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58.嫉妬

 なんだかグレンの態度を見ていると、よくこのお店に来るのかしら。そんな風に思えてしまう。


 でも特別甘いものが好きだったわけでもないし、誰と来ているの?

 ここは女性を連れてくるのに、うってつけのお店じゃない。


 なんだか胸の奥がモヤモヤする。


「紅茶とスコーン、それにラズベリーのパイにクリームを多めに添えて」


 一方グレンは私の心中を知らず、給仕の女性に注文する。

 私の好みを熟知しているが、メニューにも詳しいようだった。


「あの、グレン……」


 グッと唇を噛みしめ、彼の顔を見つめる。


 ん? と小首を傾げて私を見つめるグレン。端正な顔立ちがなんだか憎たらしく見えるのは、気のせいではないはずだ。


「言っておくけど――」


 コホンと咳払いする。こんなことは最初が肝心だ。


「私、あなたの女性関係に口をはさむ気はなかったの。……最初はね」


 だってこんな気持ちになるとは、あの頃は想像すらしていなかった。

 目を真っすぐに見て伝えなければ。


 グレンは口をポカンと開け、私をまじまじと見つめた。

 だけどここまで口にしておいて、怖気づいてなるものですか。


「こんなに可愛らしいお店にエスコート、慣れている風だったけど、誰と来たのか、過去は聞かないわ」


 そう、大事なのはこれからだ。昔のことはあえて問い詰めないことにする。気になるけど、聞いてもいいことはない。


 そこで勢いよく、ビシッと指を突き付けた。


「だけど、もうダメだから!! この店も、ほかの店にも女性と二人っきりで来るのは。一緒に行くのは私だけって約束してくれる?」


 言った、言ってやったわ……!!


 面倒くさい女だと思われるかもしれないが、はっきりさせておきたい。嫌なことはきちんと話しておかないといけないと学んだ。


「……は」


 グレンは呆れたのか、顔を少し上げ、急に顔をくしゃりとゆがめた。そして声を上げて笑い出した。


「俺が? 女を連れてだって?」


 やけに愉快そうな様子に内心面白くはない。


「そうよ」


 キッパリと言い切った。

 自分でも驚くけど、案外嫉妬深い性格だったみたいだ。


「まいったな……」


 顔の半分を手で覆うグレンは、肩を揺らした。

 笑われていることにムッとしていると、グレンは笑いを止め、両手を組んだ。


「他の女なんていないさ」


 キッパリと言い切った。その様子に嘘はないのだと思えた。これ以上追及するのは止めようかしら。


「じゃあ、なぜ何度も来た様子なの?」


 追及するのは止めようと思ったくせに、口から出たのは別の言葉だった。


「ここは俺の店だからだ」

「そう、あなたの……えっ!?」


 驚いて目をパチパチと瞬かせた。


「ここだけじゃない、この並びにある飲食店の三軒と裏通りにある装飾店もだ」

「し、知らなかった……」


 それならば詳しくて当然と思えた。

 やだ、私ってば早とちりして恥ずかしい。真っ赤になり、頬を抑えた。


「そうだったの。勘違いしてごめんなさい」


 謝罪するもグレンは気を悪くした風ではない。むしろ、声を出して笑い、上機嫌に見えた。


「で、本題はここからだ。この店をやってみないか?」

「私が……?」


 驚いて聞き返すとグレンは静かにうなずいた。


「以前、事業をやってみたいと言っていただろう?」


 確かに言ったわ。お金を稼いでみたいと。彼は覚えていてくれたんだ。


「手始めに店の運営を任せる。悩むことは専門家に相談するもいいし、俺に聞いてくれ」

「いいのかしら……?」

「ああ、人を雇うのもすべて、好きにやってみるといい。ここは俺の店でもあるが、ルシナの店だ。困ったら俺の名前を出せばいい」


 この国で女性が事業をするのは、まだ偏見がある。

 それなのに彼は、自分の名を使ってやっていいとまで言ってくれる。


「ありがとう。私、頑張るから」


 まずは勉強し、グレンに教わることから始めよう。


 やがて運ばれてきた焼き菓子と紅茶を堪能する。サクッとしたパイに舌鼓を打つ。

 紅茶のカップを手にし、その香りにホッとする。


「――逆に質問なのだが」


 グレンがカップを手に持ちながら、首を傾げた。


「俺はそんなに他の女性を連れ歩いていそうなのか?」


 唐突な質問に私が慌て、カップをひっくり返しそうになった。


「えっ、そ、それは……」


 口ごもり、目をさまよわせてしまう。

 するとグレンは大きなため息をつく。


「どうやら俺の愛情が疑われているみたいだな」


 ゆっくりとカップをテーブルに置くと、手を組んだ。


「ーーこれから、わからせるしかないな。じっくりと」


 グレンは目を細め、不敵な笑みを見せる。


「お、お手柔らかにお願いします」


 そう答えるのが精いっぱいだった。


 まるで捕獲者のような鋭い目を向けられたら、ひとたまりもない。ガクガクしているとグレンはフッと微笑む。


「だが俺が他の女性と仲良くしていると思い、嫉妬か……」


 それからもグレンは頬を染め、なにやらつぶやいた。


「可愛すぎる……」


 グレンったら、真顔でなにを言っているの!! こっちまで恥ずかしくなるじゃない。


 その発言を聞き、ポッと頬が赤くなってしまった。

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