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犬の獣人 カニスアミークス

誓断輪廻せいだんりんね 転生した異世界で課せられたルール。最後の一人が決まるまでにしていけないこと。『人殺し、死、自殺』


俺が転生した先は、カニス・アミークスという犬型の獣人種だった。 名前の由来はわからない。かなり古い時代からこの名前が使われているらしく、「カニス」と略して呼ばれている。


見た目は人間とそんなに大差ないが、違いがあるとしたら、耳が頭頂部にあり、尻から尻尾が生えていることだ。 また、手のひらに肉球があり、人間より手先は不器用なようで、物作りは得意ではない。 だが、人間より力は強く、嗅覚や聴覚は犬と同様で、身体能力は人間より優れている。


手先の不器用さだけは困るが、それ以外はあまり困っていない。 違和感があるとすれば、味覚が人間ほど鋭くないということくらいだ。


最初は獣人に転生したことに困惑した。特に驚いたのは成長の早さだ。


俺がこの世界に生を受けてから、おそらく四年ほどたっている。 今の俺は人間なら八歳程度。人間の倍の速度で成長する体だが、困ってはいない。 むしろ人格は前の世界のままなので、今は年相応のフリを無理して演じている。 このまま人間より早く体が大人になってくれれば、この嘘くさい演技もすぐに終わるだろう。


あの女神は、この世界に転生したあと「逃げ続けていればいい」と適当に説明しただけで、不安しかなかった。 だが、もしかしたら杞憂だったのかもしれない。俺にとっては、むしろこの世界の方が幸せだと思える。


その理由は――


「シア〜ン! 夕飯だからもう帰るよ〜」 「わかったよ、お母さん〜」


家族がいること。


前の世界に家族はいなかった。 両親は俺が物心つく前に他界し、唯一の身内である祖父が俺を引き取って育ててくれたが、その祖父も俺が十八のときに逝去した。 それから数年間、天涯孤独に過ごした俺にとって、この世界は優しさに包まれていた。


「シアン、はい」 俺の前で膝立ちになり両手を広げている、白く美しい髪の女性が母――スピッツと何かのミックスのカニス、名前はカーネだ。 そして、この世界での俺の名前はシアンだ。


シアン「……」 カーネがしたいことはわかる。おそらくハグだ。正直、恥ずかしい。だって俺は今まで女性に抱きつかれたことがないから。


カーネ「早く! シアン! はい! ほら! お母さん寂しいから! ね!?」 ああ、カーネが妙にテンション高い。こうなると厄介だ。


シアン「……///」 観念してカーネの腕の中に入る。この温もりは好きだ。だが、まだ照れくさい。


カーネ「ぎゅ〜〜〜〜〜〜〜」 シアン「お母さん、苦しい…」 カーネ「お母さんを寂しがらせたから、三割増しでギューしちゃうもん」


三割どころか倍は力を入れている気がするが、それも愛情だと思うと嬉しい。


カーネ「それにしてもさ〜、もしかしてシアンもお父さんと一緒で女の人苦手なの?」 苦手というか、あまり関わったことがないから接し方がわからない。カーネは母だから異性として意識していないし……父さんも女性が苦手なのかもしれない。


シアン「…わかんない」 今まで関わりが少なかったことを言い訳すると変に思われるかもしれない。だからこういうときはいつも「わからない」としか答えない。


カーネ「お母さん相手に恥ずかしがることないでしょ!? シアンはお父さんとお祖父ちゃんばっかりに懐いちゃって! もっと『ママ〜大好き〜』とか言って欲しい〜!!」


そんなこと言う息子がいるだろうか。いや、いるかもしれない。俺は絶対そんなことは言わないけど。


カーネ「あ、また黙って下向いて考えてる! そういうとこ昔のお父さんに本当にそっくり〜。話しかけるまではじっと何か考えてて、いざ話しかけたらモジモジしちゃうの。最初は変な男って思ってたんだけどね」 父の昔話はよく聞かされる。理由は単純で、カーネは父のことが大大大好きだからだ。要するに過去話風の惚気である。


カーネと手を繋ぎ、父と母の昔話を聞きながら家路につく。


カーネ「シアンは今日何食べたい?」 シアン「お母さんのご飯ならなんでもいい」


その返事にカーネは「うわぁっ」という顔をしている。え? そんなにまずい返事だろうか。


カーネ「そういう返事の仕方もお父さんそっくり……私に似てる要素どこ!?」 そういうことか。そんなに似てるとは思わないが、俺は前の世界の人格を引き継いでいる転生者だ。似ているはずはない。


