フォックス
誓断輪廻 転生した異世界で課せられた転生者たちのルール『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
どうしよう…
ロドルフォさんを説得し、テリアのカニスの人たちから話を聞けるかと思ったのに一番話ができそうなヘイミッシュさんは何やら興奮しながら穴掘りに向かってしまったし、ドゥーガルさんはハードボイルドな雰囲気を漂わせているだけで会話が成り立つ気がしない。
なら最後に残ったラスティさんに話を聞くしかないのだが、さっき会話した感じだとまた洪水のように話し始めるかもしれないから、俺がそれを聞き漏らさず聞いていられるかが不安だ。
そもそもこの人たちに何を聞きたくて下に降りてきたのか。
ネズミ問題のこと、もあるがそれだけじゃない。
テリアのカニスについての情報があまりにも曖昧だったから話が聞きたかったんだ。
テリアのカニスは穴を掘るのが得意だと聞いたが、本当にそれだけなのだろうか?
そしてもう一つ引っかかった。
ラスティさんの種族名であるワイヤー・フォックス・テリアという名前。
なぜ名前の中にフォックスという別の動物の名前が含まれているのか?それが気になった。
シアン「ラスティさん。一つお尋ねしたいのですが?」
ラスティ「はい?いかがなさいましたか?」
うん。落ち着きがある淑女の振る舞い。
さっきのはたまたま話すことが多かっただけかもしれない。
シアン「ラスティさんの種族名の由来ってお聞きしてもよろしいですか?」
俺がそう尋ねるとラスティさんは両手で口元を抑えて何やらうっとりした顔をしている。
俺は何かまずいことを聞いてしまったのだろうか?少し戸惑っていると
ラスティ「まぁ…ふふっシアンさんってばまだお若いのに積極的な方なんですね?」
シアン「は…?」
ラスティ「だって、先ほどお会いし、自己紹介を済ませたばかりだというのに「あなたのルーツが知りたい」なんて、それってわたくしのことが知りたくてたまらないということですわよね?どうしましょう。しかもそこにいるのはシアンさんの親御さんではございませんか?ああ、それはもうそういうことですわね?ご両親の前でわたくしのことを詳しく聞きあげ、問題なければそのまま求愛。なんて効率のいい恋愛観を持つお方なのでしょうか。ですがわたくし今日お会いしたばかりの殿方にそう簡単にわたくしのルーツをお話しするほどチョ「違います」ロくは…違いますの?」
シアン「すみません…違います」
ダメだこの人…話が長いだけじゃない…話を飛躍させる…!
おかげで周りの仲間たちも「シアンってそういうことするの?」「まさかぁ…」「いやでも案外…」「マットの子供だぜ?ねえよ!」
とか色々言われてる。
案外ありうるって言ったの誰…?
シアン「すみません。俺が知りたいのはラスティさんのルーツではなく、ワイヤー・フォックス・テリアという種族がどういうルーツなのかです…」
さっき聞いた時もちゃんと種族名の由来って言ったはずなんだけど…
もしかしてちゃんと聞こえなかったのかな…
ラスティ「ああ、そっちですのね…わたくしとしたことが早とちりしてしまいましたわ。えっと…ワイヤーっていうのは多分わたくしのこの髪の毛や尻尾の毛のことですわね。
みなさんの毛に比べ硬くゴワゴワしていますが、汚れがついてもすぐに落としやすく、水で洗ってもすぐ毛が乾くこの毛質が由来していると思います」
マット「そういえば…親父が昔、名前に毛質が入っている変なカニスがアルビオンの城下にいるって言ってたな…名前はカーリー…なんだっけな…」
「カーリーコーテッドレトリバーですか?」
マットが昔の記憶を辿っているとこに助け舟を出したのは意外にもアンナだった。
……いや、ていうか!
マットとアンナ以外のみんなどっか行っていないし!
大事な話が聞けるかもしれないから、みんなで話を聞いてみんなで解決しようねって決めたのに!話が長そうだからって飽きてどっか行ったな!
マット「ああ、それだ」
アンナの助言が正しかったのかマットはスッキリした顔をしている。
カーリーコーテッドレトリバー…
レトリバーといえばゴールデンやラブラドールが前の世界でも一般的に見る犬種だからなんとなく姿形はわかる。
だがそのカーリーコーテッドがどういう犬種なのかがわからない。
スッキリしたマットとは対照に俺が疑問に思っていると
アンナ「カーリーは巻毛。コーテッドは被毛って意味。だからカーリーコーテッド、巻毛の被毛を持つレトリバーって意味。あったことはないけど、多分ラスティさんと同じようなウェーブかかった髪の毛なんだと思う」
シアン「そうなんだ…」
なんでアンナはそんなこと知っているんだろう?と疑問に思ったが、アンナは元々優秀なジャーマンシェパードの家系だ。
もしかしたら俺らに出会う前に家族に色々なカニスの話を聞いていたのかもしれない。
ラスティ「まぁあなた…素敵な仮面を「フォックスってなんですか?」」
ラスティさんがアンナの仮面に興味を向けたのを察して、遮るようにマットがラスティさんに質問をした。
多分、今マットが遮らなければアンナの仮面についての質問攻めが行われると気づき、気を利かせて話を逸らしたんだろうが、その気遣いよりも俺はマットが言ったことに耳を疑った。
ラスティ「フォックスというのがなんなのかわたくしも分かりませんわ…一体なんなんでしょう?」
ちょっと待て。
フォックスがキツネの英語読みなのは英語に疎い日本人の小学生でも知っているはずだ。
それなのに森で狩りをして生計を立てているマットですらキツネの存在を知らない?
