*グレン視点 死にもの狂い
その後、海賊たちに全員拘束され、もちろん荷物は全て奪われた。
船員全員が甲板に集められ、いつ命が散ることになるかと、皆がビクビクと体を震わせていた。
だが、意外なことに海賊は、帰路につく最低限の燃料と食糧を残し、船を去った。
つまり、命だけは助かったのだ。
皆が一度は安堵したが、どうしようもない現実に落胆した。
その後は船長の一言で帰国が決まった。俺たちはリート港を出て早々に、舞い戻ることになった。皆が茫然自失として船を降り、陸に上がる。
「な、なんてことだ……!!」
アルベール伯爵が話を聞きつけてきたのだろう、船長に詰め寄った。
「わしの、わしの荷物はどうなった!?」
船長は力なく首を振る。
「すべて奪われました。我々の命が助かっただけでも奇跡に近いことです」
「わしの財産はどうなるのだ!!」
伯爵は船長の首をしめあげた。怒りで顔が真っ赤になっている。
「この責任をどうとるんだ!? そもそも海賊から逃げることはできなかったのか!!」
伯爵は実際に海賊たちを見ていないから言えるのだ。
大きな船体に、体は岩のようにごつい男たち。あいつらに目をつけられたら、逃げることなんて到底かなわない。嫌というほど思い知らされた現実。
「見張りはつけていなかったのか!?」
伯爵の怒鳴り声が聞こえると同時に、背中に衝撃が走った。
「見張りをしていたのは、こいつです」
勢いよく押され、前のめりになって倒れ込んだ俺を、ジョージが指さしている。
「違う!!」
俺はあの時、ジョージに言いつけられて、水を運ぶ為に見張り台から降りていた。お前が代わりに見張っていると言っていたじゃないか。
「俺は――」
「なに言い訳しようとしているんだ!!」
蹴りが一発、頬に入る。
その後もジョージは俺を蹴り続けた。俺は体を丸めて頭を守ることしかできなかった。
自分に非があるとわかっているジョージは、俺に罪をなすりつけようとしている。言い訳なんてできないよう、痛めつけるつもりだ。どこまでも最低な奴だ。
助けを求めて周囲に視線を送ると、船長を筆頭に、皆が俺を冷めた目で見ていた。
違う、俺じゃないんだ。
責める視線をいっせいに浴び、この場でなにを言っても無駄だとあきらめた。ただ痛みに耐え、唇をギュッと噛みしめた時――
「やめて!!」
突如聞こえてきた声。そして自分の前に立ちふさがった人物がいた。
「なぜこんなことをするの!! かわいそうじゃない!!」
ルシナ・アルベールだった。彼女だけが俺をかばってくれた。
「大丈夫? 血が出ているわ」
サッとハンカチを取り出し、俺に手渡す。
「でもお嬢さま、こいつのせいで荷物が……」
「海賊の船は恐ろしく早いスピードで進むって聞いたわ。彼らに見つかった時点で終わりだったのよ」
気丈に立ち向かうお嬢さまは、言葉を続ける。
「あなたたちだって、生きて帰ってこられただけで、奇跡だわ。まずはそれに感謝しないと」
俺とそう年齢の変わらないお嬢さまに、皆が気圧されていた。
「それにこの子を痛めつけたところで、荷物は返らない。誰か一人のせいではないわ。もともと危険な航路だって、わかっていたじゃない」
そこで彼女は父である伯爵をキッと見つめた。
彼女の言い分に思うところがあるのか、伯爵は目をさまよわせた。
完全に彼女のペースにのまれていた。
俺をかばってくれたことに感謝すると同時に、ものすごく情けなくなった。
底辺でちっぽけな存在の自分。彼女にかばってもらわなければ、この後、どうなっていたかわからない。
船員たちのうっぷんをはらすため、リンチされていたかもしれないのだ。
最悪、海に沈められていたかもしれない。それもジョージの思惑通りだ。自分の責任を俺になすりつけたいのだから。
両手を広げ、俺をかばうように立つ彼女の姿はまぶしい。
だが同時に、悔しさと羞恥が猛烈にわきあがる。
なんの力もない自分がみじめで、震えがくる。
自分の中で初めて芽生えた愛しいという感情。その感情の向け先である彼女に、かばわれるだけの存在。
今日、俺は一度死んだも同然。だが、ここで救われた命。一度死んだ気になって、がむしゃらに生きていこう。
そして必ず――彼女、ルシナの隣に立つに、ふさわしい男になってやる。
決意して唇を噛みしめると、口の中いっぱいに血の味が広がった。