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4.元婚約者について

 パタンと扉を閉め、そのままフラフラとソファに向かう。ドサッとその身を投げ出した。


「結婚……かぁ」


 実感がわかず、クッションを抱きかかえ、天井を見上げる。

 ボーッとしていると扉がノックされた。一体誰だろう。


「はい、どうぞ」


 返事をすると扉の隙間から赤毛を一つにまとめてお団子にした、シルビアが顔を出した。


「お嬢さま、結婚されるのですか!?」


 開口一番に質問してくるシルビアは私専属のメイド。同じ年齢だけどなかなかしっかり者で、頼れる姉みたいな存在だ。


「あら、もう聞いたの? 話が早いわね」

「さきほどマリアンヌお嬢様と奥様が話していらしたのを、小耳に挟んだのです。それよりも、本当なのですか?」

 

 シルビアが真剣な顔で詰め寄ってくる。


「うーん、多分、そうなると思うわ」

「どうして他人事みたいな言い方なのですか!?」


 シルビアに指摘され苦笑する。


「だってついさっき言われたばかりだし、実感がわかないのよね」


 いまいちピンとこない。それが本音だった。


「それでお嬢さま、相手はどんな方なのですか?」

「それが――」


 先ほどの父との会話を思い出す。


「なんでもいくつもの新しい事業をしている方だとか……」

「お名前は? 年齢はおいくつなのですか?」


 質問されハッと気づく。


「あっ……聞くのを忘れた。どちらもわからないわ」


 シルビアはがっくりと肩を落とす。


「しっかりしてください、お嬢さま!! ちゃんとお嬢さまを幸せにしてくださる相手なのですか?」

「それもよく、わからないのよね」


 苦笑いで率直な意見を告げると、シルビアがため息をつく。


「で、でもお金持ちなのは確かみたいよ。この家の借金を払ってくださるのだから」


 だから今後、当面の間はシルビアのお給金の支払いは大丈夫だと告げる。


「私はお嬢さまが心配です。慣れないお屋敷で上手くやっていけるのでしょうか」

「そうね、まぁ、なんとかなる……と思うしかないわ」


 シルビアは不安に顔を曇らせた。


「でね、もし良ければだけど……」


 口にするのは勇気がいる。手をモジモジとさせ、考えを告げる。


「この縁談がまとまったら、シルビアもついてきてくれたら嬉しいかな、って」

「よろしいのですか!?」


 シルビアの顔がパッと輝く。


「ええ、あなたさえ良ければ、一緒に来て欲しい。まあ、相手方にも了承を得なければならないけれど……」

「行きます、行きます!!」

「良かったわ」


 シルビアの返答を聞き、ホッとする。


「お嬢さまのいなくなるアルベール家は、泥船に乗るようなものですから」


 はっきりと口にした彼女に笑ってしまう。

 正直、借金がなくなっても、根本的な問題が残っている。いつまた何かをやらかし、使用人たちに暇を出すかもしれないからだ。それに義母と妹の浪費問題が残っている。


 せめて長年仕えてくれたシルビアだけでも連れて行きたい。その方が安心だし、心強い。


「縁談のお相手と三日後にお会いすることになったのよ」


 クッションを胸に抱き、膝を抱えた。


「きっと素敵な方ですよ」


 シルビアの言葉に苦笑する。そうだといいのだけれど。


「でもマリアンヌには脂ギッシュで頭皮が薄い方かもしれないわね、って言われたわ。お父さまより年上かもしれないし」


 シルビアの顔が曇る。


「マリアンヌお嬢さまは、本当に意地悪ですね」


 私の代わりにプンプンと怒ってくれるシルビア。そんな彼女が大好きだ。


「それともベンみたいになるかもね、って」


 彼の名を出すとシルビアの眉がピクリと動く。


「あら、気にしないで。元婚約者と言っても、口約束みたいなものだったから」


 ベン・ボンド

 伯爵家の長男で父親同士が友人で、私の幼なじみでもある。年齢も私より二つ上で、背が高く細身の男性。

 彼は周囲に物静かで知的な印象を与える。


 年齢が近かったことから『ベンとルシナを将来結婚させよう』と親同士が勝手に盛り上がっていた。

 私もなんとなく、結婚するならベンなのかしら? と思うようになっていた。

 彼とならゆっくりと愛を育み、穏やかな生活を送っていける気がしていた。

 

 だが半年前、街に出かけた時、私は偶然にも見てしまった。

 ベンとマリアンヌが腕を組み、楽しそうに歩く姿を。

 その時のベンは、ちょっとはにかんだ笑顔をマリアンヌに向けていた。けれど決して嫌がっている素振りもなく、むしろ嬉しそうだった。


 そんな姿のベンを見たのは初めてで、同時に瞬時に語った。

 ベンはマリアンヌのことが好きなのだ、と。

 マリアンヌからはベンが好きだとか、そんな話題を聞いたことがなかったから、正直驚いた。

 だが、私の知らない所で二人は愛を育んでいたのだろう。


 私は屋敷に戻ると、その足で父のもとへ向かう。

 今後、ベンとの婚約の話が出たら、なかったことにしてくれ、とだけ告げた。

 

 父は理由を知りたがったが、後から本人たちの口から聞くだろうと思い、固く口を閉ざした。

 ベンに特別な感情はなかったが、幼なじみとしては幸せになって欲しいと思っている。それにマリアンヌのわがままに、ある程度は慣れているだろうと思っていた。

 きっと二人は上手くいくだろう。


 そう思っていたが、あれから一向にそんな話はでなかったので、痺れを切らしてマリアンヌに聞いてみた。


「どういうこと? 私とベンが付き合っている?」


 だがマリアンヌは意外にもキョトンとして首を傾げた。

 街で仲良く腕を組んで歩く二人を見たことを告げた途端、マリアンヌは噴き出した。


「ちょっと、やめてよ。お姉さまの婚約者だから、ちょっとからかってみただけよ」


 なんていうことだ。


 気まぐれで声をかけて、ベンを弄ぶようなことをしてみただけというの?


「でもやっぱり、ベンじゃ物足りないわ。つまんない。私はもっと格上を狙うし、ベンはお姉さまに返すわ。地味な者同士お似合いじゃない」


 手をヒラヒラと振ってバカにするマリアンヌに、さすがに頭にきた。


「なんてことをするの。人の気持ちを弄ぶだなんて」

「はいはーい。仕方ないじゃない。それにコロッと騙される方も悪いのよ。それだけ私がお姉さまよりも、魅力的だったんだから、しょうがないじゃない」


 ちっとも悪びれもせず、肩をすくめるマリアンヌ。私の怒りも彼女には通じなかった。


 あれ以来、ベンに会っていないが、元気でいるのだろうか。気にかかるが、私から連絡するべきではない。

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