無茶しない
誓断輪廻 転生した異世界で課せられた転生者たちのルール『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
シアン「ただいま」
「「おかえり」」
マコトと一緒に上に戻り、一旦家に帰ることにした。
家にいるのはカーネとソラだけ。
ドルゴさんにもらった鉈状の武器をマットに直接渡したかったが、たまには狩りに出ないと食料が足らなくなるという理由でマットは狩りに出ている。
アンナは……今日どこに行くのか、行方を聞いていないから分からない。
カーネ「ねえシアン? 何それ?」
シアン「ドルゴさんにもらった。お父さん用の武器だって」
カーネ「ふ〜ん。シアンっておじさんに可愛がられるよね?」
……?
なぜマット用の武器を持って帰ったら俺が可愛がられる話になるんだろう。意味がわからない。
シアン「これ、お父さん用の武器だよ? 俺は関係なくない?」
カーネ「そうだけど、そうじゃないんだよね〜。まだ子供だから分からないか〜」
俺の中身は子供ではないんだけど……けど言っている意味が理解できないから、まだ大人でもないかもしれない。
シアン「アンナはどこいったの?」
ソラ「アンナちゃんは見回りだよ!」
シアン「見回り?」
カーネ「そ。下のことはシアンに任せて大丈夫そうだから、アンナちゃんは上で見回り。森の中とか川のそばとかに不審な匂いがないか、いつも見回ってるの。前みたいに大きな熊の痕跡とかあったら困るでしょ?」
そっか。アンナはジャーマンシェパードのカニスだし、まさしく犬のお巡りさんをしている感じか。
アンナはアンナで、自分のやるべきことをやっているんだ。
カーネ「で? ネズミの問題、いい解決方法思いついた?」
シアン「まだ……ネズミの話を聞いても、昔と今のネズミの様子が全然違うからあんまり参考にならないし……ネズミが暴れてる原因がわかれば一気に解決しそうだけど、それを探るには多少無茶……あっ」
やばい。しくった……
カーネ「ふ〜〜〜〜〜ん? 無茶?」
ソラ「むちゃっていった〜!」
シアン「いや、違くて、イタタタタタタッ!!」
俺の耳の先端を、母娘揃って引っ張ってくる。
カーネ「あの熊の件以降無茶しないって約束したの、ソラも知ってるよね〜?」
ソラ「しってる〜!」
シアン「ごめんなさいごめんなさい! 無茶するとか考えないから耳引っ張らないで!」
俺の言葉を聞き、ようやく二人は耳から手を離してくれた。
カーネ「はぁあ……本当は下に行くのもやめさせた方がいいとは思うんだけど……今さら無理だよね……あの人の息子だし……」
それは……どういう意味なんだろう? 少し気になったけど、カーネの諦めたような顔を見て、聞くのが怖くなりやめてしまった。
アンナ「ただいま帰りました」
「「おかえり」」
夕飯を食べ、寝る前に少し考える。
俺は別に自己犠牲の精神を持った正義の味方ってタイプではない。
その選択肢しかない状況が多いから、そうなっているだけだ。マットやグランじいちゃんのように優しさから行動しているわけではない。
俺は痛いのも辛いのも苦手だ。
それ以上に、誰かを悲しませるのがもっと苦手だ。
だからもう、魔熊に襲われた後に目を覚ましたときに見たカーネの辛そうな顔なんて二度と見たくない。
俺が無茶すれば家族が悲しむ。今回のネズミ問題も責任ある立場を任されはしたけど、無茶しろとは言われていない。
だから今回は情報収集をしっかりして、対策を考えてから行動する。
明日からもっといい案を捻り出さなきゃ、と思いながら眠りにつく。
翌朝。
食事を終え、下に降りようとした時、以前にも聞いたような唸り声が下の方から鳴り響く。
シアン「わっ、わ……おはようございます、グレーターさん! 手伝いますね」
グレーター「シアン〜、いいタイミングできた〜! 助かる〜!!」
グレーターさんは出会ったときと同じく、荷車を一人で押し上げていた。
シアン「これって誰か手伝える人いないんですか? 一人でこの重さは結構きついですよ?」
グレーター「……暇なのが俺だけだったから、俺がやってるだけだよ…」
……本当に理由はそれだけなのだろうか?
