56.二人で朝食
いつも湯あみを手伝ってくれるシルビアだが、今日は一人で入ると告げた。
なんだか顔を見るのが恥ずかしかった。私とグレンが初夜以降、初めて同じ寝室を使ったと知っているから。
浴槽につかり、一息つく。朝から贅沢な時間だ。
シルビアが気を利かせて入れてくれたであろう、香油の香りが心地良くて気持ちが落ち着く。
ふと体を見下ろし、再び真っ赤になる。
私の全身、いたる箇所にうっ血のあとがあったからだ。
驚いて確認すると首元から鎖骨に胸一面、赤い花びらを散らせたみたいだ。
「こ、こんなところにまで……」
太ももの内側にまであった。いつの間にこんなにつけたの!?
これはシルビアの入浴の手伝いを断って正解だった。昨夜を思い返すと恥ずかしくて、湯船に顔の半分まで沈めた。
これはさすがに彼に一言、言ってやらないと気がすまないわ。
羞恥にまみれながら入浴を終わらせた。湯あみ後の着替えはシルビアにお願いして、首元が隠れるドレスにしてもらった。シルビアはなにも聞かず、いつものようにニコニコと、いや、いつも以上にニコニコと上機嫌で手伝ってくれた。
なにも聞いてこないけれど、きっと察しているのだと思うと恥ずかしい。だが、平常心を装うように努める。
着替え終え、食堂に向かうと、扉の側でジールが立っていた。
私の姿を見つけると目を開き、顔を輝かせた。
「やや、ルシナ様、本日もお美しい!!」
「……おはよう、ジール」
彼もまたシルビアと同じく上機嫌だ。いつもは朝一番から、こんなおべっかを言う人ではない。
「ささっ、グレン様がお待ちしておりました。――どうぞ」
腰を折り、サッと扉を開けてくれた。
グレンは先に食堂の椅子に腰かけていた。私に気づくと手にしていた書類からサッと顔を上げる。
輝きにあふれんばかりの笑顔を向け、椅子から立ち上がる。近づいてきたグレンはスッと椅子をひく。
「さぁ、座ってくれ」
「あ、ありがとう」
いつも椅子を引いてくれるのはジールの役目だったはず。それなのにわざわざ席を立ってまでグレンがしてくれるなんて。
視線を感じたので振り返ると、扉の脇でジールがハンカチを片手に涙ぐんでいる。うんうんとうなずきながら、生温い視線を送っている。
み、見てはいけないものを見てしまったかもしれない。
頬を染め、パッと視線を逸らした。
昨日までとの扱いの差に戸惑いつつも、素直に受け入れた。
グレンはサッと視線をジールに向ける。
「ルシナに紅茶を。砂糖は一つでミルクを多めで」
「はい、かしこまりました」
「あと焼き立てのクロワッサンに、シロップとラズベリーのジャムを多めに添えて、クリームチーズも忘れずに」
ーーよく私の好みをご存じで。
喉まで出かかったがグッと飲み込んだ。
最初は私のことなど、興味がないと思っていた。だが、そう思っていたのは自分だけで、グレンは私のことをしっかり見ていたのだと知ってしまったからだ。
「いただきます」
やがて運ばれてきた料理に舌鼓をうつ。
今日も毎日変わらずに美味しい料理。食べながらも笑顔になる。
その時視線を感じ、パッと顔を向けた。
……見ている。
席に戻ったグレンがテーブルに両手を組み、ジッと私を見つめている。
「どうしたの?」
彼の前には紅茶のカップが置かれているだけ。私ばかりが食べているようで心苦しい。それとも彼はもう食べ終えてしまったのかしら。
「グレンはもう食べ終えたの?」
グレンは静かに首を振る。
「食欲がないんだ」
「えっ……」
どこか具合でも悪いのかしら。私は心配になり、手にしていたナイフとフォークを置いた。
「体調でも悪いの?」
すると彼は静かに首を振る。
「胸がいっぱいで」
ハーッと深いため息をつき、顔を手で覆ったグレン。指の隙間から見える顔は赤かった。