49.最悪なシナリオ
マリアンヌが紅茶を淹れている間、無言だった。
私は窓の外の景色を眺めていた。
落ち着くのよ、決して感情的になってはいけないわ。
「さあ、どうぞ」
マリアンヌが紅茶の入ったカップをスッと差し出した。
「ありがとう」
彼女の淹れてくれた紅茶は渋みがあった。きっと時間をおきすぎたのだろう。
私、どうやらジールの淹れてくれる紅茶に慣れてしまったせいか、舌が贅沢になったみたいだ。だが、せっかく好意で淹れてくれた紅茶なので、渋いと思いつつも、もう一口流し込んだ。
「私、やっぱりよく考えたの」
マリアンヌがゆっくりと口を開いた。私も彼女の目を見つめた。
ここでついに謝罪の言葉が聞けるのだろうか。マリアンヌははっきりと口にした。
「お姉さまにグレン様はもったいないって」
「なにを言っているの?」
いきなり突拍子もないことを言い出した妹に心底呆れた。
ここでの話題はそんなことじゃない。
「グレン様は財力も見た目も申し分ないわ。そんな彼の隣にいるのは、お姉さまよりも私の方が相応しいと思うの」
この妹はここまで話が通じないのか。
ああ、もうここまでだわ――。
スッと冷えていく感情。心のどこかで妹が反省し、泣いて謝罪の言葉を口にするかもと、期待していた。
だけど違った。残されていたわずかな希望は今、粉々に砕けた。
「マリアンヌ、あなた、自分がどんなにバカなことを言っているか、わかっているの?」
「いいえ。お姉さまこそ、気づいて身を引いて。私がグレン様の隣にいるから」
脳裏に二人の姿が浮かぶ。
グレンがマリアンヌの腰を抱き、そっと引き寄せる。互いの顔を見つめ、微笑む二人。
ダメだ。
想像するだけで胸がムカムカしてくる。いや、想像すらしたくない。
ここにきて、やっと自分の気持ちを認めることができる。
私はグレンが好きなのだ。
最初は政略結婚だからとか、自分に言い訳していたけど、それは建前だ。
本当は彼に愛され、私も愛したかった。
グレンは私を好きだと言ってくれた。その後は、はっきりと返答をしていない私。彼の優しさに甘えていた。
でも、彼が妹にとられると思ったら絶対、嫌だった。断固として認めたくない。むしろ妹以外の女性にだって、奪われたくはない。
この気持ちを認めるきっかけを作ってくれてありがとう、マリアンヌ。そこだけは感謝するわ。
「いつものあなたのわがままは通用しないから」
はっきりと宣言する。
「それに私はグレンを大切に想っている。彼だけは譲れない」
口に出したことで胸にストンと落ちてきた。
ああ、そうだ。彼の名を出したことで、今すぐ彼に会いたくなる。これを恋と呼ばずになんと呼ぶのだろう。
マリアンヌは目を吊り上げた。
「お姉さまはベンとよりを戻すといいわ」
「バカなことを」
あまりにも自分勝手なこと言うので、吐き捨てた。
今さらベンの名を出してくるとは心外だ。もう彼とは終わったことだし、今後どうあっても彼との人生が交差することはない。仮にグレンの件がなくても、だ。
「ベンだって、あなたのことを選んだじゃない」
そう、二人で仲良くやればいい。
「――でも、実はそうじゃなかったら?」
その時マリアンヌは、意地の悪い笑みをニヤリと浮かべた。
嫌な予感がして背筋にゾクッと悪寒が走る。この笑みを見せる時のマリアンヌは、私に害をなすことしかしない。過去の経験から嫌というほど知っている。本能からの警告音が鳴り響いた。
急にマリアンヌが立ち上がる。そして大きく手を振った。
「こっちよ、こっち」
入口付近に向けて手を振っているので、驚いて振り返る。
そこにいた人物は私たちに気がつくと、ゆっくりと近づいてきた。
「ベン、あなたどうしたの?」
偶然とは思えない出会い。マリアンヌがわざと呼び出したのだとしか、思えなかった。
いったい、なにがしたいの。つい声がとげとげしくなってしまう。
「ルシナ……久しぶりだね」
ベンは寂しそうに微笑んだ。
「ちょっと話がしたかったんだ。だから時間が欲しい」
ゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。話すことはなにもないわ」
「いや、僕らには話し合う時間が必要だ!!」
急に大きな声を出し、引き下がろうとしないベン。
話の通じない相手を前にして、次第に頭が痛くなってくる。
もうこの場にいることさえ苦痛だ。こんな場所にいたくない――。
「お先に失礼するわ」
立ち上がった瞬間、クラッと目まいがした。よろけてしまい、椅子に倒れ込む。
えっ……体に力が入らない……。
どうしたのだろう、私は。
額に手を当て、落ち着かせようとした。
「ベン、連れて行って」
マリアンヌがベンに顎で指示する。
……もしかして紅茶になにか入れたの?
「ベンがお姉さまとお話がしたいんだって」
クスクスと笑うマリアンヌの笑顔は、まるで悪魔のようだ。
「だからね、二人っきりにしてあげようと思って」
絶対嫌だ。彼女の思う通りになってたまるものですか。