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3.求婚者

「さて、どこから話そうか――」


 行儀が悪いと思いつつも父の話を遮った。


「それでこの縁談の条件はなんですの? アルベール家の借金を肩代わり、でしょうか」

「察しが良くてありがたいよ、ルシナ。そうだ、この縁談を受ければ、アルベール家は金策に走らなくて済むのだ」

 

 やはりお金か。


「それにこの話を持ってきた時、縁談の支度金としてお金を包んでくださったのだよ」

「それはどこにありますの?」

「いや、ちょうど借金取りが来たから、利息分として払った。これで当分は借金取りに怯える必要もない」


 なんてことを……!!


 胸を張る父に、頭が痛くなった。

 話を持ってきた時点でお金を包んでくるなど、お金に貧窮している人間から見たら、手をつけるに決まっている。それを見越していたのだろう。 


 そう、縁談を断ることなどできないよう、根回しだ。

 なんとも頭の回る相手だ。どうあっても結婚し、貴族社会に進出したいに違いない。


「お金のない我が家とぴったりのお相手ですわね」


 皮肉を込めて自嘲すると、父は困った顔を見せた。


「いや、ルシナが乗り気でないと言うのなら、断ってもいいのだが……」


 ごにょごにょと尻すぼみの父は言葉を濁す。

 私に選択権はないでしょうに。

 没落か政略結婚か。二つに一つ。

 しばらく沈黙が続いたが、それを先に破ったのは私だった。


「……わかりました」

「承諾してくれるのか!?」


 父の顔が目に見えてパッと明るくなる。この返答を期待していたのでしょう?


「その代わり、条件があります!」


 立ち上がり、ビシッと指を突き付けた。


「もう新規の事業に手を出さないでください!! 成功したことがないのですから!!」


 ここまで借金を重ねたのも、父の考えなしの事業計画のせいだろう。


「あともう一つ!!」


 ここぞとばかりに声を張り上げた。


「マリアンヌをあまり甘やかさないでください」

「ああ、わかったよ」


 何度も父に言ってはいるが、いつも口だけだ。


「あの子は考えが甘いです。借金がなくなったら、少し厳しめの家庭教師をつけてあげてください。それがあの子のためです」


 以前、家庭教師をつけていたが、少し注意されるだけで不貞腐れていた。しまいに仮病を使って欠席することが続いたので、家庭教師も匙を投げた。


「それで相手のことなのだが……」


 父がおずおずと口を開く。

 その後の父の話を、どこか他人事のように聞いていた。自分の縁談の相手だというのに。


 やり手の事業家だということ。

 父も直接会ったことはなく、父の友人のサウル家が仲介となり、連絡を寄こしてきたらしい。


「最初からお金を包んでくるなんて、よほど我が家の事情に詳しいみたいですね」


 聞いた時から覚悟できていた。


「相手はどんな方かわからないが、やり手の事業家というなら素晴らしい方だろう」


 父は会ってもいない相手を褒めるが、だったらお父さまが彼に弟子入りすればいいんだわ。事業について詳しく教えてもらえばいい。

 皮肉が喉まで出かかったが、止めておいた。

 これで調子に乗り、また変な事業を始める気になったら困るからだ。


「三日後にお相手から迎えがくる。準備しておくように」

「わかりました」


 三日後に結婚相手と会うというが、なんだか実感がわかない。


 深くため息をついた。


 書斎から退室し、自室に戻ろうとしたところで、義母と妹の姿を見かけた。

 わざわざ父と話し終えるのを待っていたらしい。


「それでお姉さま、どうだった? お相手はどんな人!?」


 興味しんしんで瞳を輝かせたマリアンヌが駆け寄ってくる。


「よくわからないけれど、三日後に会ってくるわ」

「じゃあ、どんな方かちっともわからないというの?」

「ええ、そう言うことになるわね」

「まあ」


 マリアンヌは口に手を当て、コロコロと笑う。


「ブクブクに太っていたり、ギトギトに脂の乗った方かもしれないわね。お年を召しているかもしれないし、髪も薄いかも!!」


 妹は完全に面白がっている。本当、いい性格をしている。


「ルシナ、いい縁談じゃない。くれぐれも粗相のないように!! 話をうまくまとめてくるのよ。相手の気が変わらないうちに」


 義母が私の両肩をガシッと掴み、圧をかけてくる。


「でも、まだお会いしたこともないのに……」

「いいからさっさと決めてくるのよ! 相手はお金持ちなのは間違いがないのだから」


 強い口調で言いたいことだけ言うと、義母は踵を返した。

 義母はお金に目がくらみ、妹は面白がっている。

 誰も私を心配してくれる人はいないのだろう。


「うふふ。お姉さま、上手くいくといいわね。ベンみたいなことにならないといいわね」

 

 その名を聞くと、優しく静かに微笑んでいた彼の顔が脳裏に浮かぶ。

 

 私の耳がピクリと動いたのを、マリアンヌは見逃さなかったようだ。


「あら、ごめんなさいね。私は彼のことなんて、どうでも良かったのだけど、お姉さまよりも私のことが好きだと言うのだから、仕方がないじゃない」


 クスクスと笑いながらマリアンヌは話題にする。私の反応を探っているのだろう。


「……その件はもう終わったことだから」


 肩をすくませ、にっこりと微笑んで見せる。

 大丈夫、私は傷ついてなどいない。そう自分に言い聞かせた。


「さぁ、私も三日後にお会いする準備をしなくちゃね」


 まだなにか言いたげなマリアンヌに別れを告げ、自室に戻った。

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