下の人たちと話した限り、手伝ってくれる人はたくさんいるような気もする。
だけどここで根掘り葉掘り聞くのは、グレーターさんの何かを傷つける気がしたのでやめておく。弟分にしてもらった立場だが、まだ知り合って数日しか経っていない。
俺が同じ立場なら、知り合って間もない人にあれこれ聞かれるのは少し嫌な気持ちになるかもしれない。
シアン「あんまり無茶はしないでくださいね……」
グレーター「……ん」
その言葉を口に出した瞬間、先日カーネたちに言われたことを思い返す。
ああ、これがカーネたちが感じている感情か……
いや、母親であるカーネはもっと俺に複雑な感情を向けているのだろう。
やっぱり心配させたくないし、無茶するのはやめておこう。
だけど……もし、他に選択肢がなかったらどうする?
誰かに代わってもらい、その人に無茶してもらうのか?
そんな決断が俺にできるのか……?
分からない……ダメだ。ネガティブな考えに沈んでいる気がする。
話を変えよう。
シアン「ちなみにこのでかい白い岩はなんなんですか? 前も運んでましたけど」
大きさで言えば両手で抱えられないこともなさそうな大きさ。白く石灰のようにも見える。
グレーター「採掘中に出てくる鉱石でもなんでもない、でかい邪魔な岩だよ!」
シアン「鉱石でもなんでもない……それって利用価値がないんですか?」
グレーター「ドワーフたちがいらないっていうんだから、そうなんだろうな!」
物作りが得意な職人肌のドワーフたちが不要と判断したのであれば、本当に不要なのだろう。
シアン「不要ならこの大穴に捨てればいいんじゃ?」
グレーター「それはダメだ〜! ドラゴンが復活しちまう〜!」
シアン「ドラゴンがいるんですか!?」
魔熊や猪、それにネズミなど、サイズがでかいだけで前の世界にもいた生物とは違い、本当に空想上の生物であるドラゴンもこの世界にいるのかと少しワクワクした。
グレーター「今はもうドラゴンなんていねえよ! ただ昔にはいたらしく、この地でドラゴンが死んだ時にできたのがこの大穴だったって話だよ。それで穴に不要なものを捨てるとドラゴンがそれを食べて復活する! って昔から伝わってるんだ。だから下に捨てるのはなし!」
ああ……いないのか、ドラゴン。少し、ううん、だいぶがっかり。
グレーター「ドワーフたちが掘ってる鉱石も、元はドラゴンの鱗や肉、血が溶けて結晶化したって話もあるぜ」
シアン「え! それ本当ならなんか面白いですね!」
グレーター「そうかあ? 俺にはよくわかんねえけど、もしかしたらこの白い岩も骨だったりしてな」
シアン「あはは、ありそうですね」
……いや、本当にありそうな気がしてきた。
けど怖くて下に投げることなんてできず、二人でちゃんと上まで運んだ。
グレーター「助かった、シアン。ありがとう」
シアン「いいえ、たまたま通りかかってよかったです」
グレーター「下に行くんだろ? 一緒に行こうぜ」
シアン「はい!」
さっきまで笑いながら話していたのに、グレーターさんは下を向きながら歩いている。
グレーター「なあ、シアン? 俺ってやっぱりおかしくなってんのかな?」
シアン「……なんでですか?」
グレーター「この間のネズミを殺した時あったろ? 咄嗟のことで本当に意識せずにやってたけど……俺ってもしかして暴力的なやつなんじゃねえかって……少し不安になってる」
シアン「……」
確かに簡単に相手を殺せる力が自分にあって、それをほぼ無意識に使っていたとしたら……俺も不安になると思う。だけど、
シアン「俺のじいちゃんが言ってましたが、力があるってわかってて制御しないのを暴力だって言ってました。グレーターさんは前回のが初めてですし、それにマコトを守るために無意識でやったことですから。暴力的な人だとは思いませんよ?」
グレーター「そっか……そうかもな」
付き合いの浅い俺の言葉なんかじゃ簡単に気は晴れないだろう。だけどじいちゃんから教わったこの言葉は本当にそうだと思うから、頭の片隅にでも残っていてくれればいいな、って思う。
下に続く穴に入り、何か違和感を感じる。
シアン「……なんかおかしくないですか?」
グレーター「……ああ、なんだこれ? 耳がピクピクしやがる…」
いつもと違う。何かが振動しているような感覚。
俺は今回の件を無茶しないように、万全の対策を練るために情報収集をしてきた。だけど少し時間をかけすぎたみたいだ。
ネズミはそんな悠長に待ってくれない。
そうなったとき、俺はどうする?
選択肢が限られた中で、俺は無茶せずに今回の件を解決できるのだろうか?
制御できない力を暴力とさっき言ったが、今俺たちに向かってきている。力もまた制御できていない、数の暴力。
それに俺はどう立ち向かえばいい?