カーネ「ちなみにシアンくん? その返事は今のうちにやめましょうね? 将来お嫁さんができたら困らせるだけだから」 ああ、そういう“あるある”か。ここは素直に。


シアン「うん。わかった」 と答えるだけだ。自分に将来お嫁さんができる未来なんて想像できないけど。


家に着き、カーネは料理を始め、俺は簡単なお手伝いをする。 孤独な生活をしていた俺だが、家事スキルは高くない。誰にも何も言われない生活だと、最低限のスキルはあってもそれ以上を伸ばす気力は湧かない。俺にはそんなやる気がなかった。


だからここでのお手伝いも、せいぜい食器を運んだり井戸の水を汲むくらい。余計なことはしない。


この世界は、俺がいた世界より文明が遅れている。 井戸が村の水源で、水道はまだ通っていない。 文明レベルを簡単に言えば中世ヨーロッパ程度――異世界転生ものでは定番の世界観だ。


俺が生まれたのはプリムスの村。それは、地図のはずれ、森の近くにある辺鄙な場所だ。 ここには犬の獣人カニスだけでなく、人間も共生している。 カニスと他の種族が共生する村や街はほかにもあるらしいが、この村の特徴は『狩りで生計を立てていること』だ。


カニスが大森林に入り狩りを行い、人間がそれを捌き、毛皮や骨、肉を城下まで運んで売る。 手先は不器用だが、森の中でも迷わないカニスと、加工や交渉が得意な人間が協力し合い、種族が違っても共生が成り立っている。


村は至って平和だ。 人間とカニスが喧嘩することはあっても、それは個人同士の衝突であり差別はない。 基本的にはお互いを尊重している。


俺はこの村が好きだ。 みんながやることを持ち、忙しそうだが充実しているのが伝わる。 前の世界も表面的には平和だったが、他人と関わらない俺には虚無に近かった。


だがここでは家族がいて、やることがあって、大人になったら何ができるのかと期待が持てる――そんな幸福があった。


あの女神が説明していたルール――


ルール其の一 他の転生者たちより先に死んではだめ。 ルール其の二 辛くて逃げたくなっても自殺してはだめ。 ルール其の三 この異世界転生ゲームが早く終わるように、相手を殺してはだめ。


考えてみれば、自分から争いに飛び込む必要はない。 転生者同士が何もせずに平和を謳歌すれば、いつか勝手に終わるのではないか――と、愚かにも俺はそう思っていた。


この日までは――。


平和だったプリムスの村が燃えている。 平和だった村は地獄に変わっていた。 その時、ふと横を見れば、たくさんの仲間たちが倒れている。 カニスも、人間も、例外はない。 なぜこんなことになったのか、なぜこんな残酷なことをするのか、理解が追いつかない。


ただ、この時、俺が理解したのは――俺は女神が説明したルールを本当には理解していなかったということだ。


ルール其の一 他の転生者より先に死んではだめ。 他の転生者が脱落しない限り、このゲームは終わらない。 だから他の転生者を早く脱落させるために争いを起こし、巻き込むのは常套手段だ。


ルール其の二 自殺してもだめ。 争いが起これば失うものも出てくる。 争いごとが苦手な俺みたいなやつは逃げるしかないが、逃げ道を塞がれ追い込まれ続ければ最後に選ぶ手段がある。 殺さずとも、状況が勝手に脱落をもたらすことがある。


ルール其の三 相手を殺してもだめ。 そして最後に一番厄介に思えるルールだが、これには簡単な「攻略法」がある。 それは、自分ではなく()()()()()()()()()()。 それはこの世界の住人でも、他の転生者でも構わない。 争いの火種を起こすだけ起こし、巻き込まれた相手はルールという足枷に気を取られ殺されるか、あるいはルールを破って相手を殺し――脱落する。 静観していればいいのだ。


転生したあと、何が許され何が許されないのか。 そのことをちゃんと聞こうとしなかった俺は本当に間抜けだ。


そして俺は女神に言われたように、逃げ続けるしかなくなった。 死ぬのも怖い。諦めて地獄に落ちるのも怖い。 だからといって相手を殺すなんてもっと怖い。


言葉通りに尻尾を巻いて逃げ出した俺は、ただの負け犬だった。


大好きだったプリムスの村は、俺の幸福と共に燃え、灰になって消えた。


俺はこの日、初めて誓断輪廻の本質を知った。 このゲームは、転生者の蹴落としあいを観察するゲームなのだと。

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