62.告白
父とマリアンヌの帰宅を告げる馬車の蹄の音が聞こえると、強張っていた体から力が抜けた。
これで終わったんだ……。
ソファに深く腰掛け、背もたれに寄りかかった。
グレンがスッと側に立つ。その顔は険しい。
「船に閉じ込められたのは、マリアンヌのせいだったのか」
私に対しても怒っているのだろう。顔がゆがんでいる。
「なぜ、黙っていたんだ!?」
グレンはソファに腰を下ろし、詰め寄ってきた。
「ごめんなさい。心配かけてはいけないと思って――」
「そうじゃない!!」
グレンは大きくかぶりを振る。
「俺がどんな思いでいたかわかるか? 君を失ったらと想像するだけで、恐怖と絶望を味わった。それが身内のせいだったなんて……」
グレンは片手で顔を覆った。
その様子を見て、胸が締めつけられた。自然と手が伸び彼に触れると、ピクリと震えた。
「ごめんなさい。家族の問題に巻き込んではいけないと、自分で解決しようとしたの」
自分一人で話し合おうと決め、結局は彼に余計な心配をかけてしまった。
申し訳なさで顔がゆがむ。
「心配させてごめんなさい」
グレンの首に腕を回し、ギュッと抱き着いた。
自然と涙があふれる。
「家族だからいつか話せばわかってくれるという、おごりもあったのだわ。だけどマリアンヌと、彼女をかばい続ける父とも、もう距離を取るわ」
こんなにも心配してくれる人が他にいるだろうか。
グレンの耳元で決意を告げた。
「私の家族はグレンよ。あなたさえいれば、もう他にいらないわ」
グレンはビクリと震えた。
背中に回された太い腕、私を絡めとり、拘束する。
「これからは隠し事をしないと誓うわ」
息もできないほど力強く、抱きしめられた。
「ルシナ……」
やがて腕の力が緩む。そっと顔が近づき、至近距離で見つめあう。
青い瞳は情熱の炎を燃やし、私だけをその瞳に写す。
胸がドクンと高鳴る。そっと瞼を閉じると、顎に指がそえられ、顔をクイッと上げた。そして唇に柔らかな感触をうけた。情熱的に私の口内に侵入し、まるでむさぼりつくされるように激しい。
グレンの息遣いが徐々に荒くなっているのがわかった。私もこたえようと必死だ。
ソファにそっと押し倒され、深い口づけは続く。
やがて唇が首筋にあてられる。背筋がゾクゾクときて、体の芯が熱くなってくる。頭がボーッとして、なにも考えられなくなる。
組み敷く彼は私をジッと見つめた。官能的な雰囲気を放ち、私の頬に指を滑らせる。
「ルシナ、愛している」
彼の告白を聞き、胸が震えた。
「私も愛しているわ、グレン」
潤んだ瞳で精いっぱいの言葉を紡ぐ。
「ああ、クッソ」
グレンが頭を抱え、髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。
「このまま抱きつぶしてしまいたくなる」
グレンの言葉を聞き、我に返る。
「だ、ダメ……!!」
グレンの一言で我に返る。
まだ外は明るい。それにここは客室。
乱れた服を手で直し、体勢を整える。
「なにを言っているの。こんな場所で」
「ここじゃなきゃいいのか? じゃあ寝室は? 移動するか」
グレンは引く様子を見せず、にじり寄ってくる。逃さないという気迫さえ感じる。
「だ、だめ。それにグレン、体に痕をつけたでしょ?」
「痕?」
グレンは一瞬、不思議そうな顔をした。真っ赤になりながらも反論する。
「全身に真っ赤な痕がついていたわ。私これじゃあ、恥ずかしくてシルビアに入浴の手伝いを頼めない」
首元を隠さなきゃいけなくて、着替えに困ると訴えた。
グレンはようやくピンときたようだ。
私の髪をひと房手に取ると、チュッと口づけを落とす。
「じゃあ、俺が手伝おうか?」
「そういうことじゃなくて!!」
クスッと笑う彼の余裕そうな態度が憎たらしい。
「あまりにもルシナが可愛くて自分が抑えられなかった。だが次からは安心してくれ」
とりあえずは彼に通じたと思い、ホッとしたのもつかの間、
「目立たない場所につける」
「ち、違うでしょ~~!!」
なおもグイグイと迫ってくるグレン。
真っ赤になり、彼の頬を両手で挟んだ。
「と、とにかくダメ!! 明るいし客間よ!!」
こんな客室ですることではない。ジールやシルビアに会わせる顔がない。
グレンは渋々と体を起こした。どうやらあきらめてくれたようだ。
「じゃあ、ここじゃなくて、夜ならいいんだな?」
「えっ?」
「そういうことだろう?」
グレンはニヤリと笑う。だが目の奥で光る、獰猛な野獣のような輝きは失っていない。
まさか、また今夜も……?
目を回して返答に困っていると、グレンがすっと腕を伸ばし私を引き寄せる。
「仕方ない、夜まで我慢するか」
そう言うと唇を重ねようと、顔を近づけてきた。
その時、勢いよく扉が開く。
「湯を浴びてきた!! それで俺の仕事はっ!?」
髪が濡れたままのユリウスが飛び込んできた。
「こら~~!! いきなり扉を開けてはいかん!!」
続いてジールの怒声が響く。ユリウスの首根っこをつかんだジールは私たちに気づくと、ハッと目を見開く。
「失礼しました」
ぺこりと頭を下げた。
「わ、なんだ。話はまだ終わっちゃいないぞ!!」
「いいから来るんだ!! まったく、お二人のいいところを邪魔しちゃいかん。そんなことでは、この屋敷においてはおけないぞ!!」
ジールに叱られながら、部屋から引きずり出された。
一瞬の出来事であっけに取られていると、グレンがつぶやいた。
「あいつは……鍛えがいがありそうだな。厳しくしつけてやる」
目を細めてるグレンを見て笑う。
「お屋敷が明るくなりそうだわ。厳しいだけじゃなく、優しくしてあげて」
そっとグレンの手の上に、両手を重ねた。
「これからのこと、考えてあげないとね」
引き取ると決めたからには、最後まで面倒を見てくれるだろう。グレンの優しさを知る私はクスリと笑った。