表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/68

49.最悪なシナリオ

 マリアンヌが紅茶を淹れている間、無言だった。


 私は窓の外の景色を眺めていた。

 落ち着くのよ、決して感情的になってはいけないわ。


「さあ、どうぞ」


 マリアンヌが紅茶の入ったカップをスッと差し出した。


「ありがとう」


 彼女の淹れてくれた紅茶は渋みがあった。きっと時間をおきすぎたのだろう。


 私、どうやらジールの淹れてくれる紅茶に慣れてしまったせいか、舌が贅沢になったみたいだ。だが、せっかく好意で淹れてくれた紅茶なので、渋いと思いつつも、もう一口流し込んだ。


「私、やっぱりよく考えたの」


 マリアンヌがゆっくりと口を開いた。私も彼女の目を見つめた。


 ここでついに謝罪の言葉が聞けるのだろうか。マリアンヌははっきりと口にした。


「お姉さまにグレン様はもったいないって」

「なにを言っているの?」


 いきなり突拍子もないことを言い出した妹に心底呆れた。

 ここでの話題はそんなことじゃない。


「グレン様は財力も見た目も申し分ないわ。そんな彼の隣にいるのは、お姉さまよりも私の方が相応しいと思うの」


 この妹はここまで話が通じないのか。


 ああ、もうここまでだわ――。


 スッと冷えていく感情。心のどこかで妹が反省し、泣いて謝罪の言葉を口にするかもと、期待していた。

 だけど違った。残されていたわずかな希望は今、粉々に砕けた。


「マリアンヌ、あなた、自分がどんなにバカなことを言っているか、わかっているの?」

「いいえ。お姉さまこそ、気づいて身を引いて。私がグレン様の隣にいるから」


 脳裏に二人の姿が浮かぶ。


 グレンがマリアンヌの腰を抱き、そっと引き寄せる。互いの顔を見つめ、微笑む二人。


 ダメだ。


 想像するだけで胸がムカムカしてくる。いや、想像すらしたくない。


 ここにきて、やっと自分の気持ちを認めることができる。


 私はグレンが好きなのだ。


 最初は政略結婚だからとか、自分に言い訳していたけど、それは建前だ。

 本当は彼に愛され、私も愛したかった。

 グレンは私を好きだと言ってくれた。その後は、はっきりと返答をしていない私。彼の優しさに甘えていた。


 でも、彼が妹にとられると思ったら絶対、嫌だった。断固として認めたくない。むしろ妹以外の女性にだって、奪われたくはない。


 この気持ちを認めるきっかけを作ってくれてありがとう、マリアンヌ。そこだけは感謝するわ。


「いつものあなたのわがままは通用しないから」


 はっきりと宣言する。


「それに私はグレンを大切に想っている。彼だけは譲れない」


 口に出したことで胸にストンと落ちてきた。


 ああ、そうだ。彼の名を出したことで、今すぐ彼に会いたくなる。これを恋と呼ばずになんと呼ぶのだろう。


 マリアンヌは目を吊り上げた。


「お姉さまはベンとよりを戻すといいわ」

「バカなことを」


 あまりにも自分勝手なこと言うので、吐き捨てた。


 今さらベンの名を出してくるとは心外だ。もう彼とは終わったことだし、今後どうあっても彼との人生が交差することはない。仮にグレンの件がなくても、だ。


「ベンだって、あなたのことを選んだじゃない」


 そう、二人で仲良くやればいい。


「――でも、実はそうじゃなかったら?」


 その時マリアンヌは、意地の悪い笑みをニヤリと浮かべた。


 嫌な予感がして背筋にゾクッと悪寒が走る。この笑みを見せる時のマリアンヌは、私に害をなすことしかしない。過去の経験から嫌というほど知っている。本能からの警告音が鳴り響いた。


 急にマリアンヌが立ち上がる。そして大きく手を振った。


「こっちよ、こっち」


 入口付近に向けて手を振っているので、驚いて振り返る。


 そこにいた人物は私たちに気がつくと、ゆっくりと近づいてきた。


「ベン、あなたどうしたの?」


 偶然とは思えない出会い。マリアンヌがわざと呼び出したのだとしか、思えなかった。


 いったい、なにがしたいの。つい声がとげとげしくなってしまう。


「ルシナ……久しぶりだね」


 ベンは寂しそうに微笑んだ。


「ちょっと話がしたかったんだ。だから時間が欲しい」


 ゆっくりと首を横に振る。


「いいえ。話すことはなにもないわ」

「いや、僕らには話し合う時間が必要だ!!」


 急に大きな声を出し、引き下がろうとしないベン。

 話の通じない相手を前にして、次第に頭が痛くなってくる。


 もうこの場にいることさえ苦痛だ。こんな場所にいたくない――。


「お先に失礼するわ」


 立ち上がった瞬間、クラッと目まいがした。よろけてしまい、椅子に倒れ込む。


 えっ……体に力が入らない……。


 どうしたのだろう、私は。


 額に手を当て、落ち着かせようとした。


「ベン、連れて行って」


 マリアンヌがベンに顎で指示する。

 

 ……もしかして紅茶になにか入れたの?


「ベンがお姉さまとお話がしたいんだって」


 クスクスと笑うマリアンヌの笑顔は、まるで悪魔のようだ。


「だからね、二人っきりにしてあげようと思って」


 絶対嫌だ。彼女の思う通りになってたまるものですか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