61.二つの選択肢
グレンに顎で指示されたマリアンヌは大人しく従い、青白い顔でストンと腰を下ろす。
「一つは結婚すること」
「結婚!?」
マリアンヌも驚いたが、私も同じ気持ちだ。グレンの顔をバッと見つめた。
「相手はアルベール家と対等である貴族だ」
結婚っていったいどういうこと? 没落寸前のアルベール家にそんな良縁があるとは思えなかった。眉をひそめる私とは反対に、マリアンヌの瞳が輝きだした。
「ただし、年齢は親子ほど歳が離れている」
「えっ……」
マリアンヌの表情が一瞬にして曇る。
「背は低いし、肥えてはいる。加えて頭皮も薄く、見た目は決していいとは言えない。だが財力は申し分ない。若い女性を好むから、上手にねだればドレスや装飾品などは買ってくれるはずだ」
「じょ、冗談じゃないわ! この私がなんでそんな男と結婚しなければいけないのよ!?」
「そうか。嫌ならやめろ」
あっさりとグレンは引き下がった。
長い足を組み、ゆったりと構えた。
「俺は今後、アルベール家への援助を一切断ち切る」
「えっ……」
今度、声を出したのは父だった。
「それはいったいどういう意味でしょうか?」
見るからに動揺している。
「そのままの意味だ。今までしてきたアルベール家への援助を止める」
「そ、そんな……」
グレンの言葉で、実家がグレンから多額の援助を受けていたのだと知った。
それを当たり前のように受け取っていたのだと思うと、申し訳なくて恥ずかしくなる。
「俺は見ての通り、商売人だ。だから物の価値をよくわかっている。だからこそ、アルベール家で価値があり、宝石だとまで自負するお前を、最高の高値で売りつけてきたんだ」
グレンはせせら笑う。
「……で、どうするんだ? このままでは価値が下がる一方だぞ」
マリアンヌはうつむき、プルプルと肩を震わせ、涙をにじませている。
プライドの高い彼女にとって屈辱なのだろう。
「あと、もう一つの選択肢がある」
グレンがスッと指をたてた。マリアンヌは息をのみ、見守っている。
「労働することだ」
「この私に働けとおっしゃるの!?」
マリアンヌが激高する。
「やる気があるなら、俺の店で使ってやろう。むろん、賃金は出す」
「い、嫌よ!!」
マリアンヌは立ち上がる。
「お父さま、帰りましょう!! こんなところにはいられないわ」
「だ、だが……」
「早く帰りましょう!!」
激怒して部屋を出ていこうとするマリアンヌ。グレンはゆったりと足を組み、表情には余裕がうかがえる。
バタバタしているとジールが顔を出した。
「ジール、お帰りだ」
「はい、グレン様」
グレンはフッと笑う。
「このまま没落の道をたどり、住む場所もなくなった挙句、娼婦にまで身を落とす場合もあると考えないのか?」
マリアンヌの喉の奥からヒッと声が出た。
「考えが甘いようだが、はっきり言ってやる。アルベール家はもう、破滅寸前まできていると肝に銘じたほうがいい」
グレンの冷たい声色がマリアンヌを追い詰める。
「別に無理強いするわけじゃない。よく考えるんだな」
フッと笑うグレンをにらみつけたマリアンヌ。
「お父さま、行きましょう!! こんな下品で野蛮な方と話なんてしていられないわ。頭がおかしくなる」
「おや? 俺と話す前から、すでに頭がおかしいと思ったが?」
ストレートに嫌味を言うマリアンヌに、グレンは決して負けていない。
彼の態度を見ていて思う。今までは私の妹だから、優しく接していたのだと。
自分の力でここまで成り上がるには、時には非情になることもあったのだろう。敵だとみなした相手には容赦がない。
スッと立ち上がるとマリアンヌに近づいた。
「ルシナの妹だから、まだ温情をかけてやったつもりだ。そうじゃなければ、とっくに報復していた」
冷え冷えとする声に放たれる威圧感。到底反論できる余地はない。
「今後一切、ルシナに手を出すな。最後の忠告だ。これを破ったのなら、次はない」
父は青ざめているマリアンヌの腕をつかむ。
「き、今日はこれで失礼します」
無理やりマリアンヌを引っ張った父は、そのまますごすごと退室した。