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任け犬の遠吠え  作者: ノライヌ
第二章 土とドワーフとテラニスと
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狂信的合理主義者と脱落者

誓断輪廻せいだんりんね 転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』


カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称


玩狗がんぐ 転生者、転移者たちの総称 

ダミアーノ・ヴェルン・ファルケンハルト。

二十五年前、勝利の女神に選ばれ、この世界に最初に転生した転生者。

そして、異世界に二十五年間もの長きにわたり、独り放置されていた男。


与えられたのは、転生者たちの中でも最強の力。

だが、他の世界なら確実に勝利を約束するその力は、この世界のルール『誓断輪廻』との相性が最悪だった。


「人を殺してはならない」世界で、「自分の攻撃は必ず命中する」という理不尽。


造作もなく人を屠れる牙を授けられながら、ルールという首輪で『待て』を強いられている状態。

四半世紀もの間、その牙が誰にも触れぬよう、暴発せぬよう耐え続けるストレスは察するに余りある。


まさしく、神が選んだ『玩狗(がんぐ)』。

ルールという檻の中で、おもちゃがどう足掻き、どう生き延びるのかを観測するための検体。


だからこそ、男は考えた。

「どこまでがルールの範疇なのか」を。


直接手を下さねばよいのか?


殺しを指示した場合はどう裁かれる?


絶望を与えた相手が自ら首を吊ったなら、それは誰の罪になる?


試すにはリスクが大きすぎる。

ゆえに、彼はまず書物を漁ることにした。


「このゲームは今回で五回目だ」と、あの女神は言っていた。

ならば過去、この世界には必ず自分と同じ力を持った先達がいる。

誰か一人くらいは、この理不尽な遊戯の記録を遺しているはずだ。


その確信だけを糧に、彼は六歳の頃から帝国一の書物庫に引きこもった。

そして、ついに見つけたのだ。

二百年前の転生者が遺した、禁断の書物を。


それは書と呼ぶには、あまりに荒唐無稽な代物だった。

知らぬ者が見れば、何を伝えたいのかも判ぜぬ支離滅裂な数字と文字の羅列。

だが、その「意味」を解する者にとっては、地獄を歩くための唯一の鍵となる。


前代の『玩狗』が、負けた腹いせに遺した、最悪の「八つ当たり」の書。


そこには『誓断輪廻』の攻略法、女神たちの秘匿された性質、転生者たちのギフトの目録、そして敗北した者の末路が記されていた。


中でも、最も留意すべき一節がある。


「この遊戯は、誓いを破り敗北しても、盤面から排除されるわけではない」


むしろ、この世で最も厄介なのは、既に「負け」が確定した玩狗の存在である、と。

記録によれば、死してこの世界から完全に消滅しない限り、女神から与えられた能力が消えることはない。


つまり。

誓いを破り、来世の絶望を確定させた脱落者が、残されたプレイヤーを道連れに暴れ回る「八つ当たりの機会」は、どこまでも残されているということ。


ゆえに、安寧を求むるならば、最後の一人までを完全に葬り去ること。

最強のギフト『犠勝の剣盾 ティシア・アガトニケ』における「必中の剣」は抜かず、「絶対の盾」のみを用いて己を守る。

そして、玩狗の殺害は手下に、あるいは盤面そのものにやらせる。


利用できるものは、何でも利用する。

財も、権力も、国も、親も、今世の全てを。


それが、確実に勝つための唯一の手段。


来世で全てを手に入れるために、今世の全てを「勝ち」にベットした男。

それが、ダミアーノ・ヴェルン・ファルケンハルトという怪物。



「お前に、いや――お前の能力に一つ、頼みたいことがある」


ダミアーノは、絶望の淵でうなだれているミリアの前に立ち、氷のような声で告げた。


「お前も出会ったであろう? この世界にしか存在しない、犬の獣人たちを。俺はあれらを、完璧な家畜として制御したい」


ミリアが聞いているか否かなど、彼には関係がなかった。

肯定も否定も、回答すら求めていない。

ただ、やるべきことを命じるだけだ。


「この世界には便利な石がある。コストや携帯性の面から、()()()使()()()()()はさほど重宝してはいないが、石そのものは使い方次第で化ける。……その中の一つ、雷を司る『ヴォルタリン鉱』」


ダミアーノは、ミリアの視界を強制的に塞ぐようにその顔を覗き込んだ。


「これを用い、奴らの動きを強制的に制御する『首輪』を作れ。逆らえば脳を焼き、従えば生かす。……お前のその『知神』なら、最適な設計図を引き出せるはずだ」


神に首輪をつけられた男が、他者に首輪をつけるための道具を、心優しい少女の知恵を汚して作らせる。

それは、この残酷な遊戯を生き抜くための、ダミアーノなりの「回答」だった。


「おい」


ダミアーノは、部屋の薄暗い隅に控えていた男に短く声をかけた。


「お前が集め、管理し、産ませた獣人の中に、あいにく『転生者』は一人も混じっていなかったようだが……。まあいい、生まれた子供らにはまだ使い道がある」


ダミアーノは手元の書物から目を離さず、吐き捨てるように続けた。


「今こいつに命じた通りだ。首輪が出来次第、全員に装着させろ。親も、子も、だ。犬にしか通れぬ道は、犬に案内させるのが一番効率がいい。まずはあの忌々しい森に逃げた負け犬どもを見つけ出すこと。それが貴様の役目だ」


