことないほど逆立っている。 もはや警戒や敵視なんてものじゃない。マットは殺気まで剥き出しだ。
カーネ『マット…?』 リオン『ハァア…とって食ったりせえへんのに…えらい嫌われてるな〜まあ、しゃあないか』
普段は人に殺意を見せたりしない父の背中を見て、この謎の男よりも、父であるマットの方が正直怖い、と思ってしまった…
だがこのリオンという男。 マットの殺気を真正面から受けてもめんどくさそうにするだけで、まるで相手にはしていない。
リオン『ちゅうかはよ逃げなあかんとちゃいます?』 森を背にしたリオンが村の方を指差す。 村を燃やしている炎とやかましいくらい目立つ満月の月明かりのせいで俺たちを追っている人影がさらに増えていることが目視できる。 本当にもう時間がない。奴らが俺たちに追いつくのは時間の問題。 ここでこの男に気を取られている余裕なんてない。
カーネ『ねえマット一旦落ち着こう!本当にこのまま森を進むかそれとも別の道をいくか早く決めなきゃ!』
カーネはマットの肩を揺すって正気に戻そうとしている。 流石夫婦というものなのだろうか。 それだけでさっきまで殺気むき出しだったマットの背中が普段の優しいものに戻った。
マット『…………そうだね、ごめん』 マットは謝り、仲間と敵の方に意識を戻す。
良かった…今いるメンツだとこの人がリーダー的存在。 この人が冷静にならなかったらとてもじゃないけど逃げ切れる気がしない。
『なあ…本当に森に入って大丈夫なのか?』 『女子供もいるんだぞ…?』 『今魔獣出てきたら相手できねえぞ』 『だけどこのままじゃみんな…』
ようやく置かれている状況をみんな理解してくれたが、正直もう時間がない。
マットも今どういう選択をするのが正解なのか決めあぐねている様子。
確かにこの森は危険だ。だけど今俺たちに用意されている選択肢は一つしかないと思える。
シアン『ねえ、お父さん。森に逃げよう』 マットカーネ『『…シアン?』』
今の俺の頭の中はぐちゃぐちゃ。 平和な村が地獄になったこと。大好きなじいちゃんを犠牲にして逃げてしまったこと。 悲しくて、罪悪感に押しつぶされそうになっているが、口が勝手に動いてしまう。
人間にして十歳くらいの子供が、こんな場面で口出すのはおかしい。 そんな子供がいたら不気味と思われてしまうとわかっているのに…
シアン『グランじいちゃんが作ってくれた逃げる時間をこれ以上ここで無駄にしたら、グランじいちゃんは何のためにあの時なんのために頑張ったの?ここでモタモタしていたらお母さんたちが…捕まってみんな殺されちゃうよ?』
黙っていたほうがいいという理性よりも、この場を打開しなければという本能が勝つ。
そうだ。俺はあの時じいちゃんを置いて逃げる選択をしてしまった。 そうする以外の選択肢はなかったがその選択をしたのは俺とカーネだ。 ならばここで選択する理由も同じ。
カーネや他に狙われている女性たちも捕まったら一生、繁殖という名の地獄が待っている。 そんな最悪な結末がもうすぐ目の前まで迫っているのに、 転生者とバレたくないからと子供のふりのまま何もしないでいる。
そんな無責任な選択は許されない。
森の中にどれだけの危険が待ち受けているかわからない。 もしかしたらもっと最悪な結末を迎えるかもしれない。 だけどここで捕まるのを待つよりも、まだ助かる確率はずっと高い。
俺はこの先周りにどう思われるかも考えず、父であるマットを焚き付ける。
マット『そうだね…ここでモタモタしている時間はない。みんな森に入ろう!俺が一番後ろで殿をやる。トラ!先頭は任せていい?』 『おうよ!』 『そうだな。今はここであいつらと戦うより森の中の方が安全にやり過ごせる可能性はある』 『そうだ。あいつらだって森には迂闊に入れねえんだ』 『子供は抱くか背負え』
ようやく仲間たちも森に入る覚悟を決めてくれた。 これでいい。
カーネ『……』
俺の手を握るカーネの力がさらに強まった気がする。 やはり俺が変な子供だと気づいたのだろうか? カーネの顔を恐る恐る見ると、眉を八の字にして複雑な表情で俺のことを見つめている。 まあ、そりゃそうか。だけど、他の子供達に比べたら俺が変な子供なのは事実だから…それは仕方ない…。
リオン『な〜な〜ここで出会ったのもなんかの縁ってやつやんか〜?』 もう他の仲間は男の隣を通り過ぎ森を逃げ始めているのに、この男は空気を読まずまだ話しかけてくる。
マット『今急いでいるってわかるだろ?』 リオン『わかってますよ〜?だからここで僕の頼み事聞いてくれへん?そしたらあいつらのこと、ここで食い止めたりますわ』
男は簡単にいうが相手の数はこっちの倍以上。 とてもじゃないが一人で食い止めれる人数では…。
刹那。
空間を切り裂かれたような感覚。いや、本当に何かが空間を切り裂き飛んでいった。
さっきまで何も持っていなかったはずの男の手にあるものを見て、ようやく何が飛んでいったのか理解できたのだ。
リオン『夜やから自分たちだけが奇襲する側だと思っとるんやろな〜。そんだけ団子みたいに固まって歩いとったら目瞑ってても当てられるわ』
聞こえるのは男のケラケラとした笑い声と俺たちを追っていたものたちの断末魔の叫び。 しかも一人ではない。さっきの一撃だけで複数の男たちから断末魔の声が上がっている。
村を燃やす炎と満月の夜のおかげで普段の夜に比べ明るいのはわかる。 だがたった一矢で複数の人間を射抜いたというのか?
