52.報復を誓う
「両親を早くに亡くし、孤児になった俺は生きるために働くしかなかった。毎日の飯にもありつけず、まさに生きるか死ぬかのギリギリだった」
初めて聞く彼の出自。いつか彼の口から聞きたいと思ってはいたが、こんな形で聞けるとは思わなかった。
「地べたを這いつくばって生きてきた。それこそ、お前が想像できないようなこともして。スリにかっぱらいなどまだ軽い方で、とてもじゃないが公言できないような真似までして、な」
放つ雰囲気が怖く、ベンは完全に怖気づいている。
「だが、そうまでしても欲しかったんだ。お前みたいに、近づいてくる女にコロッと寝返るような軽い男と一緒にするな。俺は彼女が欲しくて、そのためだけに今の地位にまでのぼりつめたんだ」
ベンは完全に気圧され、青白い顔をしていた。
「それともあれか? お前が勝負するというのなら、受けてたつが?」
グレンは端正な顔にゾッとするほどの笑みを浮かべた。
「一か月、いや、半月後に俺の言葉の意味をわからせてやろうか?」
ベンは唇を噛みしめ、迫りくるグレンから視線をそらした。
「ボンド家は絹を扱う事業をしていたよな? ウィンダー商会と手を組んで」
ベンの頬がピクリと動く。
グレンは攻める箇所はここだと言わんばかりに、したたかに笑う。
「ウィンダー商会の出資者はこの俺だ」
ベンは大きく目を開けて、顔を引きつらせた。
「本日をもって、すべての融資の撤退をしたらどうなるか想像できるか? お前の家と取引をしている事業にも圧をかけよう。俺と賭けるか? 没落まで何日かかるのか。お前の家族、小さい妹もいたよな、路頭に迷うだろうな」
「ひ、卑怯な真似を――」
「お前が言うのか? それを」
グレンはせせら笑った。ベンは唇をグッと噛みしめ、黙り込んだ。
グレンに弱みを握らせてはいけない。的確にそこをついてくる。彼の言葉は決して脅しなんかじゃない。
彼は――やると言ったらやる。
そう感じるからこそ、彼の放つ雰囲気に圧倒されたベンは、口をつぐむしかないのだろう。
「悔しかったら覆せるほどの力をつけてから言え。ぬくぬくと育った温室育ちに、大事な彼女を奪われてたまるものか」
殺気だち、今にもベンを殺めそうだ。
「グ、グレン……」
必死に声をしぼりだした。
「ルシナ」
パッと顔を向けた彼は私に気遣う視線を投げ、近づいてくる。
手を伸ばし、彼の服の裾をギュッとつかんだ。
「か……帰りたいの」
これ以上、この場にいるのは危険だ。それにここにはもういたくない。
「わかった」
グレンはあっさりと返答し、そっと腕を伸ばす。軽々と私を抱きかかえ、まるで宝物を扱うような仕草だ。
落ちてしまわぬよう、彼の胸元にギュッとつかまった。
「今すぐ帰ろう」
優しい声を聞き、ホッとして涙が出そうになる。
あんなに怖い声をベンに向けていたグレン。でも私にはとても優しい声を出す。自分が特別なんだと実感して涙がにじむ。
グレンは放心状態で床に座り込むベンに、鋭い視線を投げた。
「俺はやられたことは必ず返す。あとから楽しみにしておくんだな」
ゾッとするほどの声を聞き、彼の胸に顔をうずめた。
「行こう」
私を抱きかかえたグレンは別荘をあとにした。
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屋敷に戻るとすぐにベッドに寝かされた。
だいぶ体の自由は取り戻した。
「水を飲んでくれ」
グラスを受け取ろうとするが、指が震えていることにグレンが気づいた。
グレンは無言で私の頭の後ろを手で支えると、グラスを口に近づけた。
美味しい。
喉を潤し、ホッと一息ついた。
グレンはベッドで横たわる私の側に椅子を持ってきて、そっと手を伸ばす。
頬に手の甲を滑らせ、くすぐったい。
「どうして、私があの店にいるって……わかったの?」
なぜグレンがベンの別荘に駆けつけたのだろうか。