男の返事を聞く前に、ダミアーノは興味を失ったように踵を返した。

だが、男は空気を読まず、その背中に問いを投げかける。


「陛下は、やはり『彼方あちら』を優先されるのですか?」


その言葉に、ダミアーノの足が止まった。

重苦しい沈黙が部屋を支配する。

ダミアーノは顔だけをわずかに向け、男に問いを返した。


「……あれがもし、表に出てきた場合。この世界の誰が、あれを止められる?」


「まあ、無理でしょうね。陛下と同じギフトを持つ、()()()()()()()()が表舞台に立たれたら、もはや誰も勝てません」


ダミアーノはそれ以上何も答えず、暗い廊下へと消えていった。


勝利の女神が微笑む方に、戦況は傾く。

『犠勝の剣盾』の保持者が戦場に立つだけで、その軍勢には女神の加護という名の狂気的なバフがかかり、戦況は文字通り、優位に固定されるのだ。


ゆえに、この理不尽な遊戯において「数」の差は意味を成さない。

まずはダミアーノ自身が戦場へ赴き、絶対の勝利を確定させる必要がある。


普通ならば、皇帝自らがそんなリスクや手間をかける必要はない。

だが、性悪な勝利の女神はあろうことか、この盤上に同じギフトを持つ転生者を二人同時に用意した。


確実に勝つために、真っ先に排除せねばならない最大最強の障害。

アルビオン王国の王女、ヴィトリア・ベール・アルビオン。


彼女を脱落させるには、逃げ場のない窮地へと追い込み、不殺の禁忌を犯す「牙」を向けさせるしかない。

それができるのは、同じ力を持つダミアーノのみ。


それに、もしダミアーノが森に逃げた「仮面のカニス」に不意に出会えば、負ける可能性が高い。

優先順位は、自ずと決まっていた。



「はあ〜あ! めんどくさ〜い! にしてもほんと、この世界の女神様の性格って終わってるよね〜?」


隅に控えていたはずの男が、いつの間にかミリアのすぐ傍まで歩み寄り、独り言のように喋り始める。


「最強の剣と盾がぶつかったら、一体どうなるのか? 矛盾の再現みたいなもの? 自分が選んだ転生者のどっちが強いか試したくなっちゃうとか、ほんっとおもちゃだよね! うちの担当の神様の方がよっぽどマシだよ。……ねえ、あんたのところの神様も相当性格悪いよね?」


ミリアが顔を上げると、そこにいたはずの男の姿は霧のように消えていた。

代わりに立っていたのは、黒髪にゴシック・ロリータの装いをした、自分と同い年ほどの少女。


「え……? あなたは……?」

「あれ、頭の中の声はカガチのこと、教えてくれないの?」


カガチと名乗る少女は、絶望に凍りつくミリアの前に腰を落とし、視線を合わせるようににんまりと、三日月のような笑みを浮かべた。


「まあ、無理かぁ。そういう能力だもんね。あ、そうだ。首輪の設計図を書く前にさ、一つやってもらいたいことがあるんだよね」


カガチはミリアの細い手首を無造作に掴み、強引に立ち上がらせる。


「あっちにさ、強姦クソキモ野郎がいるの。陛下は、そいつを『あなた』に殺してほしいんだって。……もし殺さなかったら、あなたが命がけで助けたあの村の人たちを、そいつに襲わせるってさ」


耳を疑うような提案。カガチは、ピクニックにでも誘うような軽さでミリアの手を引く。


「え……? 殺す? 待って、そんなの無理……! そんなことをしたら私……っ」

ミリアは必死に足を踏ん張り、抵抗する。


「あはっ! 脱落しちゃうよね〜? かわいそ〜。……だけど、しょうがないよ」


カガチは足を止め、振り返った。その瞳には一切の慈悲もなく、ただ純粋な愉悦だけが濁っている。


「だって、真の強者ってのはね? 相手から選択肢を奪い続けることなんだよ。あなたは今、選ぶ権利すら奪われた。だから、あなたはもう失格(アウト)〜!」


アハハ、と無邪気な声を上げながら、カガチはミリアを隣の部屋まで引きずり込む。


「あの時、村人なんて見捨てて盾にしておけばよかったって、今更後悔しても遅いよ。……じゃあね。知識の女神に選ばれた転移者さん。脱落、おめでと〜!」


泣き叫ぶミリアを強引に部屋へと押し込み、カガチは笑いながら重い扉を閉めた。


これがシアンが希望を抱き、森を開拓していたその裏で起きていた、もう一つの物語。

残酷で、冷酷な、玩狗たちの真実。

本日20時より、任け犬の遠吠えの番外編。

カニアミ!〜カニスたちの日常〜を投稿します。

重苦しい本編の任け犬の遠吠えとは違い

メインはキャラの個性と犬種の特性の掘り下げのギャグになります。


こちらも合わせて楽しんでいただけると幸いです。

よろしくお願いします。

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