それはおかしくないか?シカもイノシシもそしてあの魔熊すら知っていたマットが…?
俺たちの生活圏内にキツネがいなかっただけ?いや、ジャングルの中にキツネがいないならわかるが、俺たちがしばらく暮らしていたのは雪が降る森の中だ。キツネが存在していてもおかしくない環境のはず…
それとも、もしかして…キツネという存在がこの世界にはいないか…。
……ありえない話ではない。
だってこの世界には犬すら存在しないのだ。
いや、正確には俺たちカニスという人間と犬の中間、犬の獣人として存在しているんだが、キツネもこの世界では獣人としてどこかにいるのか…?
ああ、なんだかまたこの世界がどういう世界なのかわからなくなってきた。
ラスティ「ですがこの髪質を表すワイヤーという単語が名前に入っているのですから、もしかしたらそのフォックスというのもわたくしの特徴を表しているのかもしれませんね」
何も知らなければそうかもしれない。と納得していたかもしれないが、それはない。
だってラスティさんの身体的特徴は俺が知っているキツネとは違うところが何箇所かある。
まず、耳が立っていない。
犬は垂れた耳や途中で折れたような耳を持つ犬種がいくつもいるがキツネは立ち耳しか知らない。
ラスティさんの耳は途中で折れて垂れている。
それに尻尾の形も違う。
キツネの尻尾は確か太くもふもふしていたはずだ。
ラスティさんの尻尾は細く、上向きに立っている。
キツネの特徴と似ているから名前にフォックスと入れたとは考えにくい。
他は…
「あの、シアンさん…」
シアン「え?はい?」
ラスティ「そんなに舐めるように身体を見られてしまいますと…その…照れてしまいますわ」
ラスティさんは両手を頬に当て、可愛らしく照れているが。
俺はあくまでもラスティさんの身体の特徴とキツネの特徴に合致するところがあるか探っていただけで、そんなセクハラするつもりは一切なかった。
シアン「いや、ち、違います!そういうつもりで凝視したわけではなく!いや、それよりも…ごめんなさい!」
だがキツネが存在しないこの世界で、似た特徴がないか比較をしていた。
なんて言っても誰にも理解されるわけもない。
マット「……シアン。女の人の身体をまじまじ見るのは…ダメだよ」
それはそう。軽率な行動すぎた。
シアン「ごめんなさい…」
話を戻そう。
ワイヤー・フォックス・テリアであるラスティさんにキツネと似た特徴は見当たらない。
なら名前にフォックスがあるのは他の理由だろう。
名前に他の動物の名前が入っている犬なんて他にいただろうか…
少なくとも俺たちプリムスの村出身のスピッツのカニスにはいない…
え〜っとなんかいたような気がするんだけど思い出せない…なんだっけ…?
!!
そうだ…ブルドッグだ。
ブルは確か雄牛。有名なエナジードリンクのロゴにもなっていたから覚えている。
そしてブルドッグは雄牛と戦うために作られた犬種だ。
他の犬に比べて鼻が短いのも、雄牛に噛まれたりしないようにするためだって。
ということはラスティさんのワイヤー・フォックス・テリアも同じような理由で作られた犬種なのかもしれない。
………
………………
それについては納得できる理由だが、疑問に思うことが増えた。
例えばキツネと戦う。もしくは狩るために作られた犬種だとしたら、わからないことがある。
前の世界の犬であれば、そういう風に使うために作られたと理解できる。
じゃあ、この世界のカニスはなぜ、前の世界の犬と同じ特徴を持たされている?
キツネが存在しない世界なのに。
なぜ、名前の中にフォックスという存在しないものの名前が組み込まれている?
この世界がなんなのかますますわからなくなってきた。
そもそもカニスってなんなのかが全くわからない。
だがワイヤー・フォックス・テリアという犬種がどういう犬種なのか大体予想がついた。
もし俺の予想が正しければアレがラスティさんにもあるはずだ。
それを調べるために、少し試さなければならない。
そのためには、どっちにお願いした方がいいんだろうか…




