衣服
誓断輪廻 転生した異世界で課せられた転生者たちのルール『人殺し、死、自殺』
カニス 正式名称 カニス・アミークス この世界での犬の獣人種の名称
絶対みんなに怒られる…
あの夜どれだけ仲間達がこの人に敵意を向けていたのかこの人は忘れてしまったのだろうか?何回も「会うのは無理だと思う」って言っても、「今日は大丈夫やから安心しぃ」の一片張りで強引についてきた…
しかも「これ?必要やろ?」とカバンの中からあんなものまで出してきて…
あんなもの見せられたら来ないでくれなんて言えない。
お願いだから喧嘩や殺し合いなどに発展しませんように…そう祈りながら洞穴に戻ると…
カーネ「おかえり〜シアン…ってなにそのおっきい馬!晩御飯捕まえてきたの!?」
こっちの緊張とは裏腹に、カーネは少しおバカなことを言っている。
こんなでかい馬どうやって捕まえるのさ…
リオン「こんばんは〜奥さん」
カーネ「え?あっ!あなた!あの夜の人じゃない〜!?なんでこんなとこにいるの!?その馬くれるの?」
リオン「なんでやねん!あげへんわ!」
あれ?普通に会話している…?いや、カーネはあの夜もこの人とは普通に会話していたか。だからおかしくはない。問題なのは
「なんだ?」「おい、あれって…」「!!?」「あの夜のやつだよな?」
流石にこの男とこの馬は目立ちすぎるからすぐにみんな集まってきた。
最初はみんな驚いているがここからだんだんとみんなの様子が…
あれ?みんな様子が変わらない…?警戒はしてるものの誰も牙を剥けたりしていない。俺の考えすぎか…?いや、それともあの夜が特殊すぎたのか…?
確かに村を襲われてみんな怯えや殺気立っていた。
その状況で森から現れた浮世離れしたこの人に動揺して混乱していたのかもしれない。
だけどそれならなぜ、あの人は今日は大丈夫と言ったんだろう…
よくわからないが、みんなが殺意を向けないならそれでい、「シアン」
後ろから名前を呼ばれた。普段ならその声の持ち主に呼ばれれば、喜んで後ろを振り向くのに、今は尻尾から首筋まで悪寒が走ったような気がして振り向きたくない。
マット「どうしてその男がいるか。説明してくれるね?」
いつもの冷静沈着なその声から、少し怒りを感じ取ったからだ。
リオン「お久しぶりです〜シアンくんのお父さん」
マット「……なにしにきた?」
まずい…あの夜ほどの敵意はないがマットはこの男のことを全く信用していない様子。説明しなきゃ…
シアン「あ、あのね…お父さん…その…」
普段とは違うマットの雰囲気に飲まれてうまく説明できない。ああ、このままだとせっかく思いついたいい案まで話せないまま終わりそう…
リオン「森の中でたまたまシアンくんと会いまして〜ほな、みんなのとこ連れてって〜って僕が無理いうたんですわ〜シアンくんを叱らんとってあげてください〜」
マット「シアン…?本当?」
他にも色々話したし隠している部分はあるがリオンが言ってることに間違いはない。
俺は無理だと思うと言ったのについてきたのはこの人なのだから事実ということで首を何度も縦に振る。
マット「そっか…シアン…知らない奴がいたら急いで逃げなきゃだめだよ?」
ソラを抱えてたからとかマコトが寝てたからとか言い訳はできそうだけど、それよりも得た情報の方が大きいから言い訳はしない。「はい…」とおとなしく返事をする。
マット「で?お前はここになんの用がある?」
カーネ「ちょっとマット〜あの夜助けてくれた人に失礼だよ〜?ごめんね?お兄さん。この人結構警戒心強くて〜」
リオン「ええってええって〜!森の中でこんないい男と遭遇したら誰だってたまげて警戒してまうわ〜しゃーないしゃーない」
さっきもそうだが自画自賛がすごいな…確かに顔はいいし、女の人にモテそうだけど…
マット「……」
マットの機嫌がさらに悪くなった気がした。だがマットが取った行動は俺もリオンも想像していないことだった。
リオンの隣を通り過ぎ、カーネの隣にたったマットはぐいっとカーネを自分の方に引き寄せ抱きしめる。
マット「俺の大切な嫁に色気使うのはやめてくれ」
リオンは口を開けて驚いている。かくいう俺も…
この人に対して警戒しているのもあると思うが、機嫌が悪くなった理由がまさかカーネがリオンと話していることへの嫉妬…?
