33.彼女の言い分
それから、部屋で大人しくしていると扉がノックされた。
「はい」
返事をするとジールが、ひょっこり顔を出した。
「奥さま、旦那様から贈り物でございます」
えっ、また!?
ジールは両手に大輪の花束を抱えている。シルビアが慌てて受け取りに行った。
「そしてこちらもです」
ジールはソソソッとベッドの脇まで近寄ると、膝をつく。
手にした小さい箱をパカッと開けた。
そこには涙型の青い宝石のイヤリングが、存在感のある輝きを放っている。
「希少な宝石を取り寄せ、加工していたのが出来上がったようです」
またあの人は私への贈り物攻撃を始める気なのかしら。ここ最近ではすっかり落ち着いていたように思えていたけど。
今回のこと、少なからず責任を感じているのだろうな。
「ありがとうございます。とても素敵ね」
素直に感謝を口にするとジールはホッとしたようだった。
夜になり、すっかり熱も下がった。
グレンが帰宅し、夕食を取るため階下に向かう。
扉を開けるとグレンは先に席についていた。ジールがサッとイスを引いてくれたので、腰をかける。
「体調は?」
「もう、すっかり良くなりました」
元気に笑うと彼はホッとした表情を見せた。
「食事は別で消化のいいもの用意してある」
「はい」
「医師の薬は飲み切るように」
「はい」
「湯を浴びたら体が温かいうちに寝るんだ」
「はい」
なんだか心配する姿が過保護に思えて、クスッと笑ってしまう。
「お見舞いの品、ありがとうございました。お花も綺麗でしたが、ほら」
私は耳元をグレンに見せた。
「すごく素敵なイヤリングも」
早速身に着けて彼に礼を言う。
「身に着けてくれて……良かった」
グレンはどこかホッとしたようにつぶやいた。
「もう、贈り物は大丈夫ですからね。たくさんいただきましたし」
また彼の贈り物攻撃が始まってしまうと悪いので、それとなく釘をさす。
「俺が――君に与えられるのは、これぐらいしかないんだ」
グレンはフッと視線を逸らした。
そんなことはないのに、なぜ彼はそう思い込んでいるのだろう。ふと感じた。
「明日、屋敷にいてくれ。用事があるから」
「あ、はい」
来客かしら? でも思い当たる人はいないけどな、そう思いつつ返答した。
******
「この度はまことに申し訳ありませんでした!!」
「えっ、ちょっと、顔を上げてください!!」
そして翌日。グレンが用事があると言っていた意味がわかった。
腰を真っすぐ直角に折り、謝罪するダムド・ブッセン伯爵。その横にいる娘はうつむき、手をギュッと握りしめている。
「ほら、お前も頭を下げないか!!」
父親であるブッセン伯爵に頭を押さえつけられたアンナは、途切れ途切れながら言葉を発した。
「も、申し訳、ありませんでした……」
本当に反省しているのか、形だけの謝罪か不明だが、目の前で頭を下げる人々をこれ以上、責める気にはならない。
「わかりました。頭を上げてください」
ブッセン伯爵は頭をバッと上げた。
「で、では、許していただけるのですね!?」
途端に満面の笑みを浮かべ、揉み手をするブッセン伯爵の態度に一歩、後ずさる。
「出航を取りやめる話は、撤回ととってよろしいのでしょうか!?」
ブッセン伯爵が詰め寄ってくる。その迫力に怖気づいてしまう。
「――ちょっと待て」
それまで後方に控え、腕を組んで事の成り行きを見守っていたグレンが前に出てきた。
「妻の命を危険な状態にさらしたのに、口先だけの謝罪で終わりだと?」
「そっ、それは……」
グレンが一歩、また一歩とブッセン伯爵に近づく。
「すぐに気づき、助けに行けたから良かったものの、俺が気づかなかったら、妻は今頃どうなっていたか……」
グレンは想像したくない、とでもいう風に頭を振る。
「それに体が冷え熱を出し、寝込んでしまった」
グレンが詰め寄ると、ブッセン伯爵は真っ青な顔で額に汗をかいている。
「それでいて出航だと……?」
グレンがこんなに怒っているのは初めて見る。
グレンの側にいき、そっと腕に触れる。
「私は大丈夫だったから。……ね?」
彼の顔をジッと見上げる。グレンは私の顔を凝視すると小さく息を吐き出した。
次に私は、うつむいて肩を震わせるアンナに視線を投げた。
「ですが、どうして私を突き飛ばしたのですか? 理由が知りたいです」
アンナはおずおずと口を開く。
「それは……あなたがグレンと結婚したから……悔しくて」
そこではっきりと質問する。
「あなたとグレンは特別な関係なのでしょうか?」
もういい。ここではっきりさせておこう。今後のためにも。
グレンは違うと言ったが、どっちが正しいのか。
アンナはビクッと肩を震わせた。
その時、両肩をグッと掴まれ、グレンの真正面に立たされた。
「違う。アンナとそんな関係だったことは一度もない」
真正面から否定する彼が、嘘をついているようには見えなかった。
グレンの言葉聞き、アンナは涙を流し始めた。
「だって、ずっと好きだったのよ……!! 私の誕生日パーティにも出席してくれたのに……」
「それは投資を前向きに考えていたからだ。ブッセン伯爵とは長い付き合いになるだろうと見越してだ」
アンナはワッと泣き出し、床に崩れ落ちた。
「どんなにアプローチしてもなびいてくれなくて……!! それなのに、いきなり結婚するだなんて、悔しいに決まっているじゃない」
髪を振り乱し泣きじゃくるアンナを、グレンは無言で見つめた。