40.相談
「じゃあ、ハンモック用意したから。ルシーはそこで寝て」
「すごい、ベッドじゃなくても眠れるのね」
初めて見るので思わずはしゃいでしまう。
ハンモックに横になり、耳をすますと波の音が聞こえる。
今頃、グレンはなにをしているのかしら。
もう伝令が届いたかしら。せめて無事だと知らせたい。
疲れているのに目が冴えて眠れない。しばらくハンモックで寝返りを打つ。
「眠れないのか」
声が聞こえドキッとした。クロード船長だった。
いつの間に部屋に入ってきたのだろう。
「ええ、少し」
「無理もない。お嬢さま育ちとは全然違う環境だからな」
クロード船長はフッと笑う。
マルコはむにゃむにゃと口を動かし、すでに夢の中だ。
「眠れないなら話でもするか」
クロード船長はワイングラスを傾けた。
「お嬢さまは、グレンとどうだ? 結婚生活は上手くいってるか?」
「上手くいっている……と思います」
ちょっと言いよどむけど、上手くいっているわよね、うん。
それとも上手くいっていないように見えるのだろうか。
「もしかして私たち、上手くいっていないように見えます? 仲が悪そうとか?」
するとクロード船長は目をキョトンとした。
「二人で一緒のところを一度しか見ていないが、大切にされていたじゃないか」
「大切……そうですね。よくしていただいています」
彼は優しいもの。
「そこに愛がないだけで」
はっきり告げるとクロード船長はブホッとワインをむせた。
「なぜ、そう思うんだ?」
「まずこの結婚じたい、おかしなことでしたし、一種の契約のように感じていました」
そこで私は彼に話してみることにした。舞踏会の夜に仲間との会話を聞いてしまったことから、すべてを。
なんだろう、すごく話しやすいと思ってしまう。人をまとめる魅力のある人だからだろうか。
「その舞踏会の夜に聞いたのが彼の本心かと思って」
私とは割り切った政略結婚だって。
「……」
「だったら、このままずっと白い結婚でも――」
「白い結婚!?」
またもやクロード船長はブブッと噴き出した。
「まだ手を出してないのかよ、あいつ!!」
クロード船長はさっきから驚きっぱなしだ。
「ああ、こじらせているんだな。きっと大事にしすぎて、身動きが取れないんだな」
ポツリとつぶやいた。
「お嬢さんも、グレンに本心か聞いてみるといいさ。で、なにを恐れているんだ?」
「本心だって言われるのが怖くて。勇気がなくて……」
「それはなぜ? なぜ本心だと言われるのが怖いんだ?」
「傷つきそうで」
「それが答えだろ」
「えっ」
クロード船長は断言した。
「俺ならなんとも思ってない相手に、なにを言われようが傷つかない。だが、好意を持つ相手に言われたらへこむさ」
傷つきたくない。それはきっと私もグレンに惹かれているからかもしれない。
「一度、本音で話してみるといい」
「はい」
「自分が素直になると相手も素直になるものさ。頑張ってみな」
クロード船長はフッと微笑むと、横になるように言った。大人しく従う。
波の音が聞こえる。
なかなか寝付けなかったが、いつの間にか眠りについた。
「おはよう、ルシー!!」
心地よい眠りについていると、マルコがヌッと顔を出してきた。
「よく眠れた?」
寝ぼけた頭で考える。
私、そうだ、昨日はハンモックで寝たんだ。それにここは船の中。
体を起こし窓の外を見ると、青い海が広がっていた。
「さあ、顔を洗って」
マルコはクロード船長に言われた通り、私の面倒をよく見てくれる。
「ありがとう。マルコは親切ね」
礼を言うと照れたようにえへへと笑った。
可愛い。弟がいたらこんな感じなのかしら。
顔を洗って着替えている間、マルコは船長室から出てた。
しばらくするとトレイを片手に戻ってきた。
「これ朝食だよ。食べよう」
ポイッと手渡されたパンは、昨日よりもさらに硬かった。
二人で椅子に座り、向き合って食べる。
一生懸命、咀嚼してパンを飲み込む。マルコが持ってきてくれたミルクと一緒に流しこんだ。
「さてと」
二人で朝食を食べ終えると、マルコは椅子からピョンと飛び降りた。
「僕は今から出かけてくる。ルシーはここにいて。勝手に出ちゃダメだよ」
「えっ、どこに行くの?」
側にいてくれたマルコがいなくなるのは寂しい。
「仕事だよ」
マルコは当たり前のように返答する。そっか、クロード船長の小間使いだって言っていたもんね。
小さいけれどちゃんと役割を持っているのね。
「……その仕事、私にも手伝えないかしら?」
「えっ? ルシーが?」
驚くマルコに向かってうなずいた。
「私、皆さんの貴重な食糧をおすそ分けしてもらっている立場だわ。マルコも自分の仕事を持って立派なのに、私もなにか手伝いたいの」
マルコはポリポリと頬をかき、悩んでいる風だった。
「雑用でいいの」
それに動いている方が余計なことを考えずにすむ。今は体を動かしていたい気分だ。
「――調理場に連れていってやれ」
低い声が聞こえ、サッと振り返る。
扉の側にはクロード船長が立っていた。いつの間にいたのだろう。この人は気配を消すのがうますぎる。
「野菜洗いぐらいはできるだろ。二人で飯の準備を手伝ってこい」
あきれながらも笑って仕事ふってくれた彼に感謝しなきゃ。
「ありがとうございます。行ってまいります」
ペコンと頭を下げると、マルコと共に調理場に向かった。