表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/68

44.再会

 ああ、私はどれほど彼に心配をかけてしまったのだろう。


 だが彼の表情は見えない。私にギュッと抱きついたまま、肩口に顔をうずめている。私を力強く抱きしめ、息苦しいほどだ。


 この力の強さは彼の安堵の証だろう。


 その時、船の汽笛の音が聞こえた。出航に向けて動き出した船上では、手を振るマルコとクロード船長がいた。


 そうだ、私はグレンと話をすると、クロード船長に相談して決めたじゃないか。


「グレン」


 彼の背中をさすり名を呼ぶと、ゆっくりと顔を上げた。

 彼の顔を見た瞬間、思わず叫んでしまった。


「ひどい顔だわ!」


 頬を両手でつかみ、まじまじと彼の顔を見つめた。

 顔色が悪く、目の下にはクマができている。こんなに疲れ切った彼は初めて見る。

 グレンは気まずそうに目を逸らす。


「ああ。徹夜でここに駆けつけたからな」


 そこで私は思い出す。グレンの屋敷からここまで三、四日かかるってクロード船長は言っていた。本来なら、まだここへは到着していなかっただろう。


 彼は眠る時間も惜しんで駆けつけたんだ。

 胸に温かい感情がわきあがる。だが同時に心配にもなり、手をギュッと握りしめた。いろいろグレンとは話さないといけないことがある。でもまず、最初にするべきことがある。


「グレン、今すぐ宿をとってくれませんか?」


 彼に休むことを勧めても大丈夫だと言い張りそうだ。


「船の中ではゆっくり寝つけなかったので、少し横になりたいのです。それに湯も浴びたくて」


 本当は船の中での生活は思ったよりも快適だったが、それは言わないでおく。

 ユラユラと揺れて心地よいハンモック。水は貴重なので沸かしたお湯で体を拭くていどだったが、それでもありがたかった。日常がどんなに恵まれていたのかを学ぶ機会にもなった。


 だが今はグレンを休ませるためにも必要な嘘だ。

 グレンはジッと私の顔を見つめた。そしてフッと微笑んだ。


「初めてだな。そんな風に俺に頼みごとをしてくるのは……」


 ゆっくりと頬に指を滑らせ、優しく触れた。


「宿を探そう」


 グレンは私の手をギュッと握り、人混みの中を歩いた。


 カリフ港は栄えているだけあって、宿がたくさんあった。その中でも一番高級そうな大きな宿にグレンは目をつけた。


「今すぐ泊りたい。一番上等な部屋を用意して欲しい」

「はい。一室でよろしいですか?」

「いや、二室――」


 カウンターで手続きをしている時、会話を遮った。


「はい、一室でお願いします」


 ここでグレンがちゃんと眠るのか、見張っていなければ。休まないかもしれないじゃない。カウンターの男性から鍵を受け取り、戸惑うグレンにニコッと微笑みかける。


「さあ、行きましょう」


 案内された部屋は、人が三人は眠れそうなほどの大きなベッドが一つに、ソファにテーブル。家具などの調度品も高級だ。別室には浴室までついている。


 部屋に入った瞬間から、グレンはずっとソワソワしている。いつもと違う環境で落ち着かないのかもしれない。


「グレン、お湯を浴びますか?」


 バスタブにお湯を張り、入浴するように勧める。旅の疲れを少しでも癒して欲しい。


「いや、先に――」

「じゃ、ごゆっくりどうぞ」


 遠慮ぎみのグレンの背中を押し、浴室に閉じ込めた。


 私の強引なやり方に戸惑っているようだが、こうまでしないと遠慮しそうだ。


 やがて短時間でグレンが浴室から出てきた。備え付けのバスローブを羽織っている。


「お湯を新しく張っておいたから入るといい」


 前髪から水滴がしたたり落ち、髪をかきあげる仕草にドキッとする。

 なんとも言えない色気を感じる姿に、頬が高揚する。


 私ってば、こんな時に意識するなんて。


「じゃあ、お湯をいただきます」


 グレンの顔を見ないよう、ピュッと浴室に入り込んだ。


 久々に湯船につかり、涙が出るほど気持ち良かった。今まで当たり前だと思っていたことに、幸せを感じた。潮風にあたっていたせいか、髪の毛がゴワゴワしていたが、洗うと幾分ましになった。


 バスローブを羽織り、髪を乾かして浴室から出る。ベッドに座っていたグレンが振り向いた。


 まだ起きていたんだ。てっきり寝ていると思ったのに。


「グレン、起きていたの」

「君が浴室にいると思うと、眠れるものか。逆に目が冴えた」

「えっ?」


 聞き返すとそっぽを向き、なんでもないとつぶやいた。

 

「少し横になりましょうか。お話はそれからです」


 彼を早く休ませたい私は強引に近づく。起きてから話をしても遅くないはずだ。


「抱きしめてもいいか?」

「えっ……」


 ドキッとすることを聞かれた。だが彼はすごく真面目な顔をしている。表情から緊張していたのが伝わり、拒否できない。


 ゆっくりうなずくと腰回りに腕が回され、ギュッと抱きしめられた。


 どうして彼はこんなに甘えてくるのだろう。

 私から見える彼のつむじを可愛いと思い、思わず彼の頭をそっとなでた。


 なでると同時に視線が反転しベッドに倒れ込んだ。そのまま彼は私を、かき抱く。


 心臓の音がドクドクと聞こえる。

 

 これは彼の? それとも私? 

 

 身動きが取れないほどの強い力で、グレンは私を拘束する。


 だが嫌じゃない。この温かさが心地良いとさえ思ってしまう。背中に手を伸ばし、彼をギュッと抱きしめた。


 爽やかなグリーンノートの香りに、懐かしささえ感じる。


 ああ、私は無事にグレンと再会できたのだ。


 安堵したのか、自然と涙が一筋流れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