しかも公衆の面前でそんな大胆なことをする人だとは思わなかった…
ああ…カーネの尻尾が千切れちゃうんじゃないかというほど左右に振れている。
リオン「なんや…なんやそれ…イチャイチャするために人のこと利用しとるやん…シアンくん!キミのお父さんなんなん!?」
なんなん言われても、知りません…ラブラブおバカ夫婦です。
リオン「この様子だと近いうちにまた一人、妹か弟できるんちゃう?」
シアン「えぇ…?」
いや流石にそんなわけ…ないともいえない…この二人の仲の良さ的に…
マット「それはないよ。ここは俺たちの一時的な拠点でしかないしもうあんまりここに留まることもできそうにないからね」
あ、そうか。そうだった。
俺たちは早くここを離れなければならないんだった
だから3人目の子供とかは安心して定住できる場所を見つけるまではない
リオン「あ〜そうやったね。息子さんから話は聞いてますよ」
マット「シアン。話したの?」
シアン「うん…」
やっぱり話すべきではなかったのだろうか?いやでも今は藁でも掴みたい状況。
この人の匂いを辿るのは今の俺たちには一縷の希望なのだから、説明するのはしょうがない。
リオン「それも僕が問い詰めたんよ。それよりお兄さん。マットさん呼ばせてもらいますね?マットさん、息子さんからおもろい提案ありますよ?」
いや、ちょっと待って。マットにその話をしようとは思っていたけど、まだ覚悟ができてないん。この人ほんと自分のペースで話進めるなぁ!
マット「提案?」
シアン「お父さんもわかるでしょ?この人から感じる強烈な匂い」
マコト「臭いやつ」「臭ない」
なんかリオンの匂いのこと言うと、マコトとリオンの漫才みたいなの始まるな…
今はいいか…
シアン「この強烈な匂いは森の中で簡単に消えると思えないから、これを辿ればこの人が来たというエルデの村ってとこまで辿り着けるんじゃないか?って」
話し終えるとマットは黙っている。反応が返ってこないから俺も少し不安になるが、俺にはもうこれ以上の案は思いつかない。もしこれをリーダーであるこの人が却下するのであれば、それは仕方ない。
マット「シアン」
マットが俺の名前を呼び、案の合否より先に出したのが大きい手だった
その手は俺の頭の上まで伸び、俺の頭が揺れるくらいゴリゴリと撫でてくれた。
マット「すごいね。そんなこと思い付かなかったよ」
正直言うと少し痛い。子供に対しても手加減が下手くそだとソラに嫌われてしまうぞ!とも思ったが、その不器用なところがこの人らしくて好きだし、痛みを忘れてしまうくらい、褒められるのが嬉しかった。
リオン「なんや、親子のええシーンやん。水を刺して悪いんやけど僕からも提案してええ?」
うん。ちょっと泣きそうになっていたが、この人が空気を読まないおかげで涙が引っ込んだ。
マット「そっちの提案?」
リオン「ちょっと待ってえや」
リオンは馬からおり、馬の背に括られた大きな袋を下ろし、俺たち群れのちょうど真ん中に立ち、中身を広げ始めた。
リオン「じゃじゃ〜ん!あんたら欲しいやろ?新しい服」
リオンが俺たちに見せたかったもの…それは生活に必要な衣食住のうちの衣服。
食は狩りで賄える、住居も洞穴でどうにかなっていた。だけど衣服だけはどうしようもなかった。俺たちは狩りで獲物から皮は剥ぐことはできても、鞣してから衣服まで加工する技術力がない。
原始人のように皮を体に巻くだけならできるがやっぱり袖はちゃんと通したいし、これから冬が来る。ちゃんとした服は今の俺たちにとってはとても貴重だ。
だからこのリオンのこの提案はとても助かるが…
しかしリオンは慈善でここまできたわけではない。何か対価を支払わなければいけないはずだ。
マット「確かにその服は欲しい…だけど俺たちはお前が欲しがっているものなど持っていはいないぞ?まさか…」
リオン「なんや?あんたの奥さんや子供よこせって僕がいうと思っとるん?そんなんならあの夜にみんな攫っとるわ〜!」
確かにそうだ…今俺たちを襲うなら、あの日助けた意味がない。
リオン「あんたらの村がなくなってもうて森で狩りをする人が今おらんねん。そのせいで魔獣の皮の価格が高騰しとってな、この服と獣の皮を物々交換せえへん?どうせあるんやろ?あんたら生き物を狩る時、骨まで無駄にはせえへん種族って聞いとるし」
なるほど…プリムスの村は小さい村ではあったが自給自足だけではなく
皮や骨なども産業として王都に売っていた。その産業が壊滅したから価格が高騰。すでに加工してある服よりも、加工前の皮のほうが高く売れるから交換しようという提案か。
森の中に入り狩りをできるのは匂いで森の中を迷わないカニスだけとグランじいちゃんは言っていた。人間が森の中に狩りに入っても迷って野垂れ死ぬだけだって。
……ならなぜこの男はこの森の中にいる?
再会した時『ここどこやねーん!』と叫んでいたから迷ってはいるのだろう?
だけどこの男は森の中で迷い困り果てているような雰囲気はない。
しかもエルデの村という場所を出たのは一ヶ月も前の話ではないか…
わからない…
話しやすい雰囲気がある男だが底が見えない。
この人は異世界人であるのに、この世界に対して全く戸惑っていない。
マット「そういうことか…わかった。皮は確かに貯めてあるから今持ってくるよ」
マットが洞穴の中に皮を取りに行っている間にみんながリオンに話しかけ始めた。
初めて会った日にはものすごく警戒していたはずなのにそれが嘘のように、みんなと談笑を始めている。その姿を見た時、そのコミュ力にすごいという感想と少しだけ怖いと思ってしまった。まるで自分とは真逆の人物。
しばらくするとマットが大量の皮を抱え戻ってきた。
マット「今貯めてある皮はこれで全部だ。だが全部持っていかれるのは少し困る。俺の息子が提案してくれたとても素晴らしい案、それを決行するためには夜、野晒しで寝ることもあると思う。だから寝る時に雨風を凌ぐ分の皮は残してほしい。それ以外の皮は全部持って行ってくれて構わない」
リオン「ごっつあるやん!こんな持ちきれへんから欲しい分だけ持っていくわ」
マット「あと骨とかもあるがそれはいらないのか?」
リオン「嵩張るから骨とかはいらん〜!なんか作ったらええやん武器とか。そういやごっつでかい熊あった時どないすんの?」
マット「それは…」「あ〜!子供用の服まである!なんで!?けどすごい助かる!!嬉しい〜〜!!」
え?子供用の服まであるの?流石に用意が良すぎないか?
まさか本当は俺たちのことを追ってきたとか…
リオン「ンフフ〜流石やな奥さん。それを見つけるとは…まあ本当は服屋さん始めよ思うて色んな服かき集めたときに余った在庫処分のやつなんやけどな。なぁなぁ?どう思う?カニスだけやない。人間もドワーフもエルフもいろんな服着とるけど、種族によって衣服固定しすぎやろ?人間がエルフの服きたってええやん?ドワーフがカニスの服着たってええやん?だから僕やりたいねん。いろんな種族が好きな服選べる服屋さん。めっちゃ楽しそうやし、めっちゃ儲かりそうや」
楽しそうだけど目がお金になってる気がする。
リオン「あの夜もそうやで?プリムスの村。めっちゃええ革が手に入る場所って聞いたから楽しみにして行ったのに、なんか村燃えとるし、人死んどるし…楽しみにしっとったのに台無しやったわ」
あの夜の出会いも、本当に偶然の出会いだったってことか…
リオン「まあそんなんええねん。とにかく今はこの皮を売ればまた新しい服仕入れられるしウハウハや〜そこにあるのは好きなだけ持ってって〜」
機嫌悪くなったり、良くなったり忙しい人だな…
マコト「ボクこれにする」
リオン「それ男の子用やん?それでええの?」
なにをおかしなことを言っているのだろう?
シアン「マコトは男の子だから別に男の子用でいいんじゃ?」
俺のその一言で周りの仲間たちがギョッとした表情で俺のことを見る。
「この子は何を言ってるんだ?」といったそんな表情で…
カーネ「シアン…?マコトちゃんは女の子だよ?」
シアン「え?」
リオン「うわ、シアンくん最低やん」
こっちの世界に来て、俺が一番最初にした大きな失敗。それがこれ。