リオン『あいつらカニスが弓で反撃してこないの知っとるから慌てて隠れとるやん。あはは!おもろ〜』
さっきまでの胡散臭いニヤケ顔ではない。人を殺して本気で笑っている。 その姿に森に入っていた仲間たちも恐怖し、森を進む速度を上げている。 襲ってきた人間よりも、森の中に潜んでいるかもしれない魔獣よりもこの男が怖い…そうわかる足並みの速さ。
マット『お前の頼みはなんだ?』 マットも本当は恐ろしいのだろう…先ほどまで逆立てていた尻尾が股の間に巻かれている。
何も知らない人が見れば、その姿は情けないように見えるかもしれない。 だけどこの状況でも逃げ出さずこの男の話を聞こうとする胆力を俺はすごいと思った。
リオン『森に逃げるついでに!この子を!引き取ってくれません〜?』
男は矢を射つ手を緩めず、足で馬の鞍に乗っているもう一つの影に視線を向けるように誘導している。
俺も、いや、誰も男が乗っている馬の鞍にもう一人誰かが乗っていることに気づかなった。 いや、正確には乗っているというよりもぶら下がっている。
こちらから見えるのは後頭部と背中のみ。 だけどこの子が人ではないということは耳の位置と尻尾があることでわかった。
マット『どこのカニスの子供だ…?』 後頭部だけじゃ判断はできないが髪の毛の色は黒と焦茶。 俺たちの村にこんな雰囲気の子供はいなかった。
リオン『森ん中で拾いました』 カーネ『森の中にそんな小さい子が一人でいるわけないでしょ!』
そう。そうなわけない。 この森のすぐそばで生まれ育った俺ですら、じいちゃんから一人で絶対に入るなよってきつく言い聞かされてきた。 だからこの子が一人で森の中にいたなんてとてもじゃないけど信じられない。
だけどじゃあ、このカニスの子供はどこの子供なのだ?この男が攫った?いや、それなら託したりしない。
マットがその女の子を鞍から下ろし抱き上げる。 抱き上げたマットがその子の顔を見つめ、不思議そうな顔をしている。 マット『……この子の顔についている仮面はなんだ?』
リオン『それはね〜僕も知りません。ただ言えることは…その子は可哀想な子やってことですかね』
カーネ『何よそれ?どういう意味?』 リオン『ボクからはなんも言えません。詮索もせえへんであげてください。あ、勝手に仮面を取ったりするのもあかんで?この子、女の子やから』 声色が変わった。人を殺してもおちゃらけている男が、この子の説明をするときだけ真剣な声になった。
詮索はするな、仮面も取るな。それに可哀想な子…。 この男はこの子のことをどこまで知っているのかわからない。 だけど、心配しているのはわかる。
マット『わかったとりあえず俺たちが連れて行く。もうないのか?』 リオン『ないですよ〜。貸し借り嫌いなんでこの子預かってくれるということでチャラちゅうことで。ほな、ここでお別れですね〜』
リオンはそういうと弓を射ちながら、森に沿うように馬を進め離れていった。
カーネ『……ねえマットその子、私に背負わせて』 マット『え?』 カーネ『あなたは後ろ警戒しなきゃいけないんでしょ?だから私がその子を背負っていくから。シアンは一人で走れる?』
シアン『うん。全然大丈夫』 マット『森の中に入ってあいつらの気配が遠のいたら、俺がその子を背負うの変わるよ』 カーネ『あいつらに追いつかれない?』
マット『多分あいつら森には入ってこないと思う。森には魔獣がいるからっていうのももちろんあるけど。あの男…矢を射ちながら森を沿う様に動いて誘導していたんだと思う。強力な殿ができたから俺たちは危険な森に入るのはやめて森沿いを走って逃げているように見せるために、普通あんな強力な殿がいて二手に分かれるなんて思わない…只者じゃないよ…あいつ』
そういうことか…しかしなぜあの人は俺たちカニスを助けてくれたんだろう? マットを含め、ほとんどのカニスから殺気を向けられたのに…。
この子を託すため?他に何か目的が…? 今考えても答えは出なそうだ。
とにかく森の中に入りみんなに追いつかなければ…。
こうして俺たちは生まれ育った故郷を捨て、森の中を進み始めた。 行き先なんてわからない。ただ奇しくもあの女神に言われた通り。
この日から逃げ続ける日々が始まった。
『ほなさよなら〜またどこかで会いましょうね〜』
もう遠く離れているから聞こえるはずもないのに、あの男の方から別れの言葉と
『シアンくん』
俺の名前を呼んでいたような気がした。




