性悪
誓断輪廻 転生した異世界で課せられた転生者たちのルール『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
ブルーノは自分の顔を踏みつけているこの男が何を言っているの理解ができなかった。
異世界転生?転移?女神?ゲーム?
「あたかも貴様の元に女神様が現れたような言い方をしているな…!貴様のような外道の前に女神様が現れるわけがない!」
ブルーノは瀕死の体でも信仰する女神を愚弄されたのが我慢できず、声を上げた。
だが男はブルーノのその一言を聞き「ふっ…」と鼻で笑っている。
「何が…おかしいッッ!」
終始人を小馬鹿にするような態度をしてくるその男にブルーノは必死に声をあげる。
本来なら斬りかかりたいくらいだが、反撃できるほどの体力はもう残されていない。
「今から話すことは想像力がないお前らには少し理解できない話かもしれない。
だから理解できなくてもいい。俺の暇つぶしに付き合うつもりで聞いておけ」
男はブルーノの顔から足をどかすと天を見上げながら語り始めた。
「さっき俺のような外道の前に女神は現れない…と貴様は言ったな?その外道をわざわざ別の世界から連れてきたのがお前らが信仰している女神だとしたら貴様はどう思う?」
振り向いた男の顔は少し笑みが溢れていた。
ブルーノからしたら何がおかしいのかわからない。
この男がなんなのかも理解ができない。
「俺は元々ここよりももっと文明が発達している世界に住んでいた。
馬車なんぞ乗り心地の悪いものに乗らなくても移動できる乗り物があり、遠く離れた連中とも顔を見せ合いながら話すことができるようなものがある世界だ。しかも俺は大企業の一人息子。ただ起きて寝るだけで金が入ってくるなんの不自由もない生活を送っていたのに、バカなお抱え運転手が不注意を起こしたせいで後部座席に座っていた俺まで事故に巻き込まれ死んでしまった。とんだ悲劇だ。そしてこの世界に女神に連れてこられ、転生したのが二十五年前のこと…」
別の世界…?今の口ぶりではこの男は一度死んでいる?それが二十五年前…
この男の見た目は大体二十代半ばごろの見た目をしている。
別の世界で死に、この世界で生まれたということか…?
ブルーノの理解が追いつかないまま男はさらに語り始めた。
「そして俺がこの世界に来る時、女神がなんて言ったと思う?この世界で生き残りをかけたゲームを勝ち残れば、約束された来世を提供する。そう言ったんだ。しかも舞台は俺たちが生まれた世界ではなく、わざわざお前らの住むこの世界で、俺たちがどう戦うかを観察するためにここに連れてきた。お前らの住むこの世界はな?女神が娯楽を楽しむための用意した舞台であり、ここの世界の生き物はその物語に必要なただの演者のようなものだ」
ご、娯楽…?演者…?この世界が…ただの舞台?
「貴様の今の説明では、貴様の他にも別の世界から来たものがいるのであろう?ならばそのものたちでだけ存分に勝負すればいい。…無関係なものたちを巻き込むな…!」
男はブルーノの言い分を聞いて笑みを浮かべながらただ頷いている。
「そうだな。その通りだと俺も思う。だが相手を探し出すこともこの娯楽の一環でな?ただ殺し合うだけなら誰が勝つかは女神もわかっている。それではつまらない」
くつくつと笑い始める男。
「つまらない…?なんだそれは…?ならその相手だけを探せ…無関係な人間を…これ以上巻き込むのはやめろ…」
「最初に言っただろう?これがもっとも効率のいいやり方だと。この世界に連れてこられたやつは女神から加護という形で何かしらの力を授かっている。
本来の俺たちはお前らよりももっと弱い存在だ。魔法を使えるものなんて存在しないし、研鑽で得ることができるのもただの人間の域だ。お前らのように剣一本で魔獣を倒すことなんてできない。そんな弱い存在が、ある日突然女神から加護を得たらどうなると思う?力を誇示したくなるに決まっている。ただ厄介なことに女神の定めたルールがある。だからそう簡単には姿を現さない。だからこうやって奴らが力を使いたくなるように舞台を盛り上げる必要があるというわけだ」
男は髪をかき揚げ、楽しそうに話を続ける。
逆にブルーノの顔色はどんどん血の気がなくなり、死が目前に迫っている。
「まだ死ぬなよ?こんなに話をするのは久しぶりだ。俺の周りのやつは俺を恐れてイエスマンになっているから話していて楽しくない。お前は高潔で威勢がいい、まだ俺に噛み付いてきてくれ」
ブルーノはできることならそのまま喉を噛みちぎりたいくらいだが、体はどんどん鈍くなっているのがわかる。自分はもう助からない。誰かにこの男は危険だと伝えたいが自分の周りにはあるのは死体の山のみ。
「そうやって敵を作り続ければ…貴様の帝国だっていつか滅びるんだぞ?」
「ああ、ふっふっふ…そうだな。世界の秩序を破壊するような真似をして国を維持できるわけがない。だけどそれがどうした?この世界は俺にとってのただの通過点…転生者たちを蹴落とし、勝ちが確定すればこの国がどういう結末を迎えようが俺には関係ない。俺は来世で幸せになれる」
「貴様が…そう望んでも…お前の国の…」
「部下や民が望まないと?そうだな。だがこの世界にも思った以上にバカが多い。俺はな、さっき言った通りこの世界はただの通過点。
だからこの世界にある財産や女、ほとんどの支配者が望むものを俺は望まない。それらに傾倒しすぎるのは身を滅ぼすと歴史が物語っているからだ。
だから必要な分だけいただき、あとは全て与えている。
俺が自国の民からどういうふうに思われていると思う?施しの英雄だぞ?
