本能
誓断輪廻 転生した異世界で課せられた転生者たちのルール『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
俺が確かめたいこと、それはテリアのカニスがなぜ穴を掘るのが好きなのかの確認。
おそらくテリアのカニスは穴を掘るのが好きだから土を意味するテリアという種族名がついているのではなく、穴の中にいる動物を探したり、狩るための犬種だからそういう名前が入っていると予測する。
その証拠にワイヤー・フォックス・テリアというラスティさんの種族名にはキツネを意味するフォックスという言葉が入っているのだろう。
そこで一つ確かめたいことがある。
もし、キツネに似た動物が穴から飛び出したら、ラスティさんはどうするだろうか?
魔熊相手にも怯まないでいるアキ一族のシュウ。
体の小ささを逆に活かし、生い茂る草木の中も走ることができたシバ一族のマロさん。
この二つはシュウたちに先天的に備わっていた本能なのかそれとも先祖から引き継がれた特性なのか判断が難しい。
だがラスティさんの場合は違う。
名前にフォックスという文字があるのに、この世界にはキツネが存在しない。
ならこの世界でその名前がつくのはおかしい。
もし、この世界にいるカニスという犬の獣人が、前の世界に存在した犬を模範しているとしたら…?
そしたら…おそらくいるはずなんだ。
ネズミを狩るのが得意なカニスも…
だからラスティさんを使って少し実験をしたい。
言葉に出すと最低だが、何も知らないまま能力を腐らせるよりはマシだ。
問題はどっちにお願いするかだ…
キツネに似ている犬といえば柴犬だ。
柴犬には二つのタイプがいる。
タヌキのようにまんまるで愛嬌がある顔をしたタヌキ顔。
ちょっと気難しそうだけどスマートな顔をしたキツネ顔。
マコトは…どちらかというとタヌキ顔だが、綺麗なオレンジ色の髪をしているからキツネにカラーリング的には俺たちの中で一番キツネに似ている。
…そういえばいつの間にか髪色が随分綺麗になってたな…
前はもう少し焦茶の毛色をしていたはずなのに…
そしてもう一人はアンナ。
ピンっと立った黒いと焦茶の耳と太くてしっかりとした尻尾。
シルエットとしてみるとアンナの方がキツネに似ている気がする。
ただ…問題は両方とも女の子ということだ。
汚れるかもしれない穴から「ちょっと走って出てきてくれる?」
なんてお願いするのは俺にはハードルが高い…
多分二人は嫌がったりはしないだろうけど…
だからといって父親であるマットにお願いするのも変だし、自分でやったら確認ができない…
う〜ん…どうしよう…それにもう一つ問題がある。
それは…
「シアン」
俺がどうしようかと悩んでいるとアンナが、俺の裾を引っ張り声をかけてくる。
アンナ「何か頼みたいことがあるなら…ちゃんと言ってね?」
マット「顔に出てるよ」
……またやってしまった。
よくカーネとソラに『わかりやすすぎる』といじられるが俺の表情筋はどういう動きをしているんだ?
だけど簡単には頼めないんだよなぁ…
だってキツネがいないこの世界で、穴から出てきたキツネのようなものを、ラスティさんはどう思いました?なんて聞いたらどうなるだろう…?
なんでシアンはキツネという存在を知っているのか?と問い詰められるかもしれない。
自分が生まれた時から変な子供だと思われるのはいいが、存在しないものを知っているは流石に変を超えておかしい。
思いついたのはいいがこの確認はできないかもしれない。
たまたま、穴からキツネのようなものが飛び出してくれればそんなお願いしなくても済むんだけど…
「お前ら何してんだ?」
俺がどうすればいいかわからず煮詰まっていると、後ろから声をかけられた。
ラスティ「あら、グレーターじゃありませんか?最近姿が見えませんでしたが何をしてたのですか?しんぱ」
グレーター「ああ、待て待て。お前は話が長いから苦手なんだよ!シアン。お前は俺の弟分なんだから下に来たら挨拶くらいしろよなぁ〜?」
……
すっかり忘れていた。
俺が一番最初にここで出会ったテリアのカニス。
マンチェスター・テリアのグレーターさん。
シアン「ごめんなさい!」
グレーター「そ、そこまで本気で謝らなくてもいいぞぉ?」
今の謝罪は挨拶を怠ったことというより、存在を忘れていたことへの謝罪なんだけど。
本人に言ったら本気で凹みそうだから黙っておく。
グレーター「そこのでかい二人は見たことがないな?俺はシアンの兄貴分のグレーターだ。よかったらお前らも俺の弟、妹分に…あんた。なんかシアンに似てんな?兄貴かなんか?」
マット「…父です」
グレーター「ヒャ…」
う、うわぁ……あれは気まずい…
さっきまで胸を張って体を大きく見せていたグレーターさんが尻尾を丸めて縮こまっている。弟分自慢した相手が弟分の父親だったらああなるのも仕方ない。
アンナ「弟分なの…?」
シアン「うん…まぁ色々教えてもらったし…」
教えてくれたクラスターなどの概念はあんまりよくわからなかったけど…
