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32.発熱と看病

「失礼します。医師の先生がいらっしゃいました」


 ジールの案内で現れたのは初老の男性だった。側に控えている女性は助手だろうか。医師はベッドの脇に立ち、さっそく診察に取り掛かる。


「ふむ。顔が赤く、熱が高い。症状はいつからでしょう?」

「昨日、体を冷やしてしまって……。今朝起きたら、こうなっていました」


 医師は一通りの診察を終えた。


「典型的な風邪でしょう。体を冷やしたことが原因かと。喉が赤いから、しばらく熱は続くとみてください。熱さましを出しておくから、休養が大事です」


 助手は大きなカバンから薬草を取り出し、目の前で調合を始めた。

 助手が手際よく作業始める横で、今まで合わない薬があったかなど、質問されたのですべて正直に答えた。


「ご懐妊の可能性はありますか?」

「――ッ、あっ、ありません!!」


 最後の質問に真っ赤になり、大声を出してしまった。


 清い関係の私たちに、それはない、絶対に。


 扉の向こう側にいるグレンに聞こえていたかしら? なんだかすごく恥ずかしい気持ちになり、焦ってしまった。 


 医師は一瞬、目を丸くすると優しく微笑んだ。次に部屋の外で診察が終えるのを待っていたグレンに声をかけた。結果を報告しているようだった。扉の奥から、話し声がする。


 薬の調合を終えると医師と助手は帰って行った。

 グレンはベッドまで近づいてくると、端にそっと腰かけた。


「まだ辛いか? なにか欲しいものがあれば、なんでも言ってくれ」


 まだ体は熱っぽいが、喉が渇いた。お願いすると彼はすぐに部屋から出て行った。

 そしてしばらくすると水差しを手に戻ってきた。そのまま私の口元にグイッと差し出す。


「自分で飲めますから」


 首をフルフルと振り、水差しを受け取ろうとするが、彼は断固として渡さなかった。


「こんな時ぐらい、世話を焼かせてくれ」


 大人しく彼の差し出す水差しに口をつける。


「美味しい」


 はぁっと息を出すと、水差しから水滴がポタリと胸元に落ちる。それを見たグレンはサッと視線を逸らした。


「今日は仕事に行かれないのですか?」

「俺のことを、こんな時でも仕事に行く、薄情な奴だと思うのか?」


 グレンはフッと微笑んだ。その微笑みが寂しそうに見えた。


「仕事に行ったところで手につかないだろう」


 いつになく彼が素直だと思うのは、私が弱っているからだろうか。弱っている者を前にすると優しくなる、同情だろうか。


「食欲がないのなら、これを食べるといい」


 グレンが手にしていた皿には、すりおろしたのラカンの果実が入っていた。ラカンの実は水分を多く含み、甘い。子供の頃、風邪を引いて熱が出た時に、よく食べていたっけ。


 なんだか懐かしい気持ちになる。

 グレンはすりおろしたラカンをスプーンですくうと、私の口元に近づける。


 えっ、これも?


 グレンは「食べろ」と視線で訴えてくる。

 まるで自分が小さな子供になった気分だ。だが今は無駄に反論する気力もない。

 大人しく口を開けた。甘酸っぱさが口の中に広がり、のど越しがいい。


「美味しい」

「それは良かった。すりおろしたかいがあった」

「……え」


 グレンの発言を聞き、しばし固まった。人に命令するでなく、自分ですりおろしたの? ラカンを?


 その様子が想像つかなくて、思わず声を出して笑ってしまう。


「笑うなよ」


 グレンはちょっと照れたようで口を尖らせた。


「それだけ笑えれば大丈夫だな。あとは薬を飲むんだ」


 処方された薬は顔をゆがめるほど苦かった。

 グレンはシーツを引っ張り、私の肩までかけた。


「眠るといい。俺は眠るまで側にいるから」

「……ありがとう」


 なんだか具合が悪い時、誰かが側にいてくれるって、すごく心強く感じる。


「もとはと言えば、俺の責任でもあるから」


 あっ、なるほど。罪悪感からくる優しさですか。


「先方には、はっきりと謝罪を求めるつもりだ。謝罪するまで、出航はしない。場合によっては投資を打ち切ることも考えている」


 先日、事業に私情は挟まないって、言っていたような気もするけど……。


 まあ、いいや。


 熱で朦朧とする頭で考えても答えはでない。

 ウトウトしていると、すっと手が伸びてきた。


「おやすみ」


 優しい口づけを額に受けた。柔らかな感触に、さらに顔が熱くなるのを感じる。恥ずかしくてシーツを引っ張って顔を隠した。

 

 目を閉じると、すぐに眠りについた。



 *****



 翌日、ぐっすり寝たおかげか、熱はすっかり下がった。だいぶ体調ももとに戻ってきた。


「本当、良かったです。お薬と旦那様の看病が効いたのでしょうかね」


 シルビアのホッとした声を聞く。


「そうね、心配かけたわね」

「旦那様ってば、よほど心配だったのでしょうね。夜通しついていらしたのですよ」

「えっ、そうなの?」


 寝顔をずっと見られていたのだろうか。だったら恥ずかしい。


「額の汗をふいたり、世話をやいていましたよ。私が代わると言ったのですが、自分でやると言って、断固として聞き入れませんでした」


 眠っている間も時折、ひんやりとして気持ちいいと思ったのは、あれは彼の手だったのかしら。


「お嬢さまの容態が回復したのを確認した明け方に仮眠をとって、それからお出かけになりました」

「そうなの……」


 やはり仕事が忙しいのだろう。

 仮眠をとっただけで出かけたなんて、彼も体調を崩さないのだろうか。


「愛されていますね、お嬢さま」


 シルビアがニコニコと笑う。私は曖昧に笑って首を傾げた。

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