5.いざ顔合わせへ
「ではお嬢さま、三日後のドレスを選びましょう」
シルビアから声をかけられてハッと我に返る。
「そうね、どれにしようかしら」
シルビアがクローゼットを開けるが、中は寂しいぐらいにガランとしている。
「ここ最近はドレスを新調していないから困ったわね」
義母とマリアンヌの浪費に頭を悩ませ、つい自分のことは後回しになっていた。
「大丈夫ですわ、お嬢さま。お任せください!!」
シルビアがドンと胸を叩く。
「このドレスに花のコサージュをおつけしましょうか? 胸元がグッと華やかな印象になるはずです。真珠のイヤリングもおつけして」
シルビアはいつも私のためにこうやって頭を悩ませてくれる。
「お嬢さまはなにを着ても美しいので、大丈夫ですよ」
「あら、ありがとう」
シルビアのお世辞をありがたく受け取り、ウフフと笑う。
「いつも言っていますけどね、お嬢さまの真っすぐでサラサラ、天使の輪が輝く髪に、新緑色の大きな瞳、すべてが魅力的ですから。お嬢さまに憧れているけれど、声をかける勇気がない男性が大勢いると噂でお聞きしましたわ」
「そんな、大げさよ」
思わず笑ってしまうが、シルビアの顔は真剣だった。
「もっと自信を持ってください!! マリアンヌお嬢さまが意地悪なのは、美しさに嫉妬しているのですわ」
「マリアンヌが?」
妹の見た目は可愛らしいので、それはないだろうに。
「はい、美人姉妹で有名ですが、特にお嬢さまの神秘的な美しさが話題になることが多いみたいです。だからこそ、変にライバル心を持っているのでしょうね」
困ったものですね、と言ってシルビアはため息ついた。
「ですので、今回の縁談も実はお嬢さまのことを見初めたから、とかあるかもしれないですよ?」
「そ、そんなことあるのかしら」
名前も顔を知らない相手だけど、シルビアの話にドキッとしてしまう。
「案外、お金は口実で、本当はお嬢さまに惚れてしまったのかもしれないですし」
シルビアの言う通り、そうだったらいいのにな、なんて思ってしまう。淡い期待だと笑われるかもしれないけど。
お金と爵位が引き換えの政略結婚よりは、そこに愛情があれば、まだ違ったものに思えた。
どんな相手かわからないけれど、もし相手が私に愛情を持って接してくれるのならば、私も返せるように努力しよう。
シルビアの言葉をもらい、ちょっと前向きになれたのだった。
あっという間に三日後になった。
迎えの馬車を寄越すとのことで、大人しく待っていた私のもとに一台の立派な馬車が到着した。
「本当に大丈夫か?」
父が心配そうな声色を出した。
「はい、行ってまいりますわ」
私一人で彼のもとを訪ねて欲しいと申し出があったので、従うしかなかった。
「中にお入りください」
従者の案内のもと、馬車に乗り込む。
わぁ、素敵ね。
思わず声が漏れそうになった。
立派な体躯の馬と黒塗りの馬車。内装の装飾も凝っており、座り心地もよい。
どんな身分の高い貴族が用意した馬車だろうかと思えるほどだ。我が家の馬車では長時間の移動はお尻が痛くなるので、正直助かった。
「では参りましょう」
お父さまとシルビア、使用人たちに見送られ、従者のかけ声と共に出発した。
ちなみに義母と妹は朝早いのは苦手だから見送りはしないと、前日に宣言されていた。
どうやらまだ寝ているらしい。
顔を見られて嫌味を言われながら送り出されるより、ずっといい。
早朝、まだ冷たい風を感じながら、深呼吸をした。
そして馬車に揺られること三時間ほど。途中休憩を取りながら、進んだ。
アルベール家は郊外にあるが、縁談の相手の屋敷はどうやら王都に近いところに位置するらしい。途中、リート港を通り過ぎた。貿易が盛んなこの港は大きな船が停泊していた。
あまり馴染みのない海、塩の香りを堪能しつつ、馬車の旅は思ったよりも快適に進んだ。
やがて広大な敷地の中、ポツンと立つ屋敷が徐々に見えてきた。
えっ、もしやあのお城みたいなお屋敷に住まわれている方なの?
窓から見える景色に首を傾げた。
城と見間違えるほどの大きな屋敷に広い土地。
いくら実業家で爵位が欲しいといえど、我が家では不釣り合いなんじゃないかしら?
わざわざ借金まみれで没落寸前の私を選ばなくても、もっと条件のあう令嬢もいただろうに。
なぜ私なのだろう――。
そこでハッと気づく。
よほど、重大な何かがあるのだ。
やっぱり、すごく醜くて見るに堪えない相手だとか、年齢がずっと上だとか、そのどれかだわ。
私は頬をピシャリと叩く。
しっかりするのよ、相手の本質を見極めなければいけないわ。
例え容姿がちょっとアレでも、性格が優しければいいじゃない。年齢が上すぎるなら、将来は介護まで視野に入れないとダメかしら。むしろそのための結婚なのかしら。
緊張と混乱している間も馬車は進み、大きな門をくぐると、屋敷のすぐ側まできていた。
今更だけど、怖気づいてしまう。
でもしっかりしないと。そうよ、いくらお金と取引をする縁談だといっても、ひるんではいけない。
お互い利害関係が一致し、幸せになるのなら、それでいいじゃない。
貴族の誇りだとかマリアンヌは言うけれど、没落して路頭に迷うより、その手を取った方がずっとマシだわ。
やがて馬車が速度を落とす。
どうやら到着したようだ。
目を閉じてお腹にグッと力を入れると、真っすぐに顔を上げた。