6.緊張と沈黙に挟まれて
馬車の扉が開かれると、脇からスッと手を出された。
「お待ちしておりました。ルシナ様。私は執事頭のジールと申します。ジールとお呼びください。お会いできるのを楽しみにしておりました」
壮年の色気を醸し出す執事頭は背筋がシュッと伸びて、白髪交じりで全体的にグレーの髪を後ろでかっちりと固めている。渋さと色気を兼ね備えたスタイルにドキッとしてしまった。
「ありがとう」
手を取って馬車から下りると、玄関の両扉がサッと開かれる。
そこから目に入った景色に息をのんだ。
広い大理石のエントランスフロアの中央には階段があり、その両脇を使用人たちがズラリと並び、頭を下げている。
使用人総出でと思われる人数での出迎えに、気後れして足がすくみそうになった。
「さぁ、前にお進みください。旦那様がお待ちです」
豪華な屋敷に一歩踏み出す。フワッと芳醇な花の香りが鼻孔をくすぐる。
白亜のエントランスフロア、床に敷かれたコバルトブルーのカーペットは階段の先まで続く。
「お待ちしておりました、ルシナ様」
「足元にお気をつけください」
使用人たちの微笑みで歓迎の意を示される中、足を進める。
これだけの大きな屋敷に豪華な調度品と使用人の数。いったい、どれだけのお金持ちだというのだろうか。
そして肝心のお相手はどこにいるのだろう。
もう、ここまで来たら覚悟を決めるしかない。
見た目が多少好みではなくとも、内面を見ればいいだけのこと。
年齢が上ならば、孫のような気持ちで接しよう。
スッと息を飲み、顔を上げる。
ふと階段の上にいた人物と視線が絡みあう。
相手は目が合うと、フッと微笑んだ。
「ルシナ嬢」
私の名が呼ばれた。
同時にコバルトブルーのカーペットの意味がわかった。
金髪に深い青の瞳、きっと彼の瞳に合わせた色だ。
スラッと伸びた手足に高い身長。高い鼻筋に、目力が強く、端正な顔だち。
私に視線を注ぐ彼こそが、私に縁談を持ちかけた本人なの?
こんなに素敵な人がどうして私に……?
想像とかけ離れた人物の登場に思わず見入ってしまい、立ち止まる。
だがそこでハッとする。
この人がどうして彼が私を選んだのか、裏があるはずだ。それがわかるまでは、心を許してはいけない。
そう、これは彼からみたら事業の一環なのかもしれない。貴族社会に足を踏み入れるという目的の。
相手はゆっくりと階段から下りてきて、私と対峙する。
こうやって見ると見上げるほど背が高い。
細身に見えて肩幅は広く、筋肉がガッシリとついている。
なによりも印象的なのが深い青の瞳。まるで吸い込まれそうな錯覚に陥る。
これだけの綺麗な青い瞳を見るのは初めてだ。
いや、待って。私、どこかで見た記憶が……。
ふと思いを巡らせていると声がかかる。
「遠路はるばるよく来てくれた」
彼の低い声を聞き、我に返る。
「はじめまして、ルシナ・アルベールです。本日はお招きありがとうございます」
「――はじめまして」
丁寧な挨拶をしたつもりだが、若干相手の声のトーンが下がったのが気になった。
「旦那様、応接間に紅茶を準備しておりますので、そちらにどうぞ」
ジールに声をかけられ、移動した。
案内された先の応接間は広く、豪華な調度品に囲まれていた。
大理石のテーブルに革張りのソファ。シャンデリアの輝きに反射してより一層輝く美術品。広い窓から光が入り込み、窓からは広い庭園が見えた。
「素敵……」
思わずポツリとつぶやいてしまった。
すると相手は気づいたのか、片眉をあげて微笑む。
「気に入ったのなら、良かった」
笑顔を向けられてドキッとしてしまった。
ソファに腰かけるよう勧められ、ゆっくりと腰を下ろした。
きっ、気まずい……。
初対面の相手と二人きり。それになぜか、相手は私のことをジッと見つめている。
対面になって座るが、会話に困った。
どう切り出せばいいの、縁談について。
聞きたいことはたくさんあるのに、頭の中がグルグルと混乱する。
「あの……ルシナ・アルベールです。改めてよろしくお願いします」
息をスッと吸い込み、挨拶する。
「ああ、俺はグレン・フォルカーだ。グレンと呼んで欲しい」
「では私のことも名前でお呼びください」
「わかった」
ポツリと一言だけ返ってきた。
その後の沈黙がいたたまれない。
まったく会話が弾まない。この空気、どうすればいいの?
戸惑っているとノックと共に扉が開かれた。
「お待たせしました」
ジールが紅茶のセットを乗せたカートを押して入室してきた。
良かった、第三者が入ってきてくれて。正直、この空気に慣れない。
心なしか彼もホッとしたように見えた。
「ルシナ様、甘いものはお好きでしょうか? サクサクのパイから、しっとりとした生地の焼き菓子などもお勧めです」
ジールは慣れた手つきで紅茶を淹れると、目の前の焼き菓子を勧めてくる。
「ありがとう、大好きです」
「それは良かったです」
手際よくお皿に並べられた焼き菓子に、勧められるままフォークを伸ばした。
クリームの甘さがくどくなく、ちょうどいい。サクサクの生地と果実の酸っぱさと相まって、いくつでも食べられる気がする。
「たくさんお食べください」
ジールがお皿にお代わりを乗せてくれたので、フォークを伸ばした。
「美味しいです」
頬に手を当て自然と笑顔になる。これだけの高級なお菓子を食べるのは久しぶりだからだ。そこでハタと気づく。
強い視線を感じたからだ。