あはははははははは、俺は施しなんてしていない他者から奪ったものを横流ししているだけなのに…飛んだお笑い種だ。だが結果として奪った金品で民は裕福になり、部下たちも俺に歯向かわなければ好き勝手ができる。他国がどうなろうが、自国がどういう未来を迎えようかなんて知ったこっちゃない。自分が今、幸せならそれでいい。そう思う連中はお前らが思っているよりごまんといる」
「……」
「俺が望むのは安心だ。負けたら即地獄行きのこのゲームから早く抜け出し安心して来世で暮らしたい。そのために二十年近くこの不便な世界で最後の転生者が現れるまで耐えてきた。エルフとドワーフは俺たちよりも長寿で成長が遅いから関係ない。だから今は攻めないでおく。もしこのゲームが長引くようなら更なる効率化を得るために襲うがな?だから今は人間と犬と人間の混ざり物の獣人を虱潰しにしていく」
「たくさんの命を奪う貴様のようなやつは…最後には地獄に堕ちる…そう決まっている」
最後の気力を振り絞り、ブルーノは舌先だけで毒を吐く。
「………大丈夫だ。このゲームにはルールがあってな。俺は人を殺さない。
殺しをしたらお前のいう通り地獄に堕ちるからだ。それだけはしない。
だがこのゲームでの殺しがどういう意味をなしていると思う。
例えば俺がお前の足を切り落とし治療の魔法をかけ止血すれば死にはしない。
つまり今お前が死んでも俺は顔を踏んだ程度で殺したことにはならない
。
殺しとは死に直結する外傷や、服毒などの行為。要は肉体から魂が剥がれる行為を行うことを殺すという。どれだけ拷問や残虐行為を働いても、魂が肉体から剥がれなければ殺しにはならない。だから俺が殺すんじゃない。この世界の連中にお前らを殺させるんだ。ふふっ最悪だよな?だがこれが最も効率がいいこのゲームの攻略法。
な?お前らが信仰している女神ってのは本当に性悪で最悪の女神なんだよ」
その言葉を最後まで聞く前に、ブルーノの瞳からは光が抜け落ちていた。
「死んだか。久々に外に出て話すことができてテンションが上がってしまい、話が長くなってしまったな」
クゥーっと手をあげ伸びをし、男はもうここに要はないと言わんばかりに去っていった。
「カニスは仮面をつけているもの以外は脅威ではない。むしろ労働力として調教すればいい奴隷だ。その段取りはあいつに任せておいて、問題はもう一つだな。噂が本当ならば…本当にあの女神は性悪で最悪の女神だ」
男がネイ=ディの城壁から降りるとすぐに豪華な馬車が現れる。
「皇帝。お迎えにあがりました」
「ん」
男は馬車の中に座り、頬杖をつきながら独り言を呟く。
「さて、ゲームの駒を進めるか、何年かかってもいい。慢心はしない。確実に勝ちに行くために」
男が去った後にネイ=ディに残っているのは瓦礫と黒い硝煙と死体。
そしてヴィオレンティア帝国の旗のみ。
男の名はドミアーノ・ネロカリス。
現ヴィオレンティア帝国の皇帝にして、勝利の女神に選ばれた転生者。




