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狂気の底

誓断輪廻せいだんりんね 転生した異世界で課せられた転生者たちのルール『人殺し、死、自殺』


カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称


鉱石が発する淡い光に包まれた地獄の中を、ただ一人マコトだけが駆け抜ける。


後ろにいたジャックもマコトの後に続こうとしたが、この地を覆う悪臭のせいで後に続くことができない。

人間よりも鼻がいいカニスにとってここはいるだけで不快感に身を震わせ足をすくませる。


その足元を確認すると無数に散らばったネズミたちの死骸。

「一刻も早くここから抜け出したい」と本能が叫んでいる。


それはジャックだけではない。

ヘイミッシュもドゥーガルもその場でうずくまり震えている。

入り口の穴の向こう側で、ラスティもこの地獄に足がすくみ入ることすらできない。


ただマコトだけが周囲の仲間のことも、この地獄の状況も気にもとめず、ただ一心にある場所を目指し進む。


マコトの進む先にあるもの。

それは数百メートル先に死骸の山で祀られているように佇む、大きい白骨化したネズミの死骸。

他の個体よりも一回り大きいその死骸には、目の部分にあたる場所から銀色の棒が生えている。


明らかに自然死した姿ではなく人為的に殺された姿。


地中深くにある、この場所まで一体誰があの大ネズミを殺しにきたのか。

そしてなぜマコトがそのネズミの死骸を目指し進んでいるのか。


それはシアンたちがこの地に辿り着く、半年前の話に遡る。


とある男がこの地に辿り着いた。

目的は様々。

観光、文化学習、資源調達。

たまたま流れ着いた場所で男は存分に遊び、学び、そして去る。

ただそれを繰り返す続ける放浪者。


「なーなーあの大穴ってどうやってできたん?」


「おっちゃんたちってその服どうやって作ってん?教えてや〜?」


「なんやその石めっちゃええやん!なんぼなん?」


「女の子のドワーフもおるんやな?なんやねん!近寄るなって?それはあの子の気持ち次第ちゃう?」


男はその天性の人たらしっぷりで瞬く間にこの地のドワーフたちと仲良くなり、この地の歴史、文化、資源について学んだ。

この地を満喫し、もう立ち去ろうとしたある日、ドワーフたちの様子がおかしい。


「なんや、なんや〜?なんかあったん?」


話を聞くとここ数日、ネズミたちが暴れ、ドワーフたちに噛み付く事態が頻出しているようだった。


「あ〜もしかしたらあれかもしれへんな〜?どないする?退治しといたろか?」


この地で交流してもらった礼にと言わんばかりに、男はドワーフの悩みを聞き、一人坑道の奥底まで進んだ。


「ネズミにもボスネズミっておるらしいやん?そいつ退治すればどっか行くやろ」


男はネズミのことをよく知らなかったが、そうだろうと決めつけていた。

不良グループのリーダーがいなくなれば解散するように、ボスネズミ一匹を退治すればこの地から去るだろうと。


退治するのに、大した苦労はかからなかった。唯一あるとしたら逃げるのが早いくらい。

逃げるネズミをジリジリと追い詰め、最奥にたどり着いた時、一番大きな個体を発見。


男はその個体だけ弓矢で殺し、これでよしと地上に戻った。


男の思惑通り、ネズミは蜘蛛の子を散らすようにこの地から姿を消した。

この地でやることはもうないと思い、その日の晩、ドワーフたちの隙を見て一番気が合いそうな若い娘を抱きこの地を去った。


だが男もドワーフも誰も気づいていなかった。

ネズミたちはこの地を去ったのではない。

さらに地底の奥底で息を潜め、あの男が去るのを待っていた。


あの男は恐ろしい。

ネズミたちは本能的にそう思っていた。

ボスネズミを簡単に殺したからではない。

もっと形容し難い何か。

そう、背中にこの世界ではみたこともないような不気味な何かが纏わりついている。

そんな感覚。


そもそもネズミたちが落ち着きなく暴れていたのもあの男から感じる妙な気配のせいであった。

だがあの男もようやくこの地を去った。


これでまたこの地に平穏が訪れる。

ボスネズミが死んで統率力は落ちたが、これからまた群れを再構成すればいい。

頭ではなく、動物の本能としてネズミたちはそう思っていた。


だが平穏が訪れるどころか、この地は人知れず地底という根から腐り始めていた。


ネズミたちの落ち着きは戻らない。

それどころか日増しに凶暴さを増していく。

奥底に潜んでいたネズミの一匹が、食料を求めて()()()()()()()()()()()()()の死骸に噛りついた。

それがすべての始まりだった。


最初に食べた個体の目から、次第に理性が消えていき、だんだんと仲間を仲間と認識できなくなっていた。

ただ目の前に動くものを衝動的に襲ってしまうだけの獣になり変わていく。


続くように、一匹、また一匹とネズミが死骸を食い始め、凶暴になる個体が増えていく。

やがてボスネズミの死骸がなくなると、今度は仲間を喰らい始める。

そうして狂った強い個体だけが生き残る地獄の輪が出来上がった。


母が子を噛み殺し、子が母の腹を破って生き残る——

狂気だけが繁殖する、異形の世界。


凶暴な個体だけが生き残った頃、ネズミたちは気づき始めた。

地中のどこかに、どうしようもなく“胸をざわつかせる気配”があることに。


理由はわからない。

けれど本能が叫ぶ。


——あれを喰い殺さなければならない。


目標が決まり、共食いをやめ、ひたすら胸をざわつかせる気配を探すために、ネズミたちは穴を掘り続けた。

そしてようやく見つけた。

その気配の正体——

この地に訪れた異質な存在。


そして、現在のこの地獄につながる。

地獄を作り上げた原因、それがこの先の死骸にあるとマコトは確信している。

なぜマコトがだけが、この地を狂わせている原因に辿り着けるのか——マコト本人にも正確にはわかっていない。


ただなんとなく、獣を狂わせる何かがあの死骸から発せられているのだけはわかる。


だからまずはあそこに辿り着かなければ。

そう迅る気持ちで矢に向かう。


だが足元で呻いていた死にかけのネズミがそれを許さない。


たとえもうすぐ死ぬとわかっていても、目の前に動くものを本能的に襲ってしまう。

それほど獣を狂わせてしまう呪い。()()()()()()()()()()


マコトは死骸を一心に目指していたため、あらゆる方向から襲ってくるネズミに反応できない。

ジャックが「マコト!」と声を出して気づかせようとするがマコトは気づかない。


このままではマコトがネズミに食い殺されてしまう。

この地っで生まれ育ったテリアたちが一同に助けようと試みるが、未だ慣れぬ悪臭がテリアたちの自由を阻む。


ただ一人。

この地で一番の臆病者を除いて。


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