53.向き合う決意
「街でシルビアに会った。一人でいるのを不思議に思って問いただしたら、あの店でマリアンヌと会っていると聞いた。嫌な予感がしたからすぐに向かったんだ。そしたらマリアンヌの姿があった」
そうか、私がベンと去ったすぐあとに、駆けつけたんだ。
「マリアンヌは俺の姿を見て慌てた様子だったから、おかしいと思って問い詰めた。すると、君とあの元婚約者が元鞘に戻るとかいきなり言い始め――」
私の手をギュッと握る彼の手は温かい。
「頭に血が上って、無理やり行き先を吐かせたんだ」
ぬくもりを感じ、安心しきると涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「あのね、私――」
「今は無理をしないでくれ」
そっと肩を押され、寝るように促された。
「回復したら君の口から聞かせてくれ」
グレンはそっと私の涙をすくってくれたので、安堵して瞼を閉じた。
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人の気配を感じ、うっすらと目を開けた。私、いつの間にか眠ってしまったようだ。
「ああ、起きてしまったか」
グレンがそっとベッド脇に腰かけた。
「今は夜なの……」
「ああ。だいぶ疲れていたんだろう。ずっと目を覚まさなかったから、少し心配になった」
グレンはそっと手を伸ばすと、私の頬に触れる。
「だが顔色が良くなった。安心した」
優しい微笑みを向ける彼に胸が高鳴った。
グレンは湯上りなのか、髪が少し濡れている。それに比べて私は――。
恥ずかしくなってサッと身をよじる。
「ルシナ?」
不思議そうに首を傾げるグレンに告げる。
「私、汗をかいたから……」
湯を浴びていないので、触れられることが恥ずかしく思えた。
「そんなこと、気にしなくていいのに」
グレンは静かに微笑むと、スッと腰を上げた。そのまま部屋を出ていく。
「お嬢さま、お待たせしました!! 入浴の準備は整っておりますので」
しばらくするとシルビアが息を切らせて部屋に入ってきた。
「今日は特別な入浴剤にいたしました。いい香りですよ!!」
きっとグレンがシルビアに命じてくれたのだ。
「ありがとう」
ベッドから降り、浴室へ向かう。
湯を浴びて、すっきりさせよう。体も心も。
ローズの香りのバスタブに身を浸すと、心が落ち着いてくる。
「お嬢さま、湯加減はいかがでしょうか?」
「ええ、とても気持ちがいいわ」
「良かったです」
シルビアがかいがいしく私の世話を焼く。
ヘッドマッサージを受けながら、あまりの心地良さに目を閉じた。
話をするなら、今よ。これまでのことを面と向かって話し合うんだ。
そう、彼に気持ちを告げるなら今しかない。
決意を込め、手をギュッと握りしめた。
髪を乾かし、部屋に戻る途中で、シルビアにグレンを呼んできて欲しいと伝えた。
私はベッドの脇に腰かけ、彼が来るのを待った。
やがて控えめなノックが聞こえ、遠慮がちに扉が開かれた。
顔を上げ、彼の顔を見つめた。
「あのね、今、話せる?」
グレンの顔は一瞬、ピクリと強張ったように見えた。一瞬考え込む仕草を見せたが、静かに私の目を見た。
「――ああ」
ベッドの端に移動してスペースを開けると、彼はそこに腰かけた。
ベッドのきしむ音が部屋に響いた。
「私、あなたと話がしたいと思っていたの」
ゆっくりと私に顔を向けたグレンを見つめた。
「グレンは昔、船に乗っていたの?」
問いかけに一度、瞬きをした。
「ああ」
やっぱりそうだったんだ。
「もしかして、私のお父さまの船?」
父が失敗して負債を背負った、あの船に乗っていたのではないだろうか。
「――そうだ」
やがてグレンは重い口を開いた。
「その時、私と出会ったことがあるの?」
思い返すと今まで、引っかかることがあった。グレンは時折、私と出会っていた風なことを口にしていたからだ。
「当時の俺は――」
グレンが静かに語り始めたので、耳を傾ける。
「その日食べていくのがやっとな生活を送っていたんだ」
淡々と口にする彼の横顔を静かに見つめた。