三年後、開拓した村の名はカニキュラ
誓断輪廻 転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
玩狗 転生者、転移者たちの総称
ドルゴさんたちが掘り進めたトンネルを抜け、あの広大な盆地に辿り着いてから、もう三年の月日が経とうとしている。
俺の年齢は十歳。
だが、カニス族の成長速度は人間よりも遥かに早い。
鏡に映る自分は、前世でいうところの二十歳前後の、それもかなり鍛え上げられた青年の体つきをしていた。
あれから、目まぐるしい日々だった。
盆地を覆い尽くしていた原生林の伐採。
地層に潜む巨岩を掘り起こしての整地。
そして、ドルゴさんの監修のもと、一から村を形作る建築作業。
三年間で、俺は『家を建てる』という行為の難しさと、その土台にある面白さを叩き込まれた。
その結果、今ではこんな風に呼ばれている。
「おーい、棟梁!」
「…………」
ネス「なんだよ棟梁、無視すんなよ〜?」
シアン「……その呼び方、やめてくれませんか。ネスおじさん」
大工の親方を指す言葉、棟梁。
元々は、俺が前世の知識を混ぜて効率的な建材の組み合わせや、設計を提案した際、面白がったドルゴさんが言い出したのが始まりだ。
今では建築のイロハを教わったドワーフたちだけでなく、村の連中の多くが俺をそう呼ぶ。
特に、目の前でヘラヘラと笑っているサボり魔――父マットの弟であり、俺の叔父にあたるネスおじさんが一番しつこい。
シアン「というかおじさん、またサボりですか? 今日は父さんたちと狩りの当番ですよね」
ネス「いや〜、どうだったかな〜? 記憶が霧の彼方だわ」
はあ……この人は。 悪い人ではない。
むしろ腕はいい方なのだが、やる気がない時は徹底的に怠ける。
この村で一番の自由人だ。
シアン「なら、あっちの建て方を手伝ってください。人手が足りないんです」
ネス「うわ〜、急に草原で日向ぼっこしないと死ぬ病が再発したわ。じゃあな、棟梁!」
ネスおじさんは脱兎の如く逃げ出した。
……本当に、茶化すためだけに声をかけてきたらしい。
シアン「……再開しよう」
俺が今手がけているのは『建て方』。
家の骨組みを組み上げる、建築の山場だ。
前世ならクレーン車や大勢の大工でやる作業だが、この世界では事情が違う。
俺たちは人間よりも遥かに筋力があるし、複雑な二階建て以上はまだ必要ない。
設計図さえ頭に入っていれば、骨組みまでは俺一人で形にできてしまう。
そこから先、壁の貼り付け、扉や窓を設えるのは、手先の器用なドワーフたちの仕事だ。
俺が計画を立てて骨を組み、ドワーフが肉付けをする。
この分業体制が確立されてから、村の発展速度は劇的に上がった。
建築作業に没頭してきたおかげで、俺の体は以前よりも一回り逞しくなっている。
身長はもう成人の大人と変わらない。
洞穴生活の頃のような慢性的な飢えもなくなり、栄養もしっかり取れている。
おかげで腹筋はシックスパックに割れ、贅肉を削ぎ落とした、いわゆる「細マッチョ」な体型になった。
食生活も、肉だけではない。
盆地の一角、川に近い平地を潰して、俺は『畑』と『田んぼ』を作った。
「ここに、これを作れないだろうか?」 と俺がそう提案すると、ドワーフたちが「ならこれを使え」「ここはこうしろ」と勝手に新しい農具と図面を、作り、俺に押し付けてくるのだ。
道具を与えられれば、使わざるを得ない。
だから、家が建つ。
畑が広がる。
米が実る。
正直、田んぼを拓くのは死ぬほど骨が折れたが――。
そのおかげでこの村はどんどん豊かになっていく。
自分の作ったものが形として残り、誰かの役にたつ。
前世で何も残せなかった俺には、それがとても幸せだった。
だから俺たちは、この希望の地にカニキュラという一番星の名をつけた。
本来はシリウスという星の名前だが、この村においては、絶望の夜に真っ先に輝き出す一番星。
いつまでも輝いてほしい、おおいぬ座の心臓。
ふと空を見上げれば、まだ薄明るい夕闇の中に、この村の灯火のように星が瞬いていた。
だが…。
もしかしたらこの灯火をかき消す炎が、もうすぐそばまで来ているのかもしれない。
この村は周りが断崖絶壁と滝に覆われているため、正規ルートを辿らなければ辿り着けない。
逆にいうと外の世界の情報が断絶されている。
戦火がいつここまで広がるのか、見当もつかない不安。
だが俺たちだって馬鹿ではない。
幾重にも分かれたルート。
そしてその道中にはトラップがある。
人間では簡単には辿り着けないし、トラップにかかればその間に対策できる時間ができる。
プリムスの村のように、不意打ちで平和を蹂躙させるつもりは毛頭ない。
ただ心配なのが、一つある。
それが誓断輪廻という目に見えない首輪の存在。
平和を謳歌するのに、この首輪はなんの障害にもならない。
だが、カニスの寿命が平和を謳歌している余裕をくれない。
人間よりも倍の速度で成長するということは、人間の倍の速度で老けるということ。
つまり俺たち、カニスは人間よりも半分の寿命でしか生きられない。
人間の転生者たちよりも早く死ねば、負けという扱い。
平和を謳歌し、ゲームから逃げるという選択をしただけで地獄に落ちるという理不尽。
それに、いつか痺れを切らした他の転生者たちが、生き残りの転生者を探しに虱潰しを始めるはずだ。
このカニキュラはいわば隠しダンジョンのようなもの。
転生者たちが見つければ、攻略しないわけがない。
俺はここに残るべきなのか?それとも離れたほうがいいのか?
その答えはまだ、出ていない…。
「また考え事?白髪増えるよ?」
後ろから声をかけられる。
シアン「これは老化の白髪じゃなくて元々だよ」
アンナ「知ってる」
くすくすと笑いながらからかってきたのはアンナ。
ジャーマンシェパードのカニス。
彼女も俺と同じようにすっかり成長し、すごく綺麗になった。
今でも変わらず仮面はつけているため顔半分はわからないが、それでもスタイルと毛並みの良さで美人なのがわかる。
身長は俺とさほど変わらない高身長。
この村で安住できたおかげか、男性が苦手なのはだいぶ緩和された。
ただ、露出の多い服や、体の線がわかる服は着ない。
魅力をアピールしなくても、魅力が溢れてしまうのが彼女のすごいところだ。
シアン「今日もパトロールしてきたの?」
アンナ「うん。日課だからね」
彼女はこの地に来てからずっと、パトロールをしている。
誰に言われたわけでもなく、自発的に。
まさしく警察犬。
ジャーマンシェパードらしい働きっぷり。
アンナ「シアンはこれから何するの?」
シアン「区切りのいいとこまでやったから、もう帰るよ。その前に汗流さなきゃ」
時間はいつの間にか夕暮れ。
オレンジと紺のコントラストが美しい時間。
一旦汗を流し、リフレッシュしてから食事をしたい。
アンナ「そうだね。汗臭いもんね」
あ、嫌な予感がする。
アンナ「ちょっと嗅がせて?」
シアン「汗臭いってわかってるなら余計に嫌だよ!」
あの洞穴からこの地に辿り着く前に始まったリフレッシュ法。
アンナの集中力をリセットするために、母カーネが提案したこの関係が、まだたまにであるが続いている。
先ほども言ったが、アンナはすごく綺麗になった。
だからなおのこと抱きつかれて、匂いを嗅がれることにとても抵抗がある。
それは「嫌」という感情ではなく「恥」。
アンナ「ケチ」
ケチで結構。
よりによって汗臭い時に嗅がせたい男なんて変態だね。
アンナ「じゃあ、先帰ってるね。」
シアン「うん」
先に家路に向かうアンナを見送りながら心の底から思う。
これが、今の俺の日常。
ずっと続いてほしい、平和の一コマ。
今年最後の更新になります。
来年もどうか、任け犬の遠吠えをよろしくお願いいたします。