マット「おかしいな。うちの息子はシアンだけなんだけど…ということはソラのお兄ちゃんでもあるのかな?」
グレーター「チガイマシュ…」
グレーターさんってビビると情けないくらい甲高い裏声になるんだな…
それにしても珍しくマットが威圧してる…
まあ知らない男がいきなり息子として生えてきたらああなるかぁ…
グレーター「シアン…タスケテ…」
シアン「ごめん。お父さん…グレーターさんはここで初めて会ったテリアのカニスで色々教えてくれてたんだ。決していじめられてたとかそういうのはないから安心して?」
マット「ふーん…まあシアンがそういうなら信用するよ」
グレーター「ユルサレタ…?」
マット「どうだろう?」
アンナ「マットさんってああいうふうになるんだね?」
シアン「そうだね。初めて見た」
ラスティ「シアンさんには妹さんもいらっしゃるんですね?おそらくお父様がグレーターに向けている感情はシアンさんのお兄さんになったことよりもシアンさんの妹さんとグレーターが仲良くなっているんじゃないかと勘違いされて、あれだけ圧力をかけているんだと思いますわ。ふふ、年頃の女の子には年上の男性とは逞しく見えるものです。わたくしも昔は…」
ラスティさんの推測はおそらく当たっているだろう。
俺もそんな気がする。
ただ今は昔話よりもやらなきゃならないことがあるからその話は今度時間のある時に聞いてあげよう。
シアン「アンナ。マコトってどこに行ったか知ってる?」
アンナ「え?ごめん。いなくなったのは気づいてたけどどこに行ったまではわからない」
それはそうか。俺の隣で話聞いててくれたもんな…
グレーター「マコトってあのオレンジ髪のカニスだろぉ!あっちで見たぞ!!」
あっち!!とグレーターさんは坑道の奥を指し、案内してくれる。
マットから逃げたいんだろうな。
あれはソラに兄として認めない!と言われてるところを見るまではしばらく警戒してそう。
シアン「ごめんなさい。ラスティさん。その話は今度聞きますので少し場所を移動してもよろしいですか?」
ラスティ「え?ええ…どちらに?」
俺たちはグレーターさんが指差した坑道の先を進むと奥から
ジョイヤー!ジョイヤー!ジョイヤー!と…変な掛け声が聞こえてきた。
アンナ「何この声…」
掛け声のする方に進むとマコトの父であるマロさんだけが立っており、掛け声を発声しているものたちの姿はない。
シアン「あの…マロさん…この掛け声はなんですか?」
マロ「ん〜?ああ〜?シアン〜?えっとねえ?マコが穴掘ってるんだ〜?」
暗くてわからなかったがマロさんが先ほどまで見ていた先には人間が屈めば歩けるくらいの穴が空いていた。
シアン「え?これマコトが一人で掘ったんですか?」
マロ「マコだけじゃないよ〜?」
マコトだけじゃない?
ふと気づくと先ほどまで元気よく聞こえていた掛け声は止み、中からオトウー!オトウー!という声が近づいてくる。
マコト「オトウ!見て!見て!こんなに掘った!」
穴から出てきたのは土で汚れ、真っ黒になったマコト。
アンナ「うわっマコト!すっごい汚れ。ああ、衣服まで土まみれじゃん…あとで水浴びしなきゃダメだよ」
マコト「え…水浴び嫌い…」
穴から楽しそうに飛び出してきたマコト。
それは奇しくも俺が先ほど願ったシチュエーション。
キツネのようなそのシルエットを見て、ラスティさんは…
ラスティ「水浴びでしたらあちらでできますのであとでご案内しますね」
ニコニコとマコトとアンナに水浴びができる地底湖の案内をしていた。
…
……特に本能的に反射するようなそぶりは見せなかったな。
マコトが汚れていたからキツネっぽくなかったのか?
いや、単に俺がそうだろうと思い込みすぎたか…
なんにしろ俺の予測は外れた。
もしかしたらネズミ狩りが得意なカニスがテリアにいたとしても、そう簡単にこの問題を解決できないかもしれない。
そう諦めかけた時、マコトの後ろにある穴から、ガラガラと何かが崩れる音が聞こえた。
マコトと一緒に穴を掘ったカニスが出てきたのかと思ったが、今まで嗅いだことのないような異臭。
俺たちカニスの体臭とは違うその影はマコトに後ろから飛びかかり…
「危ねえ!!!」
マコトとその影の間に割って入ったグレーターさんに遮られた。
俺はその時のグレーターさんの行動を多分一生忘れないかもしれない。
だってその行動を俺は前の世界でなんとなしで見ていたただの犬の遊びだと思っていたから。
その大きいペットボトルくらい影はマコトに飛び掛かるより前にグレーターさんの手と口に首根っこを掴まれ、そのまま左右にブルブルと高速に振られていた。
おもちゃを咥えた犬が、左右に振って遊んでいるように…
ただその遊びのような行動だけで飛びかかった影は絶命していた。
ああ、これだ。
これが本能なんだ。
飼い主が教えたわけでもないのに犬がやる、小型の動物を一発で仕留める方法。
ほんの一瞬のシェイクでその影の頸椎はぐちゃぐちゃに折られていた。




