42.彼からの返事
甲板に、大きな寸胴鍋と焼いたガレットを幾重にも重ねた皿を、そのまま持っていく。シドとタッグが率先して重い物を持ってくれ、私とマルコはお皿とスプーンやフォークを運ぶ。
「さあ、たんまり食ってくれ~。今日の昼食は特別だぞ」
シドが張り切って給仕に当たる。
「なんだ、シドとタッグが作るにしては、まともなもんが出来たじゃないか」
「本当だ、今日のは上手そうだ。どうした」
船員たちの中で、彼らの作る料理はある意味有名だったらしい。
「うまい!! なんだこれ!!」
一口食べた船員が声を上げる。
「本当だ!!」
良かった、皆が喜んでくれて。ホッと胸をなでおろす。
シドとタッグも夢中になって食べている。少しでも皆の役に立てたようで嬉しくなった。
「今日の昼食は大盛況だったようだな」
クロード船長が声をかけてきた。
「あっ、はい。皆が喜んでくれて良かったです」
「まったく、貴族のお嬢さまが料理なんてどこで覚えたのか」
クロード船長は笑っている。
「まあ、貴族といえどわが家は没落寸前でしたので、さまざまな事情がありまして」
その言葉でクロード船長は察してくれたようだ。
「これから二日間、シドとタッグに料理を任せることにした。手伝ってやってくれないか?」
「私が? いいのですか?」
「ああ。この機会に奴らに料理を覚えさせようと思ってな。航海中、マシなものが食えるようになるだろう」
「はい、頑張ります」
良かった、仕事がもらえた。満足して微笑む。
「ただマルコだけは連れていけよ」
「はい、わかりました」
ペコンと頭を下げた。
それからシドとタッグと仲良くなり、一緒に調理場にいりびたった。
もちろん、食べたあとの食器の片付けも料理当番の仕事だ。
私が食器の汚れを落とし、シドとタッグが拭いてくれる。マルコは元の棚に収納する。
「食器洗いも面倒だと思ってたけど、楽しいな」
シドがつぶやく。
「次はなにを作ろうか?」
船の中だが、食糧は豊富だった。結構なんでも揃っているから驚いた。
「俺は肉。肉が食べたい!!」
「俺も肉がいい」
シドとタッグは二人で手をあげて主張する。
「じゃあ、お肉にスパイスたっぷりつけよう。オーブンで焼いて、表面はカリッと中はジューシーで」
そうと決まれば骨付き肉をカットしなければ。これは力仕事だからタッグにお願いしようかな。
たっぷりのオリーブオイルを使った料理もいいし、チーズも使いたいなぁ。
皆が笑顔で食べている光景を見るのが、楽しみになっていた。
「ルシーはカリフ港で下りるんだろう?」
ふとタッグが聞いてきた。
「うん……。その予定だけど」
今頃、グレンにちゃんと伝達がいったのかしら。私たちはカリフ港で落ち合う予定だ。
「嫌だな、ルシーも僕たちと一緒がいいのに。ずっと最後まで旅をしたいな」
マルコが口を尖らせ、ポツリとこぼす。その横でシドとタッグも腕を組み、深くうなずいている。
「そうだぜ、ルシー。まだ会ったばかりだぞ」
「お前のおかげで料理が楽しくなってきたんだ。さみしいじゃないか」
皆が口をそろえている。その気持ちはとても嬉しい。
「ありがとう。そんな風に言ってくれて嬉しいよ」
出会ってそう時間はたっていないけれど、昔からの仲間のように言ってくれるなんて嬉しい。
はにかみながら伝えると、シドとタッグはなぜか真っ赤になっている。
でも私には待っている人がいるから、それは難しいのだ。
待っている……のだろうか。
「残念だが、二日後にはおさらばだ」
突如聞こえた低い声、パッと顔を向けるとクロード船長が調理場の扉の側にいた。
その姿を認識したシドとタッグはビシッと背筋を伸ばす。
彼らはクロード船長に緊張するらしい。
クロード船長は顎をクイッと上げ、私に外に出るよう指示した。話があるのだろう。
静かにうなずき、背を向けた彼のあとに続いた。
向かった先は甲板だった。
クロード船長が口笛を吹くと、鳴き声を上げた鷲が腕に止まる。
「バロン!!」
無事に帰ってきたみたいだ。ホッと胸を撫でおろす。
「グレンから返事がきた」
ということは彼は、私の無事を知ったはず。それだけでも安堵した。
その先はなんと言われるのだろう。緊張してゴクリと息を飲む。
「予定通りカリフ港で落ち合うそうだ。ここからあと二日、かかるな」
「わかりました。なにからなにまで、ありがとうございました」
「ただ、あいつの屋敷から四日、早くとも三日かかると思うんだが。すでに出発していると考えても、船の方が先に着くかもしれないな」
クロード船長は指を折って数えた。
「それでしたら、港で待っています」
クロード船長がクッと笑って肩を揺らす。
「お嬢さんを一人で港に置き去りになんてできんよ。俺も待つさ」
「でも航路に遅れが出ては――」
「少しぐらいの遅れなら、あとから取り返すさ。むしろ港に一人置いていったなんて知ったら、その時の方が怖い」
クロード船長は手で両腕をさすり、震える真似をした。
「まあ、バロンからの手紙を見た途端、すっ飛んでカリフ港に向かっていると思うぞ」
クロード船長はなにかを想像したのか、意味深に笑った。