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35.現れたのは――

 義母は私にマリアンヌの相手を強要し、なおかつ彼女の機嫌を損ねると、私を叱った。


「妹は船にまったく興味がなかったから、お父さまについて船を見にくる時だけが、子守りから解放されていたの」

 

 どこまでも広がる海、その先にはなにがあるのかしら?

 そんな想像をするだけでワクワクしたっけ。

 そこでふと気づく。


「グレンも船の構造について、やけに詳しいのね」


 クスッと笑うと、グレンは弾かれたように目を見開く。口をギュッと結んだと思ったら、目を細めた。


「どうかした?」


 なにか言いたいことがあるみたいだ。私は首を傾げた。

 

 その時、風が吹いた。


「クシュッ」


 ついクシャミをしてしまう。するとグレンの顔色がサッと変わる。


「まだ体調が――」

「いえ、大丈夫よ」


 ここに来るまで、いや、正確にはあの日以来、何度繰り返した会話だろうか。

 グレンは私の体が弱いと思っているのか、過剰に反応する。


「ただ風に、驚いただけよ」

「いや、風邪をぶり返すと悪い。今日はもう、帰ったほうがいい。屋敷に戻ろう」


 グレンは真剣な眼差しをしているが、ちょっと過保護すぎるから。


「あのね、大丈夫よ。心配しすぎだから」

「いや、戻ろう」


 私の手を取り、踵を返すグレンに顔をしかめた。


「これから大事な出航のセレモニーがあるんでしょう。出席しなくてはいけないはずよ」


 そう、私よりも自分の行事を優先して欲しい。するとタイミング良く、人がグレンを呼びにきた。


「グレン殿、セレモニーの打ち合わせをしたいので、お集まりいただけないでしょうか」


 グレンは私と、呼びに来た使いの者の顔を交互に見つめる。


「すぐに行くから待っててくれ」

「はい」


 使いの者は待機している。


「屋敷に戻った方がいい」

「どうして?」

「また熱が出たらと思うと、心配なんだ」


 正直に言うとセレモニーを見たい気持ちがある。

 それに出資したグレンの妻として、皆に挨拶をして回らないといけなんじゃないの?


「あなたは私の意見をちっとも聞いてくれないのね。妻として隣に立って、少しでも役立てれば――って思ったのに」


 ボソッとつぶやくとグレンは身を乗り出してきた。


「今、なんて言った?」


 グイッと顔を寄せてくるけれど、近いから。彼の香りをフワッと感じ、距離の近さを感じさせる。


「わ、わかったから。先に帰るわ」


 ようやくグレンは納得したようで頬を緩めた。


「それよりもほら、呼ばれていらっしゃるでしょう? 私に構わず行って」

「俺もセレモニーが終わったら、すぐに帰宅するから。先に帰っててくれ」


 グレンは何度も振り返りながら、姿を消した。


 彼の姿が見えなくなると、小さなため息が出た。


 なんなのだろう、この過保護ぐあいは。クシャミの一つも簡単にできないわね。

 ここで帰宅するのは少し残念な気持ちになる。


 だが、ハッとする。

 どうして残念に思うのだろう? 


 私は彼の役に立ちたいのもあるし、きっと彼の姿が見たかったのだ。

 大きな船で新規ルートを開拓しようとし、海賊による被害を減らして利益を上げようとしているグレン。

 そんな事業に出資した彼を誇らしく思っている。


 彼の隣に立っていたかったんだ――。


 考え込んでいると、背後からスルリと腕を取られた。驚きで喉が引きつりそうになる。


「お・姉・さ・ま」


 そこにいたマリアンヌの笑みを見て、恐怖で顔が強張った。


「ど、どうしてここにいるの?」


 マリアンヌはニコッと微笑む。


「お姉さまがいるかしら、って思って来てみたの。ちょうど街に用事もあったし」


 彼女の笑顔は怪しい。船にはまったく興味がないはずだ。


「そうなのね。じゃあ、よく見てくるといいわ。こんな機会、滅多にないから」

「一人じゃよくわからないから、お姉さまが案内してくれない?」


 マリアンヌは絡めた腕にギュッと力を入れた。


 ああ、これは離す気がない、ってことね。


 彼女のわがままに慣れっこな私。まあ、案内するぐらいなら、まだ可愛いものよね。それにグレンが出資した立派な船を、誇らしい気持ちもあった。


「じゃあ、私が帰る前に少しだけね」


 セレモニーが始まる前に、皆が船から出されるはずだ。その前に少しだけ案内しよう。


 そうすればマリアンヌは満足するだろうから。


 ******


 最初は二階の船員の部屋を案内し、次に一階に降りた。


「ここは食糧貯蔵庫よ。普段はネズミが入らないように、外から鍵をかけているのですって」


 グレンから説明されたまま、マリアンヌに説明したが、彼女は髪をいじったり、あいまいな返事をしたり。特に興味もなさそうだ。


「ねえ、お姉さま。そんなことよりお願いがあるのだけど?」


 来た!!


 きっと、こっちの方が本題だろう。


「なあに?」


 身構えつつも笑顔で振り向く。


「仕立てたドレスを取りに来たのだけど、ちょうど持ち合わせがないの。ちょっと貸してくれない?」


 だからお金もないのに、なぜドレスを注文するの?


 開いた口が塞がらないとは、このことだ。

 相変わらず変わっていないようで、ため息が出る。


「悪いけれど、持ち合わせがないわ」


 大げさに両手を振る。


「そんなことないでしょう。少しはあるはずよ」


 マリアンヌはなおも詰め寄ってくる。

 きっと彼女はこの船の出航セレモニーに私が来ると思い、ここまで出向いたんだ。そして一人になった隙を狙って、声をかけてきたのだろう。


「マリアンヌ。払えないのならお店に事情を話して、注文を取りやめるべきだわ」


 いつまでもあると思うな、姉の金。


 甘い顔ばかりしていては彼女のためにはならない。散々口を酸っぱくしても彼女には伝わらない。


 家を出た時から、マリアンヌのことは突き放すと決めていたのだ。

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