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57.知らなかった一面

 それはきっとあれよね、私たちの気持ちが通じあったことを言っているのよね。


「そ、そうなのね……」


 そんなことを言われては、首から真っ赤になるしかない。


 変なの。さっきまでおいしいと感じていたのに、私も急にお腹いっぱいになった気がする。それよりもソワソワして落ち着かない。

 カップを手にし、紅茶で喉を潤す。チラッとグレンに視線を向ける。


 こんな可愛い一面もあるんだ。男らしくて素敵な人なのに。私にだけ見せる顔なのかしら。


 そう思ったら嬉しさがこみ上げる。


「ふふっ」


 笑いがこぼれたのでグレンが顔を上げた。


「私も嬉しいわ。今まで知らなかったあなたの一面が見れたみたいで」


 そのまま自然と口に出してしまった。


「でもこれからもっと、お互いを知ることになるかもしれないわね」


 そう、契約ではなく心で結ばれた結婚なら、そうなるはずよ。


「これからの人生、ずっと一緒にいるのだから」


 言葉にしてハッとする。

 グレンが真面目な顔で私をジッと見つめていたからだ。


 苦々しい顔を見せ、唇を噛みしめているグレン。


 私、ちょっと先走りすぎたかもしれない……。


「あ、あのね、そんなに重い話をするつもりじゃーー」

「――どうしたらいいんだ」


 グレンの低い声が食堂に響き渡る。


「今すぐ抱きしめたくなった」

「えっ……」


 予想もしなかった言葉にあっけにとられる。しかも真顔でなにを言っているのか。


 その時、ジールが両手を合わせた音が、大きく響いた。


「ああ、そうだった!! 庭園の掃き掃除を忘れていた。皆のもの!! 食堂の外へ!!」


 そのかけ声で給仕たちが一斉に、食堂から飛び出していった。シルビアまで。

 皆が食堂から出たのを見届けたジールはニッコリ微笑むと、重厚な扉をパタンと閉めた。


「えっ、皆どこへ……」


 食事中じゃなかったの!?


 顔をキョロキョロさせていると、グレンがスッと立ち上がる。

 私の側まできて、スッと両手を伸ばす。

 そのまま私の両脇に手を入れて、静かに立たせた。


「えっ、あの……グレン?」


 彼は私を引き寄せるとグッと抱きしめた。


「愛しくてたまらない。どうしてくれようか」


 腰を折り、私の肩口に顔を埋める彼から、くぐもった声が聞こえた。


 ああ、こんなにも私を想ってくれる人が、今までいただろうか。


 そっと手を伸ばし、彼の背中を静かに擦る。

 グレンはビクリと身を震わせたあと、静かに顔を上げた。

 

 熱っぽい視線を向けられ、そっと唇に指が触れた。

 静かに近づいてきた端正な顔立ちにゆっくりと目を閉じる。容赦なく私の口内に侵入してくる彼に応えようとするも、私には精いっぱいだった。


 やがて呼吸が苦しくなり、意識がもうろうとする。

 逃げようとしても腰をガッシリつかまれて逃げ場がない。顎に手を添えられ、逃がすまいとの気迫を感じる。

 

 その時、パッとグレンが離れた。


「ルシナ……?」


 ぐったりと彼に寄りかかり、荒く息を吐きだした。


「しっかりするんだ」


 両肩をつかみ、顔をのぞき込まれる。


 それをあなたが言う!?


「か、加減してください」


 それだけ言うのが精いっぱいだった。


「今日は休んでいるといい」

 

 グレンはクッと微笑む。確かに全身が痛いしだるい。特に腰が。

 心配そうに顔をのぞきこむグレンをキッとにらむ。


「だ、誰のせいでこうなっているかと……」


 プルプルと震える手を握りしめ、精いっぱいの抗議をする。

 だがグレンは満面の笑みを見せ、悪びれない。

 それどころか、額に軽く口づけを落とす。


「今日は部屋で過ごすといい。昼食も部屋でとり、ゆっくりしていてくれ」

「ええ、そうするわ」

 

 彼に体を支えられ返事をすると、グレンは優しく微笑む。


「今日はどうしても行くところがあるんだ」


 一瞬、グレンの目が鋭くなった気がした。


「なるべく早く帰ってくるから」


 だがそれもすぐに優しい眼差しに変わる。


 私を見つめる彼の目を見て、小さくうなずいた。


 ******


 そして翌日。


 今日もゆっくりしていようと部屋にいた時、扉がノックされた。

 返事をすると顔を出したのはグレンだった。読んでいた本から顔を上げ、席を立つ。


「今日は出かけたいんだが、都合悪いか?」


 どこに行くつもりだろう。瞬きをして考えたあと、ふんわりと微笑む。


「いいえ、大丈夫よ」


外の空気を吸えるのは嬉しい。グレンはそっと腰に手を沿えると、私をギュッと引き寄せた。


「馬車を待たせてある。行こう」


 グレンに手を引かれ、馬車に乗り込んだ。


******

 

「ここは……」


 馬車を降りた先は、先日訪れたスイーツの店だった。

 ここでベンと妹と会い、連れ去られた苦い記憶がよみがえる。若干、渋い顔をしていたのだろう。

 グレンが顔をのぞき込む。


「すまない。嫌な記憶を思い出させてしまったな」


 気遣う視線を投げる彼に首を振った。


「約束してくれ。次回から、自分一人で決断せずに相談してくれると」

「わかったわ」


 うなずくと彼はホッとしたようだ。店の扉を開けると、店内にいた給仕たちが出迎えてくれた。


「これはグレン様、ようこそいらっしゃいました」


 店の奥から料理長らしい人物が直々に駆け寄ってきた。


「テラス席をご案内いたします」

「ああ、行こう」


 グレンは私を連れていった。

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