63.感謝
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「はい、ユリウス。味見をお願いね」
ここはグレンに任されたお店の厨房。
お皿に盛りつけたのは、熱々のスープ。新鮮な魚介で出汁を取った一品。試行錯誤の末、やっと満足する味にできあがった。
「うん、美味しい!!」
ユリウスは満足そうに飲み干した。
「だけど、もう少しスパイスがきいた方が、パンチがあるかな? あと煮込みが足りない」
「わかったわ」
ユリウスを屋敷で預かることになって、まずはひと通りの仕事を任せてみた。
皿洗いをすれば食器を割り、ベッドメイキングはシーツがしわくちゃ。掃除をすればバケツをひっくり返す。どうしたものかと思っていると、意外にも味覚が優れていることに気づいた。
「俺はグルメな孤児で通っていたんだからな」
「そこ、自慢しないの」
胸を張るユリウスはシルビアに一喝されていた。
外が暗くなってきた頃、店の扉が開く。続いて体格のいい大勢の男たちがぞろぞろと入店してくる。
「おー。きたぞ。ルシナ嬢。なんだか面白いことを始めるみたいじゃないか」
「クロード船長」
今日はお世話になったクロード船長と船員の皆さんをお店に招待した。あの時のお礼をしたいとグレンにお願いし、彼らが陸に戻ってくるタイミングで声をかけたのだ。無事に航海が終わったことをねぎらう気持ちで開かれた催しだ。
グレンから任せられた店を貸し切りにし、今日はスイーツだけじゃなく、料理も振る舞う。せっかくだから私も一品ぐらい提供したいと思い、数日前からメニューを考えて何度か挑戦していた。
店に入ってきた中で見知った顔を見つけた。
「シド、タッグ!!」
名前を呼ぶと、二人ははにかんだ笑みを見せた。
彼らは今日はオシャレをしてきたのか、蝶ネクタイなんてつけている。
「俺たち、こんな、こじゃれた飯やなんて初めて入るから、緊張しちまって」
「今日は貸し切りだから、気にしないで過ごして」
船では皆さんにお世話になったのだから、そのお礼がしたいと告げた。
「あとこれ、俺たちから」
サッとさしだされたのは、花束だった。フワッと花の香りが舞った。
「ありがとう。とても嬉しいわ」
にっこり微笑んだ。
「うおー可愛いぜ、ルシー!!」
「陸に上がっても俺たちの女神だ!!」
シドとタッグは赤い顔ではしゃいでいる。
「そんな、言い過ぎよ」
だが、みるみるうちに彼らの顔が凍り付き、顔色が悪くなる。
「どうしたの?」
急に視線を逸らした彼らは、オドオドし始める。
異変に気付き、不思議に思って見つめた。
「よく来てくれた。今日はゆっくりしていってくれ」
その時、私の背後からスッと登場したのはグレンだった。
私とシドとタッグの間に立ちふさがった。
「聞けば、俺の妻が大変世話になったと聞いた。今日はその礼だ。たくさん食べて行ってくれ」
だが声が冷たく感じるのは、気のせいかしら。
そっと確認すると、グレンの言葉とは裏腹に顔は笑っていない。
これでは彼らが委縮してしまうのも無理はない。
「おい、グレン。お前、心の狭い奴だな」
クロード船長にも笑われた。
「なんのことだ」
むっつりと押し黙ったグレンはクロード船長に肘で小突かれた。
そしてクロード船長の背後から、ひょっこり顔を出した人物がいた。
「マルコ!!」
「ルシー!!」
私たちは手を取り合って再会を喜ぶ。
「元気だった? マルコ。ちょっと日焼けしたんじゃない?」
「うん。海の上は日差しが強いからさ。ルシーこそ、元気そうで良かった」
ニコニコと笑うマルコを見ていると船で過ごした日々を思い出す。
閉じ込められた時はどうなることかと絶望したが、マルコにはすごく助けられた。今となっては楽しい思い出となっているから不思議なものだ。それもマルコを筆頭にクロード船長、そしてシドとタッグ。皆のおかげだ。
「今日は好きなだけ食べてちょうだい」
「うん、楽しみにしてきたんだ」
マルコはお腹をさすった。
皆が気取らず好きな料理を取って食べれるように、大皿で取り放題の立食形式だ。
「すっごい、美味しそうなごちそうばかり。いいにおい!!」
「良かった、たくさん食べてね。お口に合うといいのだけど」
店の料理人たちが張り切って品数多く、作ってくれたのだ。
「うん。シドとタッグの昔の料理に比べたら、どんな料理でも美味しく感じるよ」
周囲がドッと笑いに包まれた。
「ねぇ、ルシー。あのスープは?」
「ああ。私が作ったの」
さっそくマルコはスープを皿によそった。お口に合うかしら? ドキドキしながら見守った。
「美味しい。それにこの味、懐かしい」
マルコの顔がパアッと明るくなる。
「気づいた? あの船で皆と作った味に少しアレンジを加えたの。名付けて『魚介仕立ての船員たちのスープ』よ」
船で皆と一緒にわいわい作ったあのスープは、思い出の一品